第14話:魔獣の群れと結界装甲
黒鉄山脈からの鉱山支線が開通したことで、アルカディア鉄道の輸送力は新たな次元へと到達した。
ドワーフたちが採掘した高品質な鉄鉱石と、銀色に光り輝くミスリル原石。
それらを山盛りに積んだ十両編成の頑強なボギー貨車が、開拓者一号機の後ろに長蛇の列を作っていた。
総重量、実に三百五十トン。
馬車であれば何百頭の軍馬と数ヶ月の歳月を要する莫大な鉱物資源が、今、ハルトの引いた一本の鉄路によって、わずか数時間でアルカディアへと運ばれようとしていた。
ガタン――ゴトン、ガタン――ゴトン。
重厚な積載荷重をしっかりと受け止め、新設されたトラス鉄橋を滑らかに渡り終えた列車は、夕暮れの荒野を快調に疾走していた。
「ハルト様、各軸受の温度、正常です! ボギー台車のサスペンションが効いていて、三百五十トンの荷物を引いているとは思えないほど滑らかです!」
キャブの助手席で、アステリアが興奮気味に報告書を読み上げた。
その隣では、チーフ車掌の制服を着たミュウが、キャブの窓から身を乗り出して耳を澄ませていた。
「風の音も良し、レールの継ぎ目音も異常なしニャ! このまま行けば、定刻より五分早くアルカディア駅に――」
その時だった。
ミュウの猫耳がピクリと跳ね上がり、尻尾の毛が針のように逆立った。
「総裁! 前方の線路上に、超ド級の魔力反応ニャッ!!」
「何……!?」
ハルトが眉をひそめ、前方の直線軌道へと視線を凝らした。
茜色に染まる荒野の地平線、線路を跨ぐようにして立ちはだかる巨大な黒い影。
それは、黒鉄山脈の主として恐れられてきた災害級の古代魔獣――『巨岩剛熊』だった。
体長、実に八メートル以上。
その全身は、ダイヤモンドに匹敵する硬度の玄武岩の甲殻で覆われ、太い四肢は神木の幹のように分厚い。
さらにその後ろには、百匹を超える中型魔獣の群れが、縄張りを侵された怒りに狂い、真っ赤な瞳を光らせて線路を埋め尽くしていた。
通常であれば、Sランクの冒険者クランが一個軍団を動員し、何日もかけて魔法の集中砲火を浴びせてようやく討伐できる生ける天災。
その巨獣が、前脚を地面に叩きつけ、線路を塞ぐように仁王立ちしていた。
「ひっ……!? アース・ベア……!? ハルト様、急ブレーキを! 衝突します!!」
アステリアが顔から血の気を引かせて叫んだ。
ミュウも慌ててブレーキコックに手を伸ばそうとする。
「非常停止ニャ! あんな化け物にぶつかったら、機関車ごと粉々に大破するニャッ!」
「待て! ブレーキに触るな!」
ハルトの鋭い一喝が、キャブ内に響き渡った。
「総裁……!?」
「総重量三百五十トンの重量列車が、時速七十キロで走っているんだ。今ここで非常ブレーキをかければ、後続の貨車が慣性で乗り上げ、列車全体が脱線転覆して全員即死する!」
ハルトは懐中時計の針を一瞥した。
その瞳は、深海の底のように冷徹で、一ミリの動揺もなかった。
「それに――この列車は、アルカディアの民が夕飯を待つ午後六時に定時到着する予定だ。……一秒たりとも、遅れるわけにはいかない」
「え……? で、では、どうするのですか……!?」
ハルトは無言のまま、逆転機を最大前進位置へ叩き込んだ。
そして、主蒸気加減弁を――迷うことなく、限界の全開位置へと引き倒した。
ゴオオオオオオオオオオオッ!!
煙突から、空を焦がすほどの猛烈な白銀の魔力蒸気が爆噴した。
機関車の三対の巨大な動輪が、火花を激しく散らしながら、猛烈なトルクで加速を始める。
時速七十キロ……八十キロ……九十キロ――!
三百五十トンの鉄の巨人が、ブレーキを踏むどころか、獲物を狙う神速の槍と化して突進していく。
「ハルト様……突撃する気なのですか!? あの巨岩の甲殻に!?」
「アステリア様、この機関車の先頭についているモノは何だ?」
「え……? 排障器……?」
「そうだ。線路の上にあるすべての障害物を、外へと跳ね飛ばすための鋼鉄の刃だ」
ハルトは作業手袋を脱ぎ捨て、運転台の炉心バイパスへと右手を直接叩きつけた。
「【魔導軌道敷設】――レール結界、前頭部転送! 装甲過加圧展開!」
バチチチチチッ!!
レールの下に流れる大地無尽蔵の龍脈エネルギーが、車輪を通じて機関車全体へと逆流した。
先頭部の鋭利な三角形の排障器に、眩い銀白色の超高密度魔力結界が幾重にもコーティングされ、巨大な光の衝角が形成された。
グオオオオオオオオオオオッ!!
接近してくる鉄の怪物に対し、ギガント・アース・ベアが咆哮を上げ、山をも砕く巨腕を全力で振り下ろした。
激突の瞬間――。
ドッゴオオオオオオオオオオオオンッ!!!!
天地を揺るがす大音響が荒野に炸裂した。
だが、粉々に砕け散ったのは、機関車ではなかった。
どんな名剣も通さないはずのギガント・アース・ベアの岩石甲殻が、時速九十キロで突進する三百五十トンの鋼鉄の質量と、龍脈の神聖結界の前に、まるで薄氷のように一瞬で粉砕されたのだ。
「ギャオオオオオオンッ!?」
巨獣の悲鳴が途中で途切れる。
八メートルの巨躯は、排障器の斜面に沿って綺麗に空高く跳ね上げられ、線路の外側数十メートル先へと木の葉のように吹き飛ばされた。
後続の百匹を超える魔獣の群れも、結界の衝撃波に巻き込まれ、線路に触れることすらできずに四方八方へと弾き飛ばされていく。
ズドオオオオオンッ……!
吹き飛んだ巨獣が荒野の地面に激突し、もう二度と立ち上がらないのを確認しながら、開拓者一号機は何の乱れもなく、線路の上を疾走し続けていた。
車内には、わずかな縦揺れが伝わっただけだった。
脱線なし。損傷なし。
速度計の針は、依然として時速九十キロを誇らしげに指し示していた。
「は……跳ね飛ばした……!? あの災害級の魔獣を、一瞬で……!?」
アステリアが窓にへばりつき、後ろへと消え去っていく魔獣たちの惨状を見て呆然と呟いた。
ミュウも猫耳をパタパタと動かし、開いた口が塞がらない様子だった。
「す、すごすぎるニャ……! 線路の上の機関車は……無敵ニャッ!」
「前方信号、進行。障害物なし」
ハルトはスロットルを巡航位置へと戻し、何事もなかったかのように懐中時計をポケットに収めた。
「線路とは、この大地で最も神聖で不可侵の聖域だ。――どんな魔獣だろうと、俺たちの定時運行を止めることなどできはしない」
夕闇が迫る荒野を、完全無欠の魔導列車は、希望の鉄鉱石を満載にして堂々と駆け抜けていった。




