10 私の護衛
『リナは今日も中庭にいるの?』
『はい。朝食の後、また鍛錬をするとおっしゃって・・・』
『あの件が深い傷になっているようね』
『はい・・・。ですがお嬢様は必死に立ち上がろうとなさっています』
『そうね・・・』
木刀を振り下ろす手がかじかんでいた。
ロアス様が去ってから二ヶ月、モンテタールはすっかり冬景色に変わっていた。
私はゴブリンの襲撃事件から未だにマナー講師の仕事を休んでいて、少しでも早く戻れるようにとこの恐怖に打ち勝つ方法を模索していた。
モーガンさんも修道院の皆さんも、無理をしないでほしいとおっしゃってくれているようだけれど、このまま講師を辞めることになるのは嫌だった。
私は騎士ではないけれど、ロアス様のように強くありたいと思ったから、見よう見まねで木刀を振り始めた。
不思議だけれどこうやって木刀を振っていると、だんだんと無心に近い状態になっていって、何が起こっても動じない自分になっていく気がする。
修道院にいた頃のロアス様もこうやって雑念を振り払っていたのかしら・・・。
あ・・・ついロアス様のことを・・・。
集中しなくては、集中、集中・・・。
「構えがなってないな」
「・・・え?」
声のした方を振り返ると、黒髪に黄金の瞳を持った麗しい男性が立っていた。
「ロアス様・・・」
「握り方も握る位置も違う」
ロアス様はそう言いながら木刀を握る私の手を握った。
「どうして・・・」
「ここをこうやって持つんだ。木刀は体の中心で構えて、体と垂直になるように」
「はい」
言われるがままに握り直して木刀を振ってみると、いつもよりもしっくりときた。
そんなことより・・・。
「どうしてモンテタールへ?」
「君こそどうしてこんなことをしてるんだ?」
「私は・・・少しでも強くなりたくて・・・。こんなことをしても魔物に勝てないのはわかっていますが、力ではなく、心を鍛えたいと思ったんです」
「そうか・・・。なら、力の強さは俺に任せてくれないか?」
「え・・・?」
「実は君のお祖父様に、君の護衛として雇われたんだ」
「護衛・・・って、ぇえ!?」
「これから修道院までの送り迎えには必ず俺が同行する」
「ロアス様がですか??でも騎士団の方は・・・」
「先月辞職した。それからほどなくして君のお祖父様から手紙が届いたんだ。君の護衛として俺を雇いたいと」
「お祖父様が・・・」
「俺もちょうどモンテタール語を習いながら出来る仕事はないかと思っていたところだった」
「なぜモンテタール語を?こちらに住まわれるんですか?」
「あぁ」
どうしてモンテタールに・・・。
確かにここは自然豊かで素敵なところだけれど・・・。
「本当にいいんですか?私の護衛だなんて・・・」
「あぁ。とりあえず三ヶ月の契約にしてもらった。その先のことはこれから考えようと思う」
ロアス様と一緒にいられるのは素敵なことだけど、侯爵家のご子息が護衛だなんて・・・。
「お嬢様、このままでは風邪を引いてしまいます。屋敷へ戻りましょう」
そう言ってロアス様が手を差し出した。
「も、もう!冗談はやめてください!」
「くくっ」
顔が熱いわ・・・。
この日から、ロアス様は私の護衛として我が家に滞在することになったのだった。
数日後ーーー
私は馬車に乗り、修道院へと向かっていた。
もちろん向かいの席には私の護衛となったロアス様が座っている。
あの日以来、私は馬車に乗ることが出来なかったけれど、今はロアス様がいるおかげか恐怖心はなく、むしろ修道院のみんなに会えるのが楽しみで仕方なかった。
修道院に着くと、子供たちや修道院の方たちが門の前に集まってくれていた。
『リナさん、よく来たね』
『ご無事でよかったです・・・』
『先生!待ってたよ!』
『先生、大丈夫?』
みんなの優しさが嬉しくて、思わず涙が溢れた。
『皆さん、ご心配をおかけしました。今日からまたお願いします』
『こちらこそ、よろしくお願いします』
モーガンさんと握手を交わすと、隣にいたレニーがロアス様を指差した。
『ロアスがいるじゃん!戻って来たのか?今度こそ剣を教えてくれよ?』
ロアス様はレニーが何を言っているのかわからないはずだけれど、ポンポンとレニーの頭を撫でた。
『おぉ、そうだ。ロアスさん宛に手紙を預かっていましてね』
ロアス様に手紙?
誰からかしら・・・。
それから私は孤児院へと向かい、ロアス様はモーガンさんに連れられて彼の執務室へと向かった。
講義を終えると、ロアス様が馬車にもたれて待っていた。
「お待たせしました」
「講義は上手くいったか?」
「はい。でも今日は久しぶりだったので、子供たちと話していたらあっという間に時間になっていました」
「そうか」
「そういえば、モーガンさんが言っていた手紙というのは・・・」
するとロアス様が胸ポケットから一枚の手紙を取り出した。
「これだ。モンテタールのスナーフェンを統括している兵士団からだった」
「兵士団から?」
「あぁ。俺をスカウトしたいそうだ。わざわざラビナス語で書かれていて驚いた」
「あ・・・あの時確かロアス様のことを聞かれて、ラビナスの方だと伝えたような気がします」
「そうだったのか・・・」
わざわざラビナス語で手紙を送るなんて、そこまでしてロアス様をスカウトしたいんだわ。
「どうされるんですか?」
「いい話だとは思うが・・・まだそんな段階じゃない。兵士団に入るにはモンテタールの国籍を取る必要があるしな・・・」
「そうですね・・・」
もしかしたらロアス様がモンテタールの兵士になる未来があるのかしら?
このままロアス様がこの国に、私の側にいてくれたらいいのに・・・。
そんな夢のようなことを思い描きながら、私は帰りの馬車に揺られていた。




