第16話 「急いでレベル上げも攻略もする必要はありませんし、今日のところはもう休憩ですわ。色々あって疲れているでしょう?」
肉サンドが美味しくてバクバク食べて……完食!
でも――
「うぅ、食べ過ぎた……」
「わたくしも……ですわ」
休憩しないと吐きそう。
やっぱ男と女とじゃあ胃袋の大きさが違うな。
「店主、今度は少し量を減らしてくれませんこと?」
「分かりました。半分ほどでよろしいですか?」
「えぇ、それで構いませんわ」
「かしこまりました。ただ……何か食材を提供してくれないと、ピブ肉とパン、シャキタス以外に提供できません」
なん……だと……!?
「マナズの肉とドッカエルの肉、それとアカマルの実がありますわ」
ん!?
フィーアがインベントリから食材を実体化させてテーブルに置いた。
「アハトは何か持っていません?」
「ん、んー何かあったかな~」
メニューからインベントリを開く。
そこには一つだけ重量制限に引っ掛からなかった食材があった。
「あったよ~、メイプルワームの体液」
実体化させると、薬液を入れるアンプルみたいな小瓶が出てきた。中には黄金色の液体が入っている。
「ありがとうございます。これでこの店では幾つかの料理が出せそうです。あと、これ部屋の鍵です」
店主は部屋番号が刻まれた鍵を置くと、食材を持って厨房の方へ消えた。
「……これ、イベント?」
「食材提供イベントですわ。閑散としたお店の場合、今やったように食材を提供することによってメニューが増えますの。永遠に」
「他には~?」
「次回以降の宿泊費がお安くなりますわ。因みに、別の階層に同じ名前の宿屋があった場合、そこも同じようにしてくれますの」
「そうなんだ~」
別の階層に同じ店……二号店?
いや、階層ごとに全て違う店を作るのが面倒だから手を抜いたんだな。
食休みが終わって部屋へ移動。
中は細長いワンルームで、手前にトイレ、洗面所、お風呂場があって、奥のリビングの壁には燭台風の電球とスイッチが一つ、カーテン付きの両開きの窓が一つある。
設置されている家具はベッド、テーブルと椅子、服掛け用のラックと大きな鏡が一つ。ソロプレイをするなら充分だ。
ただ、テーブルの上にちょっと場違いな物が置かれている。平屋のミニチュアハウスだ。
「ねぇ、アレって」
「妖精用ですわ」
「だよね~」
飛んでミニチュアハウスの前に来て、玄関ドアを開けて中に入る。
中はこの部屋と同じ作りになっていた。
「おぉ~、これはいいね~」
一時でも妖精になったことを忘れられそうだ。
まぁ、私は今の状態の方が好きなんだけど。
それより今日はどうするんだろう?
「フィーア、次の予定は~?」
「急いでレベル上げも攻略もする必要はありませんし、今日のところはもう休憩ですわ。色々あって疲れているでしょう?」
そうかな……そうかも。
思い返せば、確かに濃密な一日を過ごしている気がする。
初めてのフルダイブVRMMOに触れ、黒幕と出会い、デスゲームが始まって妖精になり、走りまくり、木の中でワームを殴り倒し、泳ぎまくり、他の妖精プレイヤーが死ぬところを目撃し、ユニークスキルを手に入れた。
ここらで一休みしてもいいだろう。何も感じていないように思えて、精神的にはかなりのストレスが掛かっているかもしれないのだから。
「分かった~。じゃあ休憩するね~」
とりあえずミニチュアハウスにこもる。そしてベッドにダイブ!
「…………眠れねぇ」
今の今まで初体験ばかりだったから、興奮が冷めない。目をつぶっても瞼の裏に今日の出来事が次々と思い浮かんで落ち着かない。それもこれも、今が楽し過ぎるのがいけないんだ。
「仕方ない。筋トレするか」
ベッドから飛び起きて床に寝転がり、腹筋を始める。疲れ果てれば自然と泥のように眠れるだろうという考えだ。
…………どれくらいの時間が経ったのかは分からないが、レベルが一気に10になった。
その代わり、全身が汗だくで床に汗の水溜まりが生まれ、極度の疲労感と喉の渇きと空腹が感じられる。
そろそろ終わろうかな……?
そう思ったところで、コンコン、とミニチュアハウスがノックされた。
「は、は~い」
「失礼しますわ」
返事をするとフィーアの声が聞こえ、ちょっと部屋が揺れてミニチュアハウスの屋根がパカッと開いた。
「アハト、そろそろ夕食の――って、どうしましたの!?」
「あはは、筋トレしてた~」
「呆れた……これでは休憩の意味がありませんわ。とりあえず水分補給してシャワーを浴びなさい。夕食の時間ですから手早くお願いします」
「……はい」
口調がちょっと厳しかったので、大人しく従う。フラフラの体を動かして洗面所で蛇口から水を飲み、妖精の服と下着を脱ぎ捨てて風呂場でシャワーを浴びる。気持ちいいがフィーアを待たせているので、頭と体を手早くシャンプーや石鹸で洗って出る。脱衣場にあるバスタオルで髪と体を拭き、妖精用の背中がぱっくり開いたバスローブを羽織って準備完了。
「フィーア、お待たせ~」
「では行きますわよ」
食堂で出された料理はマナズの唐揚げとメープルワームの体液を掛けたパンだった。どっちも美味かった。
食事が終われば衣服の洗濯をしつつ一休み。
……眠い。
STは回復しているはずなのに疲れが抜けていない。そしてウトウトして気を張っていないと眠ってしまいそうだ。
洗濯された衣服を脱衣場の物干し竿で干し、欠伸をしながらベッドへダイブ!
そのまま意識を手放した……――
――……ゲーム内で初めて関わったプレイヤーのアネモネ。彼女が儚い笑顔で消えた。
――……目の前に黒幕、その背後には超巨大な魔物たちがギョロッと私を見つめている。砂嵐に包まれて消えた。
――……私は妖精になった。周りの建物が大きい。
大勢のプレイヤーの足が沢山動いている。踏み潰されそうで怖い。
でも動けない。動いたら踏まれそうだから。
あっ。私は踏み潰された。
――……真っ暗闇の中、翅が光る。私の目の前にメイプルワームがいる。近づいてくる。
逃げようとしても足がすくんで動けない。
そうだ、飛んで逃げよう。
そう思ったら翅が千切れて飛べなかった。
メイプルワームが目前まで迫る。手でガードする。意味がない。
私は頭から食われた。
――……私は空を飛んでいる。気持ちいい。
横を何かが凄い速さで通り過ぎた。トンボの魔物、ドヤンマだ。
急旋回して背後に回り込んできた。逃げても正確に私の動きを捉えている。
捕まる!
虫特有のトゲトゲした足でガッチリと抱き着かれるように捕獲された私は、頭から――
「うわああああっ!! はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……夢? ……夢か」
飛び起きた私は荒い呼吸を落ち着かせるように、心臓の位置に手を当てる。はだけたバスローブのせいで直に触れる自分の胸の柔らかさはまさしく本物であり、ここがゲームの中の現実だと教えてくれる。
速い鼓動は次第に落ち着き、呼吸も元に戻る。
だが、悪夢を見たせいか体は嫌な汗でぐっしょりしていて気持ち悪い。
……やっぱり、思っていた以上にストレスが掛かっていたんだな。
「シャワー浴びよ」
私はベッドから立ち上がって燭台風の電球のスイッチを入れ、火のような暖かな光に照らされた部屋を歩いて風呂場に入った。




