第51話:帝国空挺魔導艦隊、襲来
暗黒海峡の海上高架橋梁工事が、中間地点に浮かぶ伝説の孤島『神棄島』まであとわずか三キロメートルに迫った、晩秋の正午。
海峡を渡る穏やかな潮風の中、ドワーフの起重機船が最後の橋桁を吊り上げ、海上の現場には数百名の工夫たちの威勢の良い掛け声と、金属のリベットを打ち込む快い槌音が響き渡っていた。
海上に延びる銀のレールは、すでに本土の絶望岬から十数キロにわたって一直線に架け渡され、太陽の光を浴びて白銀の架け橋のように輝いている。
誰もが信じていた。あと数日もすれば、人類史上初めて暗黒海峡の中央を貫く鉄路が完成し、東方の大陸への扉が開かれるのだと。
だが、その希望に満ちた平穏は、突如として空を引き裂いた不気味な重低音の地鳴りによって、一瞬にして粉々に打ち砕かれた。
ゴオオオオオオオオオオッ……!!
それは、海鳴りでも、暴風雨の兆候でもなかった。
北東の空を覆い尽くしていた重苦しい鉛色の暗雲を押し分け、雲の切れ間から姿を現したのは――空を埋め尽くす、巨大な黒鉄の巨獣の群れであった。
「……な、何だ、あれは……!? 空に、巨大な船が浮かんでいるぞ!?」
足場の上で鉄骨を担いでいたドワーフの工夫が、目を見張り、手にしたボルトを取り落とした。
雲海を突き破って降下してきたのは、神聖ルクセンベルク帝国軍が国家予算の三分の一を投じて極秘裏に建造を進めてきた最新鋭決戦兵器――『超弩級空挺魔導戦艦隊』であった。
その数、実に二十隻。
全長百二十メートル、装甲厚四十ミリの黒漆塗りの重装甲船体が、船底に据え付けられた超巨大な浮遊魔石機関から青白い荷電粒子の排気煙を轟々と噴き上げながら、威風堂々たるV字型の戦闘編隊を組んで海峡上空へと侵入してきたのだ。
各艦の甲板には、無数の多連装魔導ロケットランチャーと、旋回式の魔導火炎放射砲塔が隙間なく配備され、船腹の爆撃ハッチが不気味に口を開けていた。
「て、帝国の……飛行戦艦隊ニャッ!?」
観測甲板の超望遠魔導天眼鏡を覗き込んでいたミュウが、全身の毛を逆立て、三角耳をピンと立てて叫んだ。
「敵艦隊、全艦戦闘配置! 高度八百メートルから、一直線に我が方の海上橋梁と作業船団へ向けて降下してくるニャ! 識別信号……帝国第一皇子直属、中央総軍第一空挺師団ニャ!」
「空挺師団だとぉぉっ!?」
台船の上で、バロック棟梁が丸太のような太い腕を振り回して怒鳴り散らした。
「地上を攻めきれねえと分かった途端、今度は空からコソ泥みたいに降ってきやがったか! 総員退避! ケーソンの防圧シェルターへ潜り込め! 工具を放り出して、早く逃げろぉぉっ!」
警報のサイレンが海峡の海の上にけたたましく鳴り響いた。
だが、海上の足場の上に展開していた工夫たちに、逃げ場など残されていなかった。
足元は水深数十メートルの荒海、頭上からは空を覆い尽くす二十隻の戦艦の影。
逃げ場のない海上の細い橋桁の上で、人間もドワーフもエルフも、吹き荒れる爆風に足を踏ん張り、身を寄せ合うしかなかった。
バチバチバチッ……!
上空の旗艦『鉄血号』の船首に取り付けられた巨大な拡声魔導スピーカーから、他者を見下す冷酷な男の声が海峡全体へと轟き渡った。
第一皇子ヴァルハイトの腹心、空挺師団長グスタフ少将である。
『――アルカディアの反逆者ども、ならびに不法占拠者どもに通告する!
朕は帝国中央軍総司令官、ヴァルハイト殿下の命を受け、反逆の象徴たるこの鉄の道を灰燼に帰すために参内した!
地べたを這いずり回る虫けらどもが、調子に乗って海の上に玩具の線路を敷くなど身の程知らずの極み!
これより我が空挺艦隊の全火力を以て、貴様らの線路ごと、その命を暗黒海峡の海の藻屑に変えてくれる!』
傲慢極まりない宣戦布告。
海上の工夫たちから、悔しさと怒りの悲鳴が上がった。
何ヶ月もの間、冷たい潮風に吹かれ、手を血豆だらけにし、命綱一本で荒海の上に組み上げてきた、希望の鉄路。
それを、空からの圧倒的な暴力によって、一瞬で踏みにじろうというのだ。
「ふざけるな……! ふざけるなぁぁぁっ!!」
足場の上で、アーノルドが血走った目で空を睨みつけ、鉄骨を握りしめて怒鳴り返した。
「俺たちが……現場の工夫たちが、どれだけの汗を流してこの橋を架けたと思ってやがる! 戦いもしねえで安全な空の上から見下ろして、何が帝国軍だ! 何がエリートだ! 泥を食ってから偉そうな口を利きやがれぇぇっ!!」
かつて王都で人々を見下していた男が、いま、現場の汗を侮辱されたことに、魂の底から怒りを爆発させていた。
だが、空の上の侵略者たちに、地上の工夫たちの叫びなど届くはずもなかった。
『全艦、投下準備! 目標、海上トラス橋梁および中央ケーソン基礎! 重力焼夷弾、一斉投下始めッ!』
ヒュルルルルルルルルルッ!!
空を埋め尽くすような無数の黒い爆弾が、二十隻の飛行戦艦の腹から一斉に切り離された。
その数、数百発。
重力加速の魔導陣を纏った巨大な爆弾の群れが、大気を切り裂く耳障りな甲高い落下音を響かせながら、海上橋梁を目掛けて真っ逆さまに降り注いできたのだ。
直撃すれば、数千人の工夫たちの命も、何万トンもの鉄骨も、一瞬で木っ端微塵に粉砕され、海の底へと消え去ってしまう。
「うわあああっ!」「神よ!」「もうおしまいだぁっ!」
工夫たちが頭を抱えて竦み上がり、死の絶望が海峡を覆い尽くした――まさにその時であった。
――フォォォォォォォォォォォンッ!!!!
絶望岬の陸上側から、海峡の砲煙を切り裂いて、空気を震わせる鋭く澄み切った重厚な汽笛が鳴り響いた。
それは、死の恐怖に凍りついていた工夫たちの耳を貫き、魂を揺さぶる、絶対の救世主の音色であった。
「……定刻十二時零分。防空特別迎撃列車、作戦海域に定時到達」
海上の銀のレールを踏み鳴らし、時速百二十キロの神速で疾走してきたのは、アルカディア鉄道が総力を挙げて建造した、新たなる鉄の巨神であった。
先頭車両の運転席には、冷徹な眼差しで懐中時計を見つめるハルト・クゼ、そして凛とした表情で助手席に座る副総裁アステリアの姿があった。
「アステリア様、迎撃ダイヤグラムを展開します。一秒の遅延も許されません」
「はい、ハルト様! 私たちの鉄路を、空の侵略者などに渡してなるものですか!」
白銀と鈍銀のツートンカラーに輝く重装甲の車体が、怒涛の如く海上のレールへと躍り出た。
絶望の淵に立たされていた工夫たちの瞳に、眩いばかりの希望の光が蘇る。
空を支配する帝国の巨艦隊に対し、いま、鉄路を護る防空列車が、その全砲門を天へと向けようとしていた。




