9 帰国
ロアス視点
門のベルを鳴らすと、小柄な侍女が小走りでこちらに向かってきた。
彼女はフードを深く被った俺を不審に思いつつも丁寧に尋ねた。
「どちら様でしょうか?お約束はなさっていますか?」
「・・・約束が必要か?」
そう言ってフードを外すと、彼女が目を見開いた。
「ロ、ロアス様!?」
「久しぶりだな。サーシャ」
「そんな・・・生きてらっしゃった・・・」
「開けてくれるか?」
「は、はい!すぐに!!」
サーシャは門を開けると急いで屋敷へと戻っていった。
玄関に入ると、父上と母上が慌てた様子で螺旋階段を降りてきた。
「ロアス!!」
「お前なのか!?」
「母上・・・父上・・・」
「生きていたのね!?ああ・・・神様!ありがとうございます!!」
母上は泣きながら俺の胸に飛び込んできた。
父上は階段の途中で立ち止まり、目頭を押さえていた。
「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
「いいのよ!いいの・・・無事だったのなら。ありがとう・・・生きて戻ってくれて・・・」
「まったく・・・お前というやつは・・・」
二人との再会の瞬間をこれまで幾度も思い描いてきたが、二人は俺が想像していたよりも随分と痩せてしまっていた。
息子を失った悲しみはこれほどまでに二人を追い詰めてしまっていたのだ。
「ただいま・・・戻りました」
「お帰りなさい・・・ロアス」
リビングに移ると、俺は二人にこれまでのことを洗いざらい話した。
モンテタールでリナ嬢と再会したこと、姉上にはすでに手紙で生存を伝えていたこと、体力が回復するまで修道院に世話になったこと、セインとマイラのことをすでに知っていることも。
「あの子ったら私たちにまであなたが生きていることを隠すなんて・・・」
「俺が頼んだんです。まだいつラビナスに戻れるかわからなかったですから」
「そうだったのね・・・」
「それで?もう体は大丈夫なのか?」
「はい」
「騎士団にはいつ報告するんだ?」
「今から報告に行きます」
「そうか・・・」
「騎士団に行ったらセインがいるのではなくて?大丈夫なの?顔を合わせて・・・」
「一度は顔を合わせないといけませんので・・・。それにモンテタールにいる間にだいぶ気持ちの整理が出来ました」
「そう・・・良かったわね。いい出会いがあって」
「はい・・・」
「もう昼時だ。食事にしようか。騎士団に行くのはそれからにしなさい」
「そうね。久しぶりにみんなで食べましょう」
「はい」
食事を済ませた俺は、久しぶりに騎士服に袖を通し、馬車に乗った。
「アル、城まで向かってくれ」
「かしこまりました。ロアス様に再びお仕えすることが出来て光栄です」
「あぁ。心配をかけたな」
「いえ・・・。では、出発いたします」
家の者たちにも気苦労をかけたな・・・。
騎士団の同僚たちも、俺が生きていると知ったらどんな反応をするだろうか・・・。
城に到着すると、門番が馬車の窓から顔を覗かせた。
「お疲れ様です。どちらへ・・・ってあなたは!!」
「ロアス・ランヒューレだ。通してもらえるか?」
「しょ、少々お待ちください!!」
彼は慌てて詰所へ戻り、上官に何やら説明していた。
「か、確認が取れました!どうぞお入りください!」
「あぁ」
城の敷地内にある騎士団総本部の前に馬車が止まると、周りにいる騎士団員たちがざわつき始めた。
もう伝わっているのか?
馬車を降りると、第一騎士団の団長がこちらに向かって走ってきた。
「ロアス!!本当にお前か!?」
「エンハルト団長」
「嘘だろ・・・」
「お久しぶりです」
「・・・元気そうだな」
「ご心配をおかけしました」
「ははっ・・・まったくだ」
団長の執務室へ連れて行かれると、俺の生存を知った第一騎士団の同僚たちが変わるがわる挨拶に来た。
「ロアス!生きてたのか!」
「くそっ!相変わらずかっけーなお前は!」
「少し痩せたか?」
「今日は祝いだ祝い!」
肩を組んで騒いでいた同僚たちが、セインが入って来た瞬間、しんと静まり返った。
「お、おい。俺たちは行くぞ」
「そうだな」
「お前たちも出ろ」
「まぁなんだ・・・二人で話し合え」
そう言って団長が最後に出て行くと、セインは気まずそうに俯いた。
くそ・・・あいつら・・・。
セインも無理やり連れて来られたのか、一向に口を開こうとしなかった。
はぁ・・・このまま黙っていても埒が明かない。
「久しぶりだな」
俺が声をかけるとセインがピクリと肩を震わせた。
「あ、あぁ・・・お前が無事で良かった・・・。これまでどうしてたんだ?」
「モンテタールにいた」
「モンテタールに??」
「気付いたら修道院の治療院にいたんだ。そこでしばらく療養していた」
「そうか・・・大変だったな・・・。ご両親には?会ったのか?」
「あぁ。今朝屋敷に戻った」
「そうか・・・。じゃあ俺たちのことは・・・」
「婚約したそうだな」
するとセインは眉間に皺を寄せて俯いた。
「すまない・・・。まさかお前が生きているとは思わなかったんだ」
「そうだろうな」
「・・・責めないのか?」
「責める気はない・・・。俺がお前の立場でもマイラを気遣っていただろう」
「そうか・・・」
「だが・・・ひとつ腑に落ちないことがある」
「え?」
「お前はあの日・・・リナ嬢を幸せにすると、神に誓ったな?」
「ロアス?」
気が付くと俺はセインの胸ぐらを掴んでいた。
「お前が独り身で、俺の代わりにマイラを幸せにするというのなら理解は出来た・・・。だがお前にはリナ嬢がいただろう。結婚したばかりの彼女を捨ててお前はマイラを選んだ・・・。お前は昔からずっとマイラが好きだったんじゃないのか?ならなぜ彼女と結婚した?なぜ初めからマイラを好きだと言わなかった?一番の被害者はリナ嬢だろう。お前は彼女に謝るべきだ」
「ロ、ロアス・・・なんでそこまでしてあいつを気にかけるんだ?リナと会ったのか?まさか・・・モンテタールで?」
「・・・お前には関係ない」
「あいつには悪かったと思ってる。だから賠償金を払って・・・」
「はっ・・・」
呆れた奴だ。
「俺にはそうすることしか出来なかったんだ。あのままマイラを放っておくことなんて出来なかった。なら俺はどうすれば良かったんだ?教えてくれよ・・・」
「いまさら何を言っても遅い。お前はマイラを選んだんだ。だったらこれからはマイラを大事にすればいい」
「お前は・・・」
「俺は俺の幸せを掴み取る。お前たちとは別のところでな」
「ロアス・・・」
「これ以上お前と話すことはない」
セインを残して執務室を出ると、タバコを咥えた団長が待っていた。
「話せたのか?」
「はい」
「騎士団を辞めるつもりか?」
「・・・すみません」
「そうか・・・」
「後日退職願を持って来ます」
「・・・ったく・・・惜しい人材を失ったな」




