第22話:重装甲列車『鉄槌号』
アルカディア中央駅の地下深く、かつて古代帝国の避難シェルターとして使われていた長大な地下ドック。
天井の頑強な玄武岩に据え付けられた無数の魔力灯が、白銀の冷たく澄んだ光を広大なフロアいっぱいに投げかけていた。
重油の匂い、焼き入れされた特殊合金鋼の焦げた匂い、そして充填された過熱魔力のピリピリとした静電気が、肌の産毛を逆立たせる。
その巨大ドックの中央、二本の特殊強化レールの上に横たわっていたのは、世界の軍事史を根底から覆す、前代未聞の「動く要塞」だった。
「……これが、私たちの……新しい列車なのですか……?」
アステリアは息を呑み、胸の前で両手を固く組んだまま、その異様な威容を見上げていた。
民間輸送を担う『開拓者一号機』の、どこか温かみのある黒光りした姿とはまるで違う。
そこに鎮座していたのは、純然たる戦闘のためだけに研ぎ澄まされた、漆黒と鈍銀のツートンカラーに塗られた鋼鉄の怪物だった。
その表面に刻まれたリベットの一本一本、溶接の継ぎ目の一つ一つから、圧倒的な質量と威圧感が無言の咆哮となって押し寄せてくる。
戦闘用重装甲魔導列車――形式名『零式重装甲特種軌道列車』。
通称、『鉄槌号』。
全長、実に六十五メートル。総重量、四百五十トン。
先頭の牽引機関車から、後続の三両の戦闘・兵員輸送車両に至るまで、車体の全面を覆っているのは、外敵の物理攻撃や魔法弾を斜めに弾き逸らすために角度をつけられた『傾斜複合装甲』。
黒鉄山脈から切り出された最高純度のミスリル鋼と、ドワーフの秘伝である耐熱竜鱗鋼を七層に重ね合わせ、熱処理を施した、文字通りの「絶対の鉄壁」だった。
「へへっ……どうだアステリアの嬢ちゃん! 俺と弟子五十人が、三日三晩不眠不休で叩き上げた最高傑作だぜ!」
煤まみれのバロック親方が、自慢げに巨大な鍛造ハンマーを両手で振り上げ、先頭車両の装甲板を思い切り殴りつけた。
ドガアアアンッ! と工房内に鼓膜を破るような打撃音が響き渡ったが、装甲板には傷一つ、塗装の剥げ一つすらつかなかった。
むしろハンマーを握るバロックの手首が痺れ、親方は満足そうに髭を揺らして笑った。
「ドラゴンの吐く超高温ブレスだろうが、上級騎士の放つ魔力斬撃だろうが、この装甲の前には豆鉄砲同然だ! 中に乗ってる人間には、埃ひとつ落ちてこねえ! 台車周りにも頑丈な防護スカートを被せてあるから、線路上に爆導索や鎖を撒かれようが、一瞬でミンチにして粉砕するぜ!」
「装甲だけではありませんよ、バロック親方」
ハルトが作業台のコンパスを置き、列車の先頭車両の上部、そして側面を指差した。
先頭部の排障器は、開拓者一号機よりもさらに巨大で鋭利な、衝角状の楔形装甲となっている。
車体側面には、ドワーフ製の四十ミリ魔導重機関砲のスリットが左右に各五基、計十基。
そして何より、機関車中央の強固な旋回砲塔に据え付けられていたのは、全長八メートルにも及ぶ異様に細長い砲身を持つ、未知の主砲だった。
「ハルト様……あの長い砲身の武器は一体……? 王都の魔導大砲とも、宮廷魔導士の杖とも形が違いますが……」
「【百二十ミリ魔導電磁投射砲】――いわゆるレールガンです」
ハルトは事も無げに、だが極めて明快に解説した。
「通常の大砲のように火薬の爆発力で弾を撃ち出すのではありません。砲身の左右に敷設された二本の極超伝導レールに、機関車のボイラーから抽出した超高圧の龍脈電力を一気に流し込む。その強烈な電磁誘導の力によって、三十キログラムの超硬度ミスリル徹甲弾を、音速の三倍――時速三千六百キロメートルで撃ち出します」
「お、音速の三倍……ッ!?」
アステリアは目を見張り、口元に手を当てた。
この世界の最強の大魔導士が放つ最上級魔弾ですら、音速を超えることなどあり得ない。
それを、一発の砲弾として、水平射程二十キロ先まで寸分の狂いもなく叩き込むというのだ。
「オラクルの准将は、五百騎の重装騎兵で線路を取り囲み、列車を焼き払う気でいます。……だが、彼らが線路に近づくことすら、俺のダイヤグラムは許しません」
ハルトは懐中時計を取り出し、机の上に広げられた『戦闘運行計画表』を指し示した。
そこには、ミリ単位のインクで、敵の進軍予測ルートと、鉄槌号の走行曲線が几帳面にプロットされていた。
「敵騎兵隊の進行速度は時速十五キロ。十三時零分、嘆きの荒野の中央直線区間――『キロポスト四十五』地点に到達します。この地点は、両脇を断崖に挟まれ、線路から左右五十メートルしか展開できない隘路です」
「逃げ場のない一本道ニャ……!」
チーフ車掌の制服を着たミュウが、目を丸くして身を乗り出した。
「十三時零分に戦闘を開始し、十三時十分までに敵の前衛および本陣を無力化。十三時十五分には残存部隊の武装解除を完了する。……そして、十三時三十分発のオラクル行き定期旅客便は、開拓者一号機によって一秒の遅れもなく通常通り運行します」
「戦闘時間……わずか十五分ですか!?」
アステリアが息を呑んだ。
帝国の誇る精鋭五百騎を相手に、まるで電車の乗り換え案内でも説明するかのように、平然と「十五分」と言い切ったのだ。
「ええ。戦争ごときに、俺たちの定時運行を狂わされてたまるものですか」
ハルトは静かに制帽を被り、鍔を指先でクイと上げた。
「アステリア様、ミュウ、バロック親方。出撃準備を。――これより、アルカディア鉄道防衛特別便、出動します」
「はいっ! 私も、助手席で共に参ります!」
アステリアは迷いなく頷いた。その瞳には、自分の領民と、ハルトの敷いた鉄路を守り抜くという強い決意が宿っていた。
ゴオオオオオオオッ!
地下ドックの奥深くで、鉄槌号の巨大な炉心が、青白い電磁の光を帯びて唸りを上げ始めた。
傲慢なる帝国軍を迎え撃つ、完全なる鉄の鉄槌が、今まさに線路の上へと姿を現そうとしていた。




