第6話 「私は妖精のアハト。こちらこそよろしく~」
黒幕が俺を右手に掴んだまま移動する。扱いは丁寧で締め付けや揺れは殆ど感じない。
「で、黒幕さん……これどこに向かってるの? 深淵の塔とは正反対っぽいけど」
「演説が終わった直後で大広間は大混乱だろうから、ほとぼりがある程度冷めるまでの間に、街の外がどうなっているのか紹介でもしようかなと」
「街の外……PVでも紹介されていなかったけど、なんかあるの?」
「あるよ。デスゲーム開始までは見えない壁で出られないようにしていたけど、もうその壁は取り払われている。そして、この世界の状況が一目で分かるサプライズが用意されてる」
サプライズ……気になるな。
「ところで黒幕さん、どうして俺は妖精になったの?」
「さっきも言ったけど、AIが君を強者判定にして強制的に種族を決めた。開発者としては簡単にゲームクリアされたら悔しいからね、コンテンツの寿命を延ばす為の措置だよ」
措置ねぇ……。
「本音は?」
「ゲーマーざまぁ、ってところかな。君が妖精化したのは想定外だけど、面白い反応が見れたし、これからの行動を考えるとこれはこれで良しだ」
「これからの行動?」
「私たちはしばらく、他のプレイヤーとパーティーを組まず、ギルドにも入らずに活動する。そのうえで妖精と組むというのは実に合理的なんだ。何故なら妖精は唯一無二の専用スキル【ガイド】を持っていて、行き先を指定するだけで道順が分かるようになっている」
なるほど。
妖精を案内人にすることで、ゲーマーはその知識や経験でサポートしろってことか。よく考えられてる。
多分無理だろうけど、これは聞いておこう。
「そのスキル、隠し部屋とかも案内可能?」
「それは無理だ。もし可能にしたら、ダンジョン探索の先行者が圧倒的に有利になってしまうからね」
「それもそうか」
話すこともなくなってお互いに黙ってしまう。
俺は別に沈黙が嫌いではないから気にしないが、いつまでも手に握られていると身の危険を感じてちょっと落ち着かない。
「なぁ黒幕」
「ん?」
「いつまでも握られてると、ふとした時にこのまま握り殺されるんじゃないかって気が気じゃないんだけど。せめて肩か頭に乗せてほしい」
「あーそうだね。けどもうちょっと待って。ちゃんと飛べるようになってからじゃないと転落死するから」
「……確かに」
それは考えてなかった。
仕方なくそのまま運ばれていると、なんかヌルリとした感覚が一瞬だけ全身を抜けた。
「着いたよ。街の外側に」
黒幕がそう言って見えやすいように俺を掲げた。
「おぉ……こわっ」
感動なんてあったものじゃない。むしろ恐怖しか感じない。
全長数百メートルはあろう超巨大な魔物数十体が、文明が感じられない荒野を闊歩していた。
魔物たちは鳥や虫や動物や爬虫類、果てはドラゴンとかの幻想的な生物で、そいつらは一斉に俺たちをギョロッと見つめていた。
もう少し街から離れれば、今にも襲ってきそうな雰囲気だ。
「どう? この世界の状況、分かったでしょ?」
「うん」
そりゃこんだけでかい魔物が一斉に目覚めて暴れれば、文明なんかあっさり滅びるわ。
「それじゃあ、ここで飛ぶ練習でもしてもらおうかな」
「えっ、ここで!?」
あいつらに見られてて落ち着かないんだが!?
「ここなら壁に激突することはないからね。それに、妖精という種族はあの大きな魔物たちには小さすぎるから、戦おうとしない限りは襲ってこないよ」
「マジか」
そんな設定があるとは……あっ、飛ぶ練習より先にすることあった。
「その前に、名前決めない?」
「あっ、忘れてた。そうだね、先に名前を決めよう」
美少女で、しかも妖精になったしどういった名前にしようか……ネーミングセンスあんまりないから、パッとは思いつかないんだよなぁ。
「んん!?」
なんか、文字化けした名前がいつの間にか変わってる。まさか――
黒幕の方を見たら、複雑なメニューを開いた状態でニヤついていた。
「おい、なに勝手に名前決めてんの!?」
「悩んでそうだから、決めてあげようかな~って」
絶対嘘だ。面白い反応が見れるからやったんだろ。
……まぁいい。そんな酷い名前じゃないし。
でもどうしてこの名前かは聞いておかないと。
「それで、なんで『アハト』? 数字の八じゃん、ドイツ語の」
「なんとなくその数字が思い浮かんだんだ。ドイツ語ならカッコイイし女性的な響きがするでしょ?」
「……」
くっそ、否定出来ねぇ。
あとちょっとは仕返ししたい。やられっぱなしは性に合わん。
「おい黒幕、俺にも名前決めさせろ」
「えーもう決めちゃったよ」
クソがッ!
せめてもの意思表示に黒幕のブーツを軽く殴る。因みに彼女の名前は『フィーア』。ドイツ語の四だ。
「……で? 同じドイツ語の数字、関連性を聞かれたらどう答えるつもりだ?」
「広間から逃げた先で偶然会って、意気投合して一緒に名付けたってことにする。今のこの状況も間違ってないでしょ?」
「……うん」
全くの嘘なのに、マジで事実しか言ってない。
「はい、名前決めも終わり。それじゃあ飛ぶ練習……の前に、まだ決めることが一つあった」
「あるんだ」
「あるよ。それはロールプレイ」
「ロールプレイ? なんでそんなことを?」
「この姿だよ? 素のままでやってたらつまらないし、私の場合はゲームマスターの同僚たちに気付かれる可能性があるからね」
「ゲームマスターいるんだ。てっきりそういうのはデスゲームから排除すると思ってたけど」
「しても良かったんだけど、積極的な進行役は必要でしょ。まぁマスター権限取り上げて、強制的に種族が妖精になるように仕込んでおいたけど。ハハハ」
ハハハじゃねーよ。
今頃その同僚たちキレ散らかしてるって絶対。
「それで? フィーアはどんなロールプレイをするつもりだ?」
「んー……リアルじゃ社会人として“私”を一人称にしてるし……僕っ娘とかどう?」
「ないわ。似合わん」
「えぇー、じゃあアハトも提案して。いや、しろ」
予想出来る当然の反応。
俺の中に答えはあるので勿体ぶらずに言ってやる。
「そんなの“わたくし”でいいだろ」
「わたくし……お嬢様キャラしろって?」
「うん。黒髪黒目だし、倫理観と慈悲が欠如した狂ったお嬢様が似合う」
「わーやけに具体的」
「そう思ったんだからいいだろ」
「んー……うん、分かったそれでいこう。その代わりアハトの一人称は“私”で、本性を隠して普段はのんびりしてる昼行燈系美少女をやってもらうよ」
「いやちょっと待て、具体的過ぎるだろ」
「そう思ったんだから別にいいでしょ」
嘘つけ。さっきの当てつけだろ絶対。
「……あーもう分かった。やればいいんだろ」
とは言ったけど……普段はのんびりしてる昼行燈って、どうやればいいんだ?
語尾でも伸ばすか?
あと、表情もふにゃっとさせればいいのか?
「じゃあ演技はおいおい慣らして行くとして……」
黒幕もといフィーアがわざわざ片膝を着き、メニューを開いて操作した。
すると俺の目の前にパーティー申請のメッセージが表示された。
「わたくしは狂ったお嬢様のフィーア。これからよろしくお願いいたしますわ」
あぁ、いいな。こういうの。
「私は妖精のアハト。こちらこそよろしく~」
俺――いや私は彼女のパーティー申請を許可した。
視界の左上の端に、フィーアの名前とHPが追加された。




