第11話 「徹夜テンションで仕込んじゃいましたわ」
服を乾かし終え、武器と防具を装備したフィーアの肩に座って村へ向かう。それなりに離れているから小走りでも時間が掛かる。
そういえば……
「フィーア、ちょっとしつも~ん」
「なんですの?」
「このゲームってプレイヤーの行動でレベルアップ時のステータスポイントの振り分けが自動でされるんだよね~?」
「えぇ」
「私たち、走ったり泳ぎまくったりしたけど、調整とかしなくていいの~?」
「問題ありませんわ。同じ行動を取って数十レベルも上げない限り、特化ビルドにはならないようになっていますので。むしろ、序盤はスタミナをつけてある程度の攻撃と回避の回数を確保しておく方がいいですわ」
「……確かにそうだね~」
攻撃も回避も、肝心な時にスタミナが切れてましたとか、洒落にならないもんな。
「それにここだけの話、下層に行くほどボスは時間を掛ければ不利になるよう設計していますの。勿論、例外はありますけれど」
「へぇ~、なんでそういう設計にしたの?」
「防御特化とか、HP特化とか、耐久戦でダメージより回復力が上回ることになったらボスがツミになりますので」
「あぁ~~~」
確かにそれは開発者としては避けたい問題だ。たまにならそういう特化ビルドが刺さる敵やボスがいてもいいけど、毎回それで倒せてしまったら、面白くなくなってしまう。
納得して話すこともなくなり、黙って移動して水車小屋に到着。
「着きましたわ」
「いやドアの前じゃん」
「分かっていませんわね。他のプレイヤーの目がある状況で躊躇なく動けば、怪しまれますわ」
「あぁ、そっか~」
確かにそれは怪しい。偶然を装う為にも演技の必要があるということか。
「始めますわよ」
フィア―はドアノブを回し、ドアが開かないと見るや首を傾げる。そのまま入る場所がないかと回り込み……川でクルクル回っている水車を見つめる。
「……泳ぐ準備はよろしくて?」
「いつでもどうぞ~」
「では」
武器と防具どころか衣服すらデータ化して仕舞って下着姿になったフィーアは、綺麗な飛び込みで川にダイブした。私はそんな彼女の髪の毛にしがみつき、楽をしている。
水の中を進み、常に動き続ける水車を避けて隙間から小屋の中に入り込み、点検用と思しき水に浸かった足場に上がる。
「ふぅ、上手くいきましたわね」
「お疲れ~」
水に浸かった足場の横にある階段を上がれば、広々とした部屋の中に水車の動力がむき出しで設置されているだけだった。
いや、一つ気になる物があった。ドアの傍にある小さなフックに、紐が通された簡素な鍵が一本垂れ下がっている。
「アレって、ここの鍵?」
「えぇ、鍵が中にある状態でドアが施錠されてしまった、という隠しイベントですわ」
「ん? ちょっと待って、それおかしくない?」
「くひひ、おかしいですわよねぇ」
鍵が中にあるのにどうやってドアが施錠された?
マスターキーやピッキング、封印の為にそうした可能性もあるが、こんな辺鄙な村でする理由がない。
「もしかして、事件だったり~?」
「……」
なんか言えよ。
それとも説明自体がネタバレになるから言えないのか?
「とにかく、鍵をホムンクルスたちに返しましょう。くひひひひ」
うわっ、お前が笑うって嫌な予感しかしないんだが!?
フィーアは衣服と装備を再び着てから鍵を持ってドアを開け、外に出た。そしてたまたま通り掛かったホムンクルスの一人に声を掛けた。
「そこのあなた、少しいいかしら?」
「はい、なんでしょう」
「水車小屋の鍵をお返ししますわ」
「どうもありがとうございます。いつの間にか鍵が紛失し、ドアは閉まっていて困っていたのです。大したお礼はできませんが……付いて来てください」
ホムンクルスが歩き出し、フィーアと私は付いて行く。村の中を歩いて到着したのは、干し草と糞尿と獣臭さが混じった独特の臭いが漂う畜舎だった。中には魔物である筈のミルシが呑気に暮らしていた。
「知っていますか? この魔物は、ちゃんとお世話すれば野生の状態より美味しいミルクを出してくれるんですよ」
「へぇ、そうなんですの」
うわ白々しい。フィーアお前、絶対知ってるだろ。
「というわけで、この子の搾りたてのミルクを差し上げます」
彼女は牛乳瓶を手に取ると、ミルシからミルクを搾り取ってフィーアに差し出した。
「ありがとう。アハト、お先にどうぞ」
「ん、じゃあいただきまーす」
勧められたのでフィーアの助けを借りながら飲む。
美味い。牧場の直営店で売ってるお高い牛乳そのまんまな味だ。
満足したので口を離すと、フィーアはそのままぐいっと飲み干した。
「ごちそうさまでした。とても美味でしたわ」
「それは良かったです。私たちは暇なので、またいつでも来てください」
「えぇ、気分転換がしたくなったら寄らせていただきますわ。では」
一礼して畜舎から出る。
「フィーア、これからどうする~?」
「まだ隠しイベントは終わっていませんわよ」
「えっ――えっ!?」
温かい階層なのに、突如として冷たい微風が吹いた。拭いた方向に顔を向ければ、透けたミルシが一体、私たちを恨めしそうに睨んでいた。
……まさか、ガチ幽霊!?
他のプレイヤーからは見えていないし、すり抜けている。
その幽霊のミルシは方向転換してどこかへ歩き出した。
「さぁ行きますわよ」
「いやちょっと待って」
フィーアは恐れず幽霊ミルシを追う。私が髪を引っ張って制止を求めても無視される。ここで私だけ逃げてもいいのだが、それだと折角のイベントに立ち会えない。だから恐いのを我慢してフィーアの髪にしがみつく。
そうして追っていると村のはずれにある古ぼけた井戸に着いた。幽霊ミルシは井戸の前で消え、フィーアは井戸の中を覗き込みながら言った。
「本来はもっと、プレイヤーが魔物を倒した後に発生してほしいイベントなのだけれど……」
「? なんで?」
「……来ますわよ」
フィーアがショートソードを手早く鞘から引き抜くと、井戸の中から伸びてきた明らかに人間じゃない禍々しい見た目の細い手を切った。それだけでHPがゼロになって消滅した。
だが一瞬だけ名前が見えた。『カルネージデビル』と。
「……今のは?」
「隠しエネミー……いえ、裏ボスですわ」
「裏ボス……」
まぁゲームではよくある定番だな。
こんな簡単に倒せてしまうのはおかしいけど。
「ネタバレをするなら、全プレイヤーが倒した魔物の総数によって、際限なく強くなるボスですわ。おまけに、なんのアイテムも落としませんわ」
「……なんでそんなの作ったの?」
割とマジで理由を聞きたい。
時間が経ったら誰も倒せなさそうだし。
「徹夜テンションで仕込んじゃいましたわ」
仕込んじゃいました、じゃねぇだろ!
……まぁいいや。
「早期に倒せて良かったね~。これでクソなイベントが一つ無くなったわけだし」
「……」
おいまさか……!
「なぁおいフィーア、黒幕、このイベントって一度だけじゃないのか?」
「……ゲーム内時間で、一ヶ月でイベントが復活しますわ。しかも二度目以降は、魔物を多く倒したプレイヤーの中からランダムで誘導が発生しますの。もし誘導に従わなかった場合、井戸の方から徐々に近づきますわ」
「あははははははは……ばっかじゃねぇの!」
キレた私は、フィーアの左目をまた殴った。
「目がああああああああああああ!」




