第25話:十五分間の完全定時制圧
キィィィィィィッ……。
シューーーーーッ!
耳朶を打つ重厚な空気ブレーキの排気音とともに、全長六十五メートルの鋼鉄の要塞――鉄槌号は、寸分の狂いもなくブラント准将のわずか五メートル手前で滑らかに停止した。
周囲の荒野には、武器を投げ捨てて土下座する五百人の帝国騎兵たちが、恐怖と戦慄に震えながら頭を地面に擦り付けていた。
「ひ……っ、ひいいいいっ……!」
馬から振り落とされ、泥まみれになったブラント准将は、股間を恐怖の失禁で濡らしながら、後ずさりすることすらできずにその場にへたり込んでいた。
目の前に立ちはだかる、見上げるような黒銀の衝角。
そして、先ほど岩山を一撃で消し飛ばしたレールガンの銃口が、依然として冷たい殺気を放ちながら自分を見下ろしている。
プシューッ。
先頭機関車の分厚い装甲扉が、気密音を立てて外側へと開いた。
タラップを一段ずつ踏みしめ、黒い鉄道制服を着た青年――ハルトがゆっくりと降りてきた。
その胸元から取り出されたのは、銀の鎖に繋がれた懐中時計だった。
カチリ。
ハルトは時計の針を一瞥し、静かに蓋をパチンと閉めた。
「十三時十四分五十秒。……戦闘開始から、ちょうど十四分五十秒だな」
「な……何だと……?」
ブラントが震える声で呻いた。
「予定していた十五分の作戦時間に対し、十秒の前倒しだ。……これなら、後続の定期旅客便のダイヤに一秒の影響も出ない」
「き、貴様……ふざけるな……!」
屈辱と恐怖で顔を真っ赤にしたブラントが、泥にまみれた指をハルトに突きつけた。
「俺は帝国の栄光ある准将だぞ! 第二皇子殿下の名代だ! こんな無礼が許されると思っているのか! すぐに王都から十万の帝国軍本隊が押し寄せ、貴様らの鉄道ごとこの辺境を焼き払ってくれるわ!!」
「いいえ、ブラント准将。焼き払われるのは、あなた方の不義理です」
毅然とした、凛とした美声が荒野に響いた。
ハルトの背後から歩み出てきたのは、白銀の髪をなびかせ、気高い緋色の瞳を輝かせた皇女アステリアだった。
手には、先ほどゴルドンから回収した、第二皇子の署名入りの強奪命令書が握られていた。
「皇帝陛下の勅許も得ず、私的な軍団を動かして民間のインフラを強奪しようとした明確な反逆行為。……この命令書とあなたの身柄は、王都の皇帝陛下、ならびに貴族院議長へと正式に送致させていただきます。第二皇子兄上が、ご自分の身を守るためにあなたをどう切り捨てるか……見ものですね」
「な……っ!? ば、馬鹿な……殿下が俺を切り捨てるはずが……!」
ブラントの顔から、完全に血の気が引いていった。
権力闘争の冷酷さを誰よりも知る男だからこそ、自分がトカゲの尻尾として切り捨てられる運命を悟ってしまったのだ。
「ミュウ、バロック親方。全兵士の武装を解除しろ」
ハルトの冷静な指示が飛ぶ。
「了解ニャ! 槍と剣、魔導杖を全部回収するニャ!」
「おうよ! 良質な鋼鉄の鎧が五百人分だ! 溶かして次のレールの原料にしてやるぜ!」
ドワーフたちとチーフ車掌ミュウが手際よく帝国兵たちの武器を荷車へと積み込んでいく。
武装を解除された兵士たちが、処刑を覚悟して震え上がる中、ハルトは彼ら全員を見渡し、信じがたい言葉を口にした。
「負傷者は鉄槌号の医療車両へ収容しろ。……命に別条のない者は、全員アルカディアへ連行する」
「な、何をなさるおつもりですか……!? 私たちを、奴隷鉱山へ送るのですか……!?」
一人の若い帝国兵が、涙を浮かべて尋ねた。
ハルトは静かに首を横に振った。
「奴隷などにはしない。俺たちは今、南の山脈と北の樹海へ向けた『第三期線路敷設工事』で、喉から手が出るほど人手を欲している。お前たちには、明日から線路敷設の作業員として働いてもらう」
「せ、線路の作業員……!?」
「一日三食の温かい飯と、清潔なベッド、そして労働に見合った正規の賃金を支払う。汗を流して真っ当に働く気があるなら、帝国軍の安月給よりも遥かに良い暮らしを約束しよう。……ただし、手抜きと遅延は絶対に許さない。現場の安全ルールを破った者は、即座に叩き出す」
帝国兵たちの間に、どよめきが広がった。
命を奪われるどころか、温かい食事と正規の賃金を約束されたのだ。
傲慢な貴族将校に顎で使われ、粗末な飯で使い捨てにされてきた彼らにとって、それは信じがたいほどの慈悲であり、希望の光だった。
「は、働きます! 線路でも何でも敷きます!」
「俺たちを、ハルト総裁の元で働かせてください!!」
五百人の兵士たちが、一斉にハルトに向かって頭を下げた。
侵略のためにやってきた敵の軍団が、わずか十五分で、忠実で屈強な「保線作業部隊」へと生まれ変わった瞬間だった。
――そして。
時計の針が、十三時三十分を指した。
ポォォォォォォォォォォンッ!!
遠くアルカディア駅から、オラクルへ向かう定期旅客列車『開拓者一号機』の、誇り高い汽笛が荒野に響き渡った。
何事もなかったかのように、平和な乗客たちを乗せた列車が、銀のレールの上を定時通りに滑り出していく。
「定刻発車、異常なし」
ハルトは満足そうに微笑み、再び自らの仕事へと歩み出した。
どんな戦争も、どんな強大な国家の野望も、この男の引くレールの上では、一秒の遅れを出すことすら許されないのだった。




