【Sea State.7】空が宇宙(ソラ)になる時
ホワイトハウス、ジェイムズ・S・ブレイディ記者会見室
ホワイトハウスの西側、一階にある記者会見の会場は、マスコミ関係者でいっぱいに埋まっていた。カメラのフラッシュライトの瞬きに晒されるなか、報道官のライアファン女史は話し始めた
『今回発生した致死後激発性症候群(After Death Outburst Syndrome)については、現在州兵等の協力により治安が回復しつつあり、現在戒厳令下にある州のうち、グァムを除くすべてで24時間以内にこれが解かれる見込みにあり、グァムについても72時間のスケジュールで解除を進めてまいります』
言葉を区切ると一斉に手があがり、指名された古株の記者が質問する
『FOXニュースのギャラントです。初期にはサイパン症候群と表された疾患について、名称の変更となった理由はどうしてでしょうか?日本からのBC攻撃説によりデフコンは2まで上昇したと聞いています。これも解除されるという認識でよろしいか』
『名称は変更となったわけでなく、より正しい名称に防疫部隊での調査で変更となったに過ぎません。ただ、最初に発見された罹患者が日本のサイパン島と個人貿易を行う人物とその周辺であった為、勇み足であったとする批判は甘んじて受けねばならないでしょう。デフコン2に於いては速やかに解除される予定です』
ギャラントは報道官の回答に、だいぶ練ってあるなとの感覚を覚えた。正直なところを言えば、この共和党政権の報道はこれまで、支持派閥であるFOXニュースである我々がオブラートに包んでも及第点に及ばない事が多く、雑だった。別の記者が手を挙げる
『CNNのクリスです。政府としては感染拡大を阻止できなかった責任をどうお考えているのか。発生源についてどこまで突き止めているのか見解をいただきたい』
『感染拡大につきましては名称をご確認いただきたいのですが、激発が発生するのが死後である事をご考慮いただきたい。この症候群は感染した場合に人体に不具合をもたらす事がなく、罹患した意識もなく接触感染で感染者を増やしていく代物で、罹患者本人の死亡をもって激発し、さらに周囲に感染を拡大させようとするものです。政府は当然ながら個人の死をコントロール出来るものではなく、この死後激発者の鎮圧を以て拡大阻止の責任を果たしているものと考えております』
ここまでの説明でライアファンは机に用意されていたミネラルウォーターを口にし、一息入れる。そして原稿を確認して正面に向き直る。その様子にギャラントはおや?と思った。こんなものは調査中と濁して終わりだろうなと思っていたからだ
『まだ調査の途上にありますが、グァムにある空軍の医療機関がマリアナ海溝から入手した古生物を改造して除倦剤を試作した事から、最初の感染が発生したと考えられます』
ざわめきとカメラのシャッターの瞬きが大きくなる。この回答には記者達の方が絶句した。CNNというより民主党側の記者陣は青ざめてすら居た。合衆国は、階級と父権的な親和性から海軍・海兵隊は共和党の支持が強く、陸軍は州のカラーに従いがちに対して、新進気鋭な風潮の空軍は民主党の支持が強いというのが一般の見方であるから、冷水をいきなり浴びせかけられたようなものだ。困惑が大きくなるなか1人の男が手を挙げる
『日本の京都新聞、目白です。我々は未だ不確定情報になりますが、貴国の軍隊と我が国の軍隊で既に衝突が発生し、戦死者も既に複数発生している事を仄聞しております。デフコンの解除から事態の沈静化に進んでいる事は推測できますが、米国としてどの様なスタンスであるのかお聞きしたい』
『残念な事に衝突が発生した事は事実であり、現在貴国の外務省と我が国務省が協議中です。貴国が我が領土内に軍事力をもって侵入した経緯もあり、その時点での衝突そのものは避けられぬものであったと両国で既に共通認識は行われております。その上で我々はパネー号事件と同様の措置を行う用意があります。また、既にADOSに関する国際的な合同調査の覚書も交わされる予定であり、共同歩調を取りつつあるスタンスにあります』
報道官の回答に、その日本の記者、といってもワシントン支局長であるが、目白氏は安心したように腰をおろした。そういえば、娘さんが海軍に居た話を聞いた覚えがある
『英国、チャンネル4のロドリゴです。事態の鎮静化については理解いたしましたが、既存の感染拡大の範囲についてはどこまで懸念されているのか。また、アウトブレイクを結果的に引き起こした空軍の責任はどう問われるおつもりか』
『具体的な図示は資料の最後になりますが、グァムを訪れる観光客はその9割が米国民、1割にみたない数の日本人、ならびにオーストラリア人、フィリピン人の順になるため、追跡は容易と考えられますので、拡大は調査の上でほぼ阻止出来るというのが我々の見解です。空軍につきましては、組織としては現状のまま宇宙軍に統合、航空宇宙軍とし、現職の長官職をはじめ顕職全員を罷免します』
衝撃が全世界に走った瞬間であった。元々空軍の下にあった宇宙軍を上に。米海軍で言えば海兵隊に海軍の全権を与えるような懲罰措置となれば、これは文句のつけようも無い。走り書きを手にした部下の記者たちが部屋の背後にあるオフィスに駆け込んでいく、そこから世界へと拡散されていくのだ
『大変な事になりましたね』
質問が途切れた事を契機に、ライアファン報道官は会見を終了させる。場が騒然とする中、流暢な英国英語で目白氏が話しかけてきた。訪れるであろう政治の季節、クリス女史の方は今後の選挙キャンペーンを考えているのか、口に拳をあててなにやら考え込んでいる
『お互い様に、ですな』
『戦争になるよりはだいぶマシではありますが』
これから互いの国民に伝わる情報でも、事態はエスカレーションし、センセーショナルな事になりかねない。自分達の売り上げを確保しつつ、過熱しすぎないように報せる道を探るしか無かろう。それを合法的にいくらかコントロール出来るのがマスコミと言えるだろう。腕の見せ所と言えばそうだ。ギャラントは目白にふてぶてしく笑ってみせた
『心配なされるな、公正公平(Fair and Balanced)は相手があってこそ、ですからな。偶然にも我々はそれを社是としておるのです』
同刻、サイパン沖
『全身が痛てぇ』
『何度目だよ、俺も痛えよ』
小さな黄色いゴムボートに人が2人も座るとぎゅうぎゅうも良い所である。低高度ベイルアウトを行った不破と中山のペアはパラシュートを開いたものの減速が足らず海面に叩きつけられた。一応確認して折れてないのは確認できるので一安心ではあるのだが
『つーか臭え!どうにかならなかったのかよこれ』
『どうにもなんねぇよ、こうなるとは思ってなかったんだよ』
不破は中山がボートを展開している間に、サメ避けにと着水位置を鮮明にするため染料の入った忌避剤を周囲に撒いたのだが、これの匂いがそれはそれは強烈なものだったのだ。油分を多分に含んだ(被膜の反射でも発券率を上げるため)それはベタつき、波はそれほど無いにしてもいくらか入ってくるのは避けられない
『風呂だ、風呂を所望するぞ畜生』
『それには同感だ』
空からは捜索しているのだろうか、ヘリの音だけはずっと鳴り響いているから絶望感は無いが、待っているだけでも気は滅入る。滅入るといえば
『しかし、直で戻らなくて済んで良かったこともあるな』
『あん?どういうこった?』
怪訝そうな顔を不破が向ける
『全員無事とはいくまいよ、辛気臭いところは願い下げだね』
『ちげえねえ』
中山達も列機を失っている。その後の空戦でも全機無事はありえないだろうし、落とされたやつが全機ベイルアウト出来たなんて与太話にもならない。職業軍人で戦闘機乗りを選んだ以上死ぬのはありふれた事ではあるが、広くなった搭乗員待機室で憮然と待機するのもしんどいとしか言いようがなかった
キィィ・・・ン
『おい』
『聴こえてるよ』
そんなとりとめの無い与太話をしていると、ヘリの音に混じって聴き慣れない、いや、ついさっきまで間近で聴いていたエンジン音が遠くから聞こえてくる。声の調子が砕けたものから硬質に戻る
『第二波か?』
『いや、それにしちゃ数がないし、あの艦長は流石にSAR(サーチ&レスキュー)をそんな最中にゃさせんだろう。お、あれか?あ!』
めざとく機影を認めたところで、小爆発。キャノピーが飛んでベイルアウトだ。主人を失った機体は遠くへ過ぎ去っていく。俺たちと違って高度はとれてるから、パラシュートも無事に開いてこっちに向かってくる。しかし、高度が低くなってもパラシュートを切り離せなくて人影がもがく
『まずいぞ』
そのままパラシュートごと落ちると、巻き込まれて溺れることになるため、降りる前に切り離さないといけないのだ。中山が不安定なボートの上で立ち上がる。匂いがもっときつい
『おい、行くのか?』
『仕方ねぇだろ』
逡巡することなく、中山は海の中に飛び込む。油膜であるから、最初はそのまま潜って範囲を抜ける方がいいだろう。
『ったく、そういう所が王子様呼ばわりの元だってのがわからんのかねぇ。右だ、右の方にいけ!』
と、ボートに残った不破が指示を始める。どうしても視界が低くなるのでこの役がいると本当に助かるのだ。まあ、助けるのはシーマンシップの発露か、と諦めるしかない。見栄に生きてるんだ、俺たちは
少々時をさかのぼり、ジャジル機
『もう燃料がない、か』
攻撃は失敗しようとも基地には戻らなければならない。しかし、ジャジルは空中給油に失敗し、給油ムーブも折れてしまったが為、アラスカ・キングサーモンへは帰還不能になってしまったのだ。AWACSについて、北方に退いていたのもあって、グァムにも届かないとなり、北の海で泳ぐか南の海で泳ぐか選択肢にもならない選択をし、今ここに辿り着いていた
『あーもう、くっそ、疲れた』
長距離飛行に高機動な空対空戦闘をこなして、それで給油失敗から燃料で汚れたキャノピーで航法をしながら南下してグァムまで、疲労のピークに達していた。燃料はカツカツ、もうしばらくも飛べないとなると、そろそろ決断しないといけない。スピンしてはいけないので、ここでもうエンジンをカットする。燃料を等量使ってるとは限らないので飛べるだけ飛んで、グァムまで行こうとすると脱出できなくなるかもしれないからだ。このまま滑空でいけるとこまでいく?北方よりかはマシだけど、よくしらない気候のところで?ナンセンスだわ
『あとは運を天に任すしかないか』
グァム近傍とはいえ、救助活動してるのは日本側だろうから、どっちに拾われるかも運を天に任せるしかない、こちとら日本語専攻してないからネットミームくらいの事しか喋れないわよ?最後の力を振り絞り、ベイルアウトの索を強く引っ張る
バシュウッ
キャノピーが吹き飛び、座席が空中へと押し出される。愛機が過ぎ去っていくのを見つつ、強風にあおられる。降下速度をおさえなければならないから、さっそくパラシュートの紐を引き、展開。こちらも正常に開いた。もうやることはない。そのゆるみが視界を暗転させた。あ・・・これまずいかも、まだ、パラシュート切り離さなくch・・・
うっすらとある着水の感覚、覆いかぶさるパラシュートの布、浮力を失って沈まんとする所で聞こえてきた、聞き馴染みのない言語
次の瞬間、目の前には美形がいた
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