4 謝罪
『はい。じゃあそのまま歩いてみて』
『え〜そんなの無理だよ〜』
『グラグラする〜』
『あ!落としちゃった!』
子供たちは頭の上に本を載せながらきゃっきゃ騒いでいた。
私はあれからマナー講師を引き受けることにして、週に2回孤児院の教壇にたっている。
『もっと顎を引いて。真っ直ぐ遠くを見るように』
『難しいよ〜』
私が担当するのは5歳から10歳の子供たち8人。
この修道院では5歳から文字や簡単な計算などを教えるそうだ。
11歳になると修道僧を目指す子たちは修練の道に進み、それ以外の子たちは掃除や洗濯などをする下働きとなる。
そうして18歳になると、下働きの子たちは修道院を出て独り立ちをするか、このままここで雇ってもらうかを選択するという。
幼い頃から修練や下働きだなんて過酷なように聞こえるけれど、この修道院がなければ子供たちは路頭に迷ってしまうのだから、この国にはもっとこのような施設が必要だと私は感じていた。
『先生!見て!』
『出来たよ!』
『ほんとね!すごいわ!』
ここの子供たちは素直で優しい子たちばかりだから私は内心ほっとしていた。
反抗的だったり捻くれている子がいたらどうしようかと思っていたから。
『俺も出来たぞ!』
『こんなの簡単よ。もっと早く歩いたって、きゃあっ』
『あははっ。落としてやんの!』
この子たちを見ていると、この国の未来は明るいのではないかと希望が持てた。
授業が終わると、私はロアス様の様子を見に治療院へと向かった。
今日は少し肌寒いわね。
いつの間にか中庭の木々が色づき始めていた。
『ねぇ!僕にも剣を教えてくれよ!』
「・・・・・」
『聞こえないのか?教えてくれってば!』
あれは・・・。
病棟の裏庭で上半身裸のロアス様にレニーが話しかけていた。
『なんで無視するんだよ?』
『レニー!』
『あ、先生』
『何してるの?ロアス様が困ってるじゃない』
『ロアス?この人ロアスっていうんだ?』
『そうよ。彼はモンテタール語がわからないの』
『え?そうだったの?』
レニーは不思議そうにロアス様を見上げた。
『この人に剣を教えてもらいたかったんだ。強そうだし』
『だめよ。彼はまだ療養中なんだから』
『えっ?でも裸で木の棒振ってたよ?』
『うん・・・そうね。でもまだ完全に治ったわけではないから』
『そっかー。じゃあいいや』
レニーは残念そうに孤児院の方へと戻って行った。
「ロアス様、すみません。あの子が無理を言ったみたいで」
「彼は何と言っていたんだ?」
「あ・・・剣を教えて欲しかったそうです。でも断りましたから」
「そうだったのか」
「・・・・・」
私はロアス様を直視することが出来なかった。
だってロアス様って脱いでもすごいんです!
彫刻のような美しい体と端正なお顔が相まって私には眩しすぎたのだ。
顔を背けていると、それに気付いたロアス様がさらっとシャツを羽織った。
「すまない。少し剣を振りたくなったんだ」
「いえ、お元気になられたようで良かったです。あら?手紙が・・・」
私が足元に落ちていた手紙を拾おうとすると、ロアス様がさっと拾い上げた。
「今朝届いたんだ」
「あ・・・返信があったのですか?」
「あぁ」
ロアス様は10日ほど前にどなたかに手紙を出していた。
「これを読んだら居ても立ってもいられなかった」
「え・・・?」
「リナ嬢、俺に隠していることがあるだろう?」
「隠していること?」
ドクンと心臓が音を立てた。
「君がモンテタールにいることも、セインのことを話題に出さないことにも違和感があった・・・。それで、もしかすると俺に何かを隠しているんじゃないかと思ったんだ・・・」
「ロアス様・・・」
「この手紙は姉上からのものだ。姉上は結婚をして家を出てはいるが王都に住んでいる。王都で起こっていることならすべてご存知だ」
では・・・その手紙に二人のことが・・・。
「だが、これに書かれていることを俺はどうしても信じることが出来ない。何かの間違いじゃないかと・・・」
手紙を握りしめる彼の手は小刻みに震えていた。
あぁ・・・こうなってしまうことを恐れていたのに・・・。
「ロアス様・・・申し訳ございません・・・」
「どうして君が謝るんだ?」
「セインが彼女の元へ通うのを止められませんでした・・・。少しでも彼女の悲しみが癒えるのであればと思ってしまったんです。ですがそれは間違いでした」
あの時もっとセインを諌めていたら今とは違う結果になっていたのだろうか。
私はそれを何度も考えては何も出来なかった自分を責めた。
「私が彼を繋ぎ止めることが出来なかったせいで、こんなことに・・・」
「いや・・・君は何も悪くない。時には自分ではどうすることも出来ないことがある・・・。俺の方こそすまなかった。俺のせいで、君の運命を変えてしまったんだな」
「・・・・」
まさかロアス様に謝られるとは思いもしなかった。
彼は何も悪くないのに、彼も傷ついているはずなのに。
ロアス様の優しさが嬉しくもあり、痛かった。
「うぅ・・・」
これまでせき止めていたいたものが決壊したかのように涙が溢れた。
本当はセインにこうやって謝って欲しかった。
本当に大事なのはお前なんだと言って欲しかった。
マイラさんよりも私を選んで欲しかったのに・・・。
「すまない。長い間寝ている場合ではなかったな・・・」
「うぅ・・・謝らないでください・・・。ロアス様は何も悪くないです・・・。あの人たちが・・・悪いのですから・・・」
「そうだな・・・。あいつらが本当に・・・申し訳ないことをした」
俯いたロアス様は唇を強く噛み締めていた。




