第20話:夜明けの汽笛が大陸に響く
アルカディア中央駅の時計台、その最上階にある展望デッキ。
西の空が燃えるような茜色から深い紫紺へと移り変わる黄昏時、ハルトは欄干に両手を預け、眼下に広がる街並みを見下ろしていた。
駅前広場には魔力街灯が温かな白銀の光を投げかけ、家々の煙突からは夕餉の煙が立ち昇っている。
広場を行き交う商人や職人たち、笑い声を上げる子供たち。
そして、駅のホームから西のオラクルへ向かって、寸分の狂いもなく一直線に伸びる二本の銀のレール。
夕陽を反射して黄金に輝くその轍は、まるで荒野を切り裂いて未来へと伸びる希望の道筋そのものだった。
「ハルト様、ここにいらっしゃったのですね」
静かな足音とともに、鈴を転がすような声が響いた。
振り返ると、薄紅色のショールをまとったアステリアが、穏やかな微笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
風に揺れる白銀の髪。夕映えに照らされたその横顔は、息を呑むほど神聖で美しかった。
「アステリア様。執務室での親書の確認は終わったのですか?」
「はい。……信じられないことばかりです」
アステリアは欄干に寄り添い、胸元に抱えた羊皮紙の束をそっと見つめた。
「王都の商業連合理事会、西方の諸侯同盟、さらには南のドワーフ自治領からも、正式な国書が届きました。『我が領地にも、その魔導鉄道を延伸してほしい』『全額の資金と資材を提供するから、駅を作ってほしい』と、どの国も喉から手が出るほど求めています」
「当然ですね。物流と交通を握る者が、この大陸の未来を握るんですから」
ハルトは静かに頷いた。
「ですが……良い報せばかりではありません」
アステリアの声音が、わずかに憂いを帯びて沈んだ。
「王都の帝国軍好戦派――第二皇子の軍団が、アルカディア鉄道の軍事接収を画策しているという密書が届きました。『辺境の私企業が国家の軍事インフラを私物化することは許されない』と、近いうちに正規軍の装甲騎兵大隊を派遣し、この駅と機関車を武力で強奪する構えを見せています……」
「なるほど。美味しい果実が実れば、泥棒が軍服を着て奪いに来るというのは世の常ですね」
ハルトの口元に、冷徹な笑みが浮かんだ。
だが、その瞳には恐れの欠片もなかった。
「心配いりませんよ、アステリア様。鉄路を敷く者は、鉄路を守る力も持っていなければならない。……バロック親方と極秘裏に進めている『重装甲列車』と『魔導レールガン要塞砲』の配線工事は、すでに最終段階に入っています。帝国軍が線路を奪いに来るなら、真正面から迎え撃つまでです」
「ハルト様……」
アステリアの瞳が、熱い信頼の光で潤んだ。
どんな困難にも、どんな強大な敵にも決して屈せず、常に一歩先の未来を見据えて現実的な手を打つ。
この男の隣にいる限り、世界中の国を敵に回そうとも、決して負ける気はしなかった。
その時、ふわりと夜風が吹き抜けた。
アステリアのショールがわずかにめくれ、彼女の首元から、古びた金属のペンダントが月光を浴びてこぼれ出た。
精緻な歯車と、一本の鍵を模した装飾品。
その鍵の先端が、ハルトの懐にある懐中時計、そして眼下に伸びる銀のレールに共鳴するかのように、トクン、トクンと微かな青い燐光を明滅させた。
「……アステリア様、そのペンダントは?」
「あ……これですか?」
アステリアは胸元の鍵にそっと触れ、愛おしそうに目を細めた。
「亡き母の遺品です。母は死に際、私にこう言い残しました。『この鍵は、古代帝国の皇統に伝わる、大地の心臓を開くための鍵。いつか、星の血脈を継ぐ者が現れた時、この鍵が世界を真の夜明けへと導くでしょう』と……」
「大地の心臓……」
ハルトの脳内で、パズルのピースが音を立てて噛み合った。
古代帝国がなぜ滅びたのか。
なぜ自分が、この世界にインフラ技術者として召喚されたのか。
星の龍脈の血栓。荒れ狂う瘴気。
そして、この世界全土に鉄道網を張り巡らせるという使命。
(やはりそうか……。俺がやっていることは、ただの内政や金儲けじゃない。この星そのものの血液循環を取り戻すための、巨大なバイパス手術なんだ)
ハルトはアステリアを見つめ、力強く頷いた。
「アステリア様。このレールは、オラクルで終わりじゃありません」
「え……?」
「東の魔境を越え、西の帝国を貫き、南の霊峰を越えて、大陸の最果てまで――全土を一つに結ぶ『大陸横断鉄道』を創ります。飢えも、分断も、戦争もない、誰もが定刻通りに笑顔で暮らせる世界を、俺たちの手で敷くんです」
「大陸……横断鉄道……!」
アステリアの紅の瞳が、眩い希望に大きく見開かれた。
彼女はためらうことなく、自らの小さな手を、ハルトの温かく力強い手の甲へとそっと重ねた。
「はい……! どこまでもついていきます、ハルト様。あなたの引くレールの果てまで、世界中を共に駆け抜けましょう!」
二人の手が重なった瞬間、時計台の真鍮の大時計が、ボオオオオンと午後八時の鐘を鳴り響かせた。
それに応えるように、ホームから夜行一番列車の荘厳な汽笛が、満天の星空へと吸い込まれていく。
ポォォォォォォォォォォォンッ!!
「一番線、出発信号、進行!」
地上からミュウの凛々しい号令が響く。
白い蒸気の尾を引いて、漆黒の魔導機関車が、闇夜を貫く光のレールの上へと力強く走り出した。
それは、追放された一人の裏方と、見捨てられた美しき皇女が紡ぎ出す、世界最大の奇跡の序章に過ぎなかった。
――第1章『追放と魔導鉄道の夜明け』 完




