第26話:捕虜たちの労働更生
アルカディア中央駅の北側に新設された、広大な保線訓練区画。
夕闇が迫る中、武装を解除された五百人の元帝国装甲騎兵たちは、処刑への恐怖に青ざめ、肩を寄せ合って震えていた。
彼らは帝国軍の中で、敗軍の捕虜が辿る過酷な末路を嫌というほど知っていたからだ。
暗黒の奴隷鉱山へ送られて一生手枷をはめられるか、見せしめとして広場で首を刎ねられるか――どちらにせよ、人間らしい扱いなど望むべくもなかった。
「おい、見ろ……何か運んできたぞ……!」
「毒入りの粥でも食わされて、一気に処分されるのか……?」
ざわめく元兵士たちの前に現れたのは、処刑台でも拷問具でもなかった。
バロック率いるドワーフたちが、ガラガラと台車で運んできた十個以上の巨大な鋳鉄製の大鍋だった。
風に乗って漂ってきたのは、鼻腔を強烈に刺激する、信じがたいほど芳しい肉と野菜の匂いだった。
「おらおら、野郎ども! 腹が減っては戦……じゃねえ、仕事ができねえぞ! 順番に並んで器を受け取れ!」
バロックが太い腕で柄杓を振るい、大鍋の蓋を開け放った。
ボワッ! と立ち昇る真っ白な湯気。
鍋の中でグツグツと煮込まれていたのは、黒鉄山脈の高原牛の角切り肉がゴロゴロと入った、濃厚な赤ワイン煮込みのビーフシチューだった。
飴色に炒められた玉ねぎ、アルカディア特産の甘い完熟人参、ホクホクとした大粒のジャガイモが、スパイスの香りと共に琥珀色のスープに溶け込んでいる。
さらに、台車の上には、今まさに駅前通りのパン工房で焼き上げられたばかりの、湯気の立つ黄金色のふかふかな白パンが山盛りに積まれていた。
「な……何だ、これは……!?」
先頭に並んでいた若い帝国兵――元騎兵伍長のルークが、震える手で木椀とパンを受け取った。
「食っていいぞ。ハルト総裁からの差し入れだ。冷めねえうちに胃袋にかき込め!」
ドワーフの職人に背中を叩かれ、ルークは恐る恐るスプーンでシチューを掬い、口へと運んだ。
その瞬間、ルークの瞳から大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。
「う……美味い……っ! 何だこれ……肉が、舌の上でとろける……! こんな美味い飯、王都の貴族将校用テントですら食ったことがないぞ……!」
ルークが白パンをちぎってシチューに浸し、がむしゃらに頬張り始めると、周囲の五百人の兵士たちも我先にと椀を手に取り、夢中で平らげ始めた。
帝国軍の食事といえば、石のように硬い黒パンに、塩辛いだけの乾燥肉の屑、そして砂混じりのぬるいスープが定番だった。
命を危険に晒す最前線にいながら、貴族将校たちに搾取され、空腹に耐え続けていた彼らにとって、この温かい食事は、文字通り魂を救う奇跡だった。
「美味い……美味いよ母ちゃん……!」
「腹いっぱい温かい飯を食えるなんて、何年ぶりだろう……」
あちこちから、屈強な男たちのすすり泣く声が漏れ聞こえていた。
食事が一段落し、全員が空になった椀を名残惜しそうに抱えていた時、カツ、カツと澄んだ足音が響いた。
黒い鉄道制服に身を包んだハルトが、アステリアを伴って広場へと歩み出てきた。
兵士たちが慌てて背筋を伸ばし、直立不動の姿勢を取る。
「食事は口に合ったか?」
ハルトの穏やかな問いかけに、ルークが一歩前に進み出て、深々と頭を下げた。
「もったいないほどの極上の食事でした、ハルト総裁! ですが……なぜ私たちのような敗残兵に、このような温かい食事を……?」
「腹が減っていては、いい仕事ができないからだ」
ハルトは作業着姿のドワーフたちが運んできた木箱の山を指差した。
蓋が開けられると、中には新品の黄色い安全ヘルメット、頑丈な牛革の作業用グローブ、そして鋼鉄製のツルハシとスコップが整然と並んでいた。
「明日から、お前たちには『第三期線路敷設工事』の現場に入ってもらう。北の森林地帯と、西の交易路を結ぶ長大な鉄路の建設だ。作業は過酷だし、コンマ一ミリの狂いも許さない厳格な規律を求めている。……だが、汗を流して働いた者には、一日三食の今の食事と、清潔な宿舎、そして帝国軍の二倍の月給を金貨で支給する」
「て、帝国軍の二倍の月給……!?」
兵士たちから、地鳴りのようなざわめきが巻き起こった。
「俺たちは人を殺すために集まったんじゃない。この大地に鉄のレールを敷き、誰もが飢えずに豊かに暮らせる未来を創るために集まったんだ。お前たちがこれまで軍隊で培ってきた規律と体力は、人を殺すためではなく、命を繋ぐ道を作るために使ってほしい」
ハルトの静かな、だが魂を揺さぶる言葉に、ルークをはじめとする五百人の兵士たちが、一斉に地面に膝をついた。
「ハルト総裁……! 俺たちを、使ってください!」
「線路でも、山崩れの復旧でも、何でもやります! 俺たちの命、アルカディア鉄道に捧げます!!」
誰一人として強制された者はいない。
胃袋を満たされ、人間としての尊厳を取り戻した元兵士たちは、自らの意志でハルトの率いる「最強の保線軍団」へと生まれ変わったのだった。




