第17話:もはや田舎とは呼ばせない
定期運行の開始から、わずか一ヶ月。
アルカディアの風景は、世界の誰もが想像し得なかった凄まじい速度で、完全に塗り替えられていた。
「こちらが本日到着した第十二便の乗客名簿と貨物積載目録です、ハルト総裁!」
駅長室に駆け込んできたミュウが、分厚い羊皮紙の束を机の上に置いた。
その顔は忙しさで上気しているが、チーフ車掌としての誇らしげな笑顔が満開に咲いている。
「乗客定員三百名に対し、連日全便が満席。オラクルから移住を希望する農民と大工が百名、商業ギルドの買い付け商人が八十名、そして黒鉄山脈での採掘を志願するドワーフの鉱夫が五十名ニャ! 貨物室も、オラクル産の最高級小麦粉や織物でパンパンニャ!」
「順調だな。駅前第一区画の集合住宅と、魔力水道の接続は完了したか?」
「バロック親方の弟子たちが徹夜で仕上げたニャ! 石造りの四階建てアパートメントが六棟、すべて入居予約で埋まったニャ! 蛇口をひねれば龍脈の清らかな水が出る水道管も、全戸開通ニャ!」
ハルトが駅長室の大きなガラス窓から見下ろした先には、目を見張るような大活況の光景が広がっていた。
アルカディア中央駅の駅前広場を中心に、ハルトの引いた都市計画図通りに、放射状に美しく区画整理された舗装道路が伸びている。
道路の両脇には、三階建ての瀟洒な石造りのホテルや、焼きたてのパンと香ばしい焼き肉の匂いが漂う大衆食堂、オラクルの高級織物や香辛料を扱う商店街が軒を連ねていた。
かつては荒野の砂埃が舞うだけだった道に、今は色とりどりの看板が掲げられ、馬車や荷車が行き交っている。
夜になっても、駅前にはハルトが地脈の余剰魔力から引いた『魔力街灯』が白銀の光を煌々と灯し、まるで不夜城のように賑わっていた。
「ハルト様、最新の財政報告書をお持ちしました!」
ノックとともに部屋に入ってきたアステリアが、興奮を隠しきれない様子で書類を胸に抱きしめていた。
その深紅の瞳は、眩い喜びに濡れている。
「先月の領地人口はわずか五百人足らずだったのが……今朝の住民登録集計で、すでに三千二百人を突破しました! さらに、駅前商業区からの通行税と商業税、鉱石の売却益だけで、アルカディア領の過去十年分の総税収を一ヶ月で上回ってしまいました……!」
「これで、王都の顔色を窺うことなく、領地単独で民を養える基盤が整いましたね、アステリア様」
ハルトが微笑むと、アステリアは感極まったように両手でハルトの手をぎゅっと包み込んだ。
「基盤どころではありません! オラクルの貴族や大商人たちが、こぞってアルカディアに別荘や支店を持ちたがっています。『大陸で最も安全で、最も豊かで、最も早く物資が届く奇跡の街』だと、王都の新聞でも連日一面で大々的に報道されているのです!」
かつて「呪われた不毛の流刑地」と蔑まれ、飢え死にするのを待つだけだった極貧の寒村。
それが、たった一本のレールが敷かれ、定刻通りに列車が走るようになっただけで、大陸全土から富と人材が集まる「超近代都市」へと変貌を遂げたのだ。
インフラが通れば、道ができる。
道ができれば、人が集まる。
人が集まれば、そこに富と文明が花開く。
前世の近代化の歴史そのものが、この異世界の未開の荒野で完璧に再現されていた。
「もはや、誰にもこの街を『田舎』などとは呼ばせません」
アステリアは誇らしげに窓の外の街並みを見つめた。
「すべては、あなたが道を敷いてくださったおかげです、ハルト様」
「いえ、これはあなたと領民たちが、泥を恐れずに汗を流してくれた結果ですよ」
ハルトは懐中時計の蓋を開け、駅前広場を歩く笑顔の人々を見つめた。
だが、その穏やかな瞳の奥には、すでに次なる波乱を見据えた鋭い光が宿っていた。
「富が集まれば、必ずそれを奪おうとする魑魅魍魎が群がってきます。……アステリア様、王都の宮廷や、あなたを追放した中央の貴族どもが、このアルカディアの繁栄を指をくわえて見ているはずがありません」
「……はい。実は今朝、王都の第二皇子の使者から、極めて無礼な親書が届きました」
アステリアの表情がキリリと引き締まり、机の上に一通の豪奢な封蝋の手紙を置いた。
「『アルカディアの鉄道網は国家の軍事機密に抵触する。直ちに帝国軍に無償で引き渡し、アステリアは王都へ戻って幽閉処分に従え』と……。断れば、正規軍の装甲騎兵大隊を差し向け、武力で制圧すると脅迫してきました」
「なるほど。美味しい果実が実れば、泥棒が軍服を着て奪いに来るというのは世の常ですね」
ハルトの口元に、冷徹な笑みが浮かんだ。
だが、その瞳には恐れの欠片もなかった。
「心配いりませんよ、アステリア様。鉄路を敷く者は、鉄路を守る力も持っていなければならない。……バロック親方と極秘裏に進めている『重装甲列車』と『魔導レールガン要塞砲』の配線工事は、すでに最終段階に入っています。帝国軍が線路を奪いに来るなら、真正面から迎え撃つまでです」
「ハルト様……!」
アステリアの瞳が、熱い信頼の光で潤んだ。
どんな困難にも、どんな強大な敵にも決して屈せず、常に一歩先の未来を見据えて現実的な手を打つ。
この男の隣にいる限り、世界中の国を敵に回そうとも、決して負ける気はしなかった。
「この鉄路は、民とあなたが命を削って創り上げた奇跡です。誰一人として、指一本触れさせはしません!」
固い決意を交わす二人の眼下で、魔導列車が力強く汽笛を鳴り響かせた。
迫り来る嵐の予感すらも、定時運行のレールの上で薙ぎ払われる運命にあることを、ハルトは確信していた。




