第16話:アルカディア中央駅、開業式典
朝靄を破り、金色の朝陽がアルカディアの地平線を照らし出した。
かつて荒れ果てた赤土の広場だった場所には、今やこの世界の誰も目にしたことがない、壮麗極まりない巨大建築が堂々とそびえ立っていた。
――『アルカディア中央駅』。
黒鉄山脈から切り出された漆黒の玄武岩を基礎に、頑強なオーク材と、ドワーフたちが丹精込めて叩き上げた鋼鉄トラスがアーチを描く巨大な大屋根。
天井のステンドグラスからは、朝の陽光がプリズムとなって七色の光を石畳のフロアに降り注いでいる。
駅舎の内部には、滑らかな真鍮の手すりが美しい切符売り場のカウンターが並び、ドワーフの木工職人が手作業で彫り上げた温もりある改札ラッチが整然と設置されていた。
幅五十メートルにおよぶ長大な石造りのプラットホームが二面、美しく磨き上げられたレールを挟んで真っ直ぐに伸びている。
駅舎の正面頂部には、ハルトが自ら時計台の歯車と振り子を調整した、大直径の真鍮製大時計が鎮座し、カチリ、カチリと正確無比な時を刻んでいた。
「わあ……! お城より立派な建物だ……!」
「見ろよ、あの屋根! 雨が降っても濡れずに列車に乗れるんだぞ!」
「切符売り場の時計、見てごらん! 王都の大聖堂の鐘より正確に針が動いているわ!」
駅前広場には、新調した晴れ着に身を包んだアルカディア領民のほぼ全員――五百人を超える人々が集まっていた。
子供たちは真新しい駅舎の円柱に触れて歓声を上げ、老人たちは涙を浮かべて冷たく滑らかな石畳を撫でている。
わずか一ヶ月前まで、明日のパンすらなく、干上がった水路で泥を啜って絶望していた人々の姿は、そこには影も形もなかった。
「本日は、アルカディア中央駅の開業式典にお集まりいただき、心より感謝申し上げます」
駅舎正面のバルコニーに、純白の式典ドレスをまとったアステリアが進み出た。
その白銀の髪には、アルカディアの野に咲く小さな青い花が編み込まれている。
かつて作業着の泥にまみれていた皇女は、今や一国の主としての気品と威厳を全身から放っていた。
広場を埋め尽くす民衆が、息を呑んで彼女を見上げる。
「私たちは長い間、魔境の瘴気に閉じ込められ、世界から見捨てられてきました。飢えと寒さに怯え、希望を失いかけていた私たちに、前を向いて歩くための『鉄の道』を敷いてくださった方がいます。……我がアルカディア鉄道の最高総裁、ハルト・クゼ技師長です!」
割れんばかりの拍手と地鳴りのような歓声の中、黒い鉄道制服に身を包んだハルトが静かに歩み出た。
襟元には金の動輪章。腰には使い古したスパナと懐中時計。
ハルトが右手を軽く挙げると、何百人もの歓声が一瞬で水を打ったように静まり返った。
誰もが、この男がもたらした奇跡の重みを知っていたからだ。
「皆さん。今日から、このアルカディアは陸の孤島ではありません」
ハルトの低く、よく通る声が、大屋根の下に心地よく反響した。
「本日午前八時より、オラクルとアルカディアを結ぶ【本線定期便】の正式運行を開始します。一日三往復。朝八時、昼十二時、夕方十六時。一秒の遅れもなく、食料と物資、そして皆様の大切なご家族を乗せて、この駅と外の世界を往復します。……遅延は、絶対に許しません」
ハルトの力強い宣言に、領民たちから再び熱狂的な拍手と歓声が巻き起こった。
「ミュウ、発車の鐘を」
「了解ニャ、総裁!」
ホームの中央、紺色の制服に身を包んだチーフ車掌ミュウが、時計台の真鍮の鐘の引き綱を両手で力いっぱい引いた。
カラン、コロン、カラン、コロン――。
世界で初めて鳴り響いた、美しく澄み渡る「発車の鐘の音」。
それは、孤立と絶望の過去に別れを告げ、輝かしい新しい時代の到来を告げる祝福の調べだった。
――ポォォォォォォォォォォンッ!!!!
ホームの一番線に据え付けられた開拓者一号機が、天を衝く汽笛を誇らしげに鳴り響かせた。
新造された木製客車の中には、オラクルへと向かう最初の一般乗客たちが乗り込んでいる。
孫の手を引いて座席に座る老夫婦、商品を抱えて緊張した面持ちの若い商人、そして物珍しそうにビロード張りのシートを撫でる子供たち。
「おばあちゃん、椅子がふかふかだよ! 馬車みたいにお尻が痛くないよ!」
「ああ、そうだねえ……。まさか生きているうちに、こんな立派な乗り物に乗れるなんてねえ……」
老婦人がハンカチで目頭を押さえる。
「一番線、オラクル行き定期旅客特急、ドアが閉まるニャ! 白線の内側までお下がりくださいニャ!」
ミュウが凛々しい車掌笛を吹き鳴らし、手際よく木製の客車ドアをロックしていく。
「出発信号、進行」
ハルトが懐中時計の蓋をパチンと閉めた。
ガコンッ! と主蒸気弁が開かれ、漆黒の魔導機関車が、真っ白な魔力蒸気を大屋根へと吹き上げながら滑らかに動き出した。
ガタン――ゴトン、ガタン――ゴトン。
集まった領民全員が振る色とりどりの小旗と、舞い散る花吹雪の中を、列車は力強く加速していく。
朝陽に輝く銀のレールの上を、光の矢となって荒野の彼方へと疾走していく列車を見送りながら、アステリアは胸の前で両手を組み、静かに祈りを捧げていた。




