8 別れ
翌朝、雨はすっかり上がっていて、私たちは朝食を済ませるとすぐに宿を出た。
「寒くないか?」
後ろで手綱を引くロアス様が耳元で囁いた。
「ロアス様こそ寒くありませんか?」
シャツ一枚だなんて私よりも寒そうだわ・・・。
するとロアス様が私の腰に腕を回した。
「大丈夫だ。こうすると温かい」
「なっ・・・」
私が絶句していると、ロアス様のくくくと笑う声がした。
私の反応を見て楽しんでらっしゃるわ・・・。
ゆっくりと馬を走らせると、一刻ほどで我が家が見えてきた。
「すごい屋敷・・・というか城だな。この辺りの土地もすべて侯爵家のものか?」
「はい。田舎ですので・・・」
ここから見える景色はすべて侯爵であるお祖父様が所有する土地だ。
小高い丘をぐんぐん登っていくと、大きな門が見えてきた。
「城壁がずいぶん高いな」
「ふふっ。ラビナスの屋敷とは作りが違いますよね」
「いや、これはもはや要塞・・・」
馬を降りて呼び鈴を鳴らすと、使用人や侍女たちが慌てて出てきた。
『お嬢様!よくぞご無事で!』
『お怪我はありませんか??』
『私は旦那様にお知らせして来ます!』
『心配かけてごめんなさい・・・。みんなは起きてるの?』
『はい。朝早くから皆さん起きてらっしゃいますよ』
『そう・・・』
馬を使用人に託して中央玄関から入ると、お祖父様、お祖母様、お父様、お母様、叔父様、叔母様、従姉妹たちが家族総出で出迎えてくれた。
『リナ!心配してたんだぞ??怪我はないか??』
『無事で本当に良かったわ!』
『顔を見せなさい』
『あなたが心配で一睡も出来なかったのよ!?』
『ドレスがぐちゃぐちゃじゃない!本当に大丈夫なの??』
ロアス様は私の家族の勢いに気圧されて少し距離をとっていた。
『ご心配をおかけしてすみませんでした・・・。でも私はこの通り大丈夫ですから』
『あら?この方はどなたなの?』
『あ、みなさんロアス様を紹介させてください。こちらはラビナス王国の侯爵家のご子息、ロアス・ランヒューレ様です。この方が魔物に襲われた私を助けてくださったんです』
『そうだったのか!』
『レイモンドが言っていた方ね!?』
『それはありがとうございます!』
『見るからに強そうだわ!』
すると、お父様がロアス様の元へと駆け寄った。
「君は確か、数ヶ月前に亡くなったはずでは??」
「お父様、その話は私から致します。まずはロアス様を応接室にご案内してもよろしいですか?」
「そ、そうだな。すぐにお茶を準備させよう」
私はロアス様を応接室にお通しすると、自分の部屋へ戻って急いでドレスを着替えた。
応接室へ戻ると、お父様とロアス様が二人で談笑しているところだった。
「お待たせしました。お二人で何を話されていたんですか?」
「ロアス君にこれまでのことを聞いていたんだ。長い間修道院にいたそうだね。リナが何も話してくれないから驚いたじゃないか」
「すみません・・・」
「リナ嬢は俺のために隠していたんでしょう」
「・・・それで、君はこれからどうするんだい?ラビナスに戻るのかい?」
するとロアス様は私を一瞥してから頷いた。
「はい・・・。そろそろ戻ろうかと思います。このまま死人として生きるわけにはいきませんから」
やはり帰ってしまうのね・・・。
確かに戸籍がないと仕事にも就けないし、結婚だって・・・。
「それなら私が馬車と宿を手配しよう。帰る日にちが決まったら言いなさい」
「ありがとうございます」
お父様が席を外すと、ロアス様は私の隣のソファに移動した。
「リナ嬢・・・君には感謝している。ここで安心して療養できたのは君がいたからだ。通訳まで雇ってもらって申し訳なかった」
「そんな・・・もっとお役に立てれば良かったのですが・・・」
「いや、異国の地で君の存在がどれだけありがたかったことか・・・。この恩は決して忘れない」
そう言ってロアス様は私の手を取った。
まるで最後の挨拶のようだわ・・・。
「私の方こそ、ありがとうございました」
ロアス様と再会したことでセインたちのことが少し吹っ切れたような気がした。
まだ二人のことを思うと心は痛むけれど、きっといつか笑い話に出来る日が来るだろう。
ロアス様があちらに戻ってからどのような選択をするのかわからないけれど、ロアス様にも一刻も早く平穏な日々が訪れることを心から願った。
「どうかお元気で・・・」
それから一週間後、ロアス様はラビナス王国へと出立した。




