第23話:十三時零分の砲撃戦
嘆きの荒野、キロポスト四十五地点。
乾いた赤茶けた大地に、五百頭の重装軍馬の蹄の音が、地鳴りのように轟いていた。
吹き荒れる熱風が、鋭い砂埃を巻き上げて兵士たちの甲冑を激しく叩く。
黒鉄の甲冑に身を包んだ帝国装甲騎兵たちは、三列縦隊の整然たる突撃隊形を組み、抜刀した抜き身のサーベルを青空へと突き立てていた。
部隊の中央、漆黒の巨大な名馬に跨がったブラント准将は、白手袋をはめた手で指揮鞭を弄びながら、冷酷な嘲弄の笑みを浮かべていた。
その双眸には、辺境の不毛の地で繰り広げられる「一方的な狩り」への期待が滲んでいる。
「見ろ、あの無様な二本の鉄の棒を」
ブラントが指揮鞭の先で示したのは、荒野の地表を真っ直ぐに貫く銀の線路だった。
「移動の自由を自ら捨て、決められたレールの上しか走れぬ愚行。戦術の基本とは、常に『機動』と『包囲』だ。どれほど分厚い鉄板で囲おうと、左右から挟み撃ちにされれば、後退すらままならん鉄の棺桶に過ぎん。……おいゴルドン、あの『鉄の怪物』は普段、何時にここを通過するのだ?」
馬の列の後方、青ざめた顔でラクダに乗せられていたオラクル商業ギルド長のゴルドンが、縛られた両手を震わせながら答えた。
首筋に突きつけられた冷たい刃に、喉仏が激しく上下している。
「は、はい……オラクル行きの上り定期便は、午後一時半にオラクル駅へ到着する予定ですので……この場所を通過するのは、およそ一時十五分頃かと……」
「なるほど。なら、ここで待ち伏せしてやる」
ブラントは口髭を吊り上げ、部隊の前衛指揮官たる副官たちに冷酷な命令を下した。
「線路の両脇に百騎ずつ展開させろ。怪物が現れたら、車輪の直前に爆導索と頑丈なミスリルの鎖を投げ込んで脱線させ、窓という窓から油壺を投げ込んで焼き払え! 生き残ったアステリア皇女は捕らえて王都へ護送し、あの平民の技術者は手足を切り落として見せしめにする!」
「「「ハッ!!」」」
騎兵たちが一斉に鬨の声を上げた。
彼らは勝利を微塵も疑っていなかった。
これまで数々の戦場で、敵の頑強な歩兵方陣を蹂躙し、城塞の防衛線を突破してきた帝国の誇る絶対的精鋭。たかが辺境の平民が作った輸送用の鉄の箱など、一瞬でスクラップに変えられると信じ切っていた。
兵士たちの中には、戦利品として手に入るであろう珍しい機械の部品や、皇女の身代金を想像して下卑た笑みを浮かべる者すらいた。
だが――。
ブラントの懐中時計の針が、十二時五十九分五十秒を指した瞬間だった。
「……ん? おい、何か聞こえないか?」
「地鳴り……? いや、東の地平線だ! 何かが来るぞ!」
前衛の騎兵たちがざわめき立った。
五百頭の軍馬が一斉に耳を伏せ、恐怖に怯えたように嘶き始める。
蹄の音を完全に圧殺するほどの、大地の下深くから響いてくる重苦しい振動。
次の瞬間、荒野の張り詰めた大気をビリビリと引き裂いて、開拓者一号機の澄んだ汽笛とは似ても似つかない、野太く威圧的な鋼鉄の重低音が空を揺るがした。
――ブオオオオオオオオオオオオンッ!!!!
まるで太古の巨神が地底から蘇り、戦いの角笛を吹き鳴らしたかのような凄まじい咆哮。
東の地平線の彼方、猛烈な砂煙を天高く巻き上げながら姿を現したのは、黒銀の分厚い装甲に全身を包んだ、異形の怪物だった。
「な……何だ、あれは……!?」
ブラントの目が、驚愕に見開かれた。
ゴオオオオオオオオオオッ!!
車輪から激しく散る火花。
鋭利な角度をつけられた傾斜装甲板が陽光を鈍く跳ね返し、巨大な衝角が前方の空気を切り裂いて突進してくる。
その走行速度は、ゴルドンが言っていた「時速五十キロの輸送馬車」などという生温いものでは断じてなかった。
時速、百二十キロメートル。
荒野の直線を、猛烈な風圧の衝撃波を撒き散らしながら、純白の魔力蒸気を引き連れて真正面から突進してくる。
一秒間に三十三メートル。視界に入ったと思った瞬間には、怪物の巨躯はすでに倍以上の大きさに膨れ上がっていた。
「ひ、ひるむな! 全軍、左右へ展開しろ! 包囲して足を止めろ!」
ブラントが必死にサーベルを振り上げ、喉が張り裂けんばかりに怒鳴りつけた。
だが、その瞬間、前衛の騎兵隊長たちが絶望に満ちた叫び声を上げた。
「ぶ、准将閣下! 左右に展開できません!」
「何だと!? なぜだ!」
「この場所は……両脇が切り立った険しい岩山に挟まれた谷底です! 線路の左右には、馬二頭分の幅しか平地がありません! 横に広がれば、味方同士で崖に激突して圧死します!」
「馬鹿な……ッ!?」
ブラントの背筋に、冷たい氷水を浴びせられたような戦慄が走った。
線路とは、ただ大地の上に引かれただけの道ではない。
ハルトは、地形の高低差、岩山の配置、そして敵の進軍速度をすべて秒単位で計算し尽くし、敵が最も横に広がれず、退路を断たれるこの『キロポスト四十五地点』を、最初から迎撃地点として指定していたのだ。
敵の正面に立つのではない。
敵が逃げられない狭隘な通路に、絶対的な質量を全速力で叩き込む――それが、ハルトの引いた鉄道戦術の神髄だった。
キャブの運転席で、ハルトは懐中時計の蓋をパチンと閉めた。
「十三時零分零秒。――定刻通り、迎撃開始」
ハルトの冷徹な声が、車内伝声管を通じて戦闘車両へと届いた。
次の瞬間、鉄槌号の中央に鎮座していた全長八メートルのレールガン主砲が、ギギギと重厚な油圧音を立てて旋回し、逃げ場を失った帝国騎兵大隊の前衛陣地へと真っ直ぐに狙いを定めた。




