【Sea State.6】Shadow of Fluffy
ウェーク島沖上空、米空軍 第962空挺管制飛行隊 E-3G ポラリス
『困ったことになったな』
電子戦をつかさどるAWACSの中で、旅客機由来の空調が効いているにも関わらず、ミッションコマンダー士官であるスカイウォーカー中佐は汗をかいていた。敵の艦載機との空中戦は続いているが旗色は悪い、やはり誘導能力を問わなくても先に撃たれるという状況は空戦上不利をもたらしすぎる。奮闘はしているが、このまま戦闘を続ければ136と313の戦闘飛行隊は壊滅する。いや、既にしていると言って良い、ドッグファイトに至っているから撃墜効率が落ちているに過ぎない。だというのに
<<ポラリスよりウェザリルリーダー、目標失探発射待て>>
<<ポラリス、どういう事だ。いくらも待てんぞ>>
316の言葉もよくわかる、空母のような大型艦をここで失探したというのは不可解なことだ。おそらくクラッターに紛れたのだろうが、そんな事が出来るような大型艦ではない。そして、戦闘機隊が抑えられなくなった後の爆撃機なんてものは、敵戦闘機の対空ミサイルの的のような物だ。避退するしか手がなくなる。そして時間が過ぎるほど相手の推定位置はわからなくなる。艦艇は地上基地と違い相当の速度で動いているから、撃っても当たらないのでは意味がない。TASM-2は撃ちっぱなし可能なミサイルではあるが、ターゲッティングを行うのは低空侵入してからだから視界の関係上頭が悪くならざるを得ない。アテをつけれない状態で闇雲に撃っても当たる物ではないのだ
『接近しますか?』
クルーが聞いてきた。手ではある、探知精度を上げるには接近するのは道理ではある。しかし、護衛戦闘機隊が排除されつつある段階で、長距離AAMを保持しているであろう敵方に数も少なく高価なAWACSを接近させるのは・・・
『却下だ。そのリスクは犯せない』
どうにかしなければ、とオペレーターの背後からモニターをのぞきこむ。くそ、こんな名前なんだから、こんな時にこそ力でも使えりゃいいのに・・・うん?2機が離れて降下中、トラックナンバーが若い、最初に接触した5機の残存だ、そうか!
戦飛902 A14K4、中山機
『くっそ、最後の最後にババ引いちまったか』
他機からの攻撃を避ける為にも接近し過ぎた結果、投棄した敵のミサイルがよりによって尾翼に接触、爆発しなかったのは運が良かったが、同時に回避行動をとった関係上、尾翼のラダーがごっそりイってしまった。幸い、後続機が到着して敵機がアプローチしてこなかったから撃墜を間逃れただけに過ぎない。908の生き残りの1機はCAP任務に加えて戦闘機動を続けたから燃料がカツカツなはずなので2機ともども離脱を許可されていた
『しかし、どこに向かわされてんだ俺らは。下にはなんも見えんぞ』
『俺が知るかよ』
指示されたのはサイパンではなく、特定の海域だったので<<薩摩>>になんだろうけれども、その姿は見えない。砕風改は偵察ポッドを搭載しない限りは対地・対艦の索敵能力は直視に頼るしかない。繰り返しになるが、908はそう長くは飛んでられないぞ
<<フォーカスより908、902、艦長から直接話したいという事だから回すぞ>>
<<902よりフォーカス、艦長?直接話すってどういう事だよ>>
悪い予感がする。いや、艦長直々に通信に出たいなんざ面倒ごと寄越してくる以外ありゃしないわな
<<繋がったかな?艦長の美和だ。まず生き残ってくれた事に感謝をしたい>>
<<艦長、前置き抜きにしましょうや。何をすりゃいいんです?>>
話が長くなりそうなので、無礼を承知で話を促す。そう話した向こう側は案外すんなり話を切り出し始めた。妹さんが戦闘機乗りってな話だったから、本当に案外話せるのかもしれない
<<指示された地点に我々はいない。だが、貴機らはそのまま着艦して欲しい。本艦は現在、欺瞞装置を起動している>>
あのやすり板の事か、と中山は唸る。いま母艦は敵の目から雲隠れしている。場所を知らせたくないなら飛行場のあるテニアンに向かわせればいいだけの事をわざわざさせるという事は、そうか、そういう事かい!
<<ペテンにかけようっつーんすね、それは。こりゃあ良い、あんたペテン師も出来んのかよ>>
<<おい中山!>>
流石に艦長をペテン師呼ばわりには、そばに居たであろう飛行長の絹見が声を荒げる。だが、それを言うだけの権利はある
<<絹見中佐、彼女が言っていることの方が正しい。低高度ベイルアウトは戦闘機乗りとしてのキャリアだけでなく、命さえ失いかねない行為だ。それに、私が求めているのは着艦体勢でのそれ、水平飛行状態ですらないオーダーだ>>
<<なっ、なんですと!?反対です!傾斜してのベイルアウトはただでさえ低高度のベイルアウトを危険にする行為です!>>
だよなぁ、ペテンにかけるにゃあそれだけの演技と覚悟を見せつけてこそだよなぁ。絹見サンはそこまでとは思ってなかったみたいだが
『楽しそうにしやがって、中山。俺にも乗せろよ』
『そんなんだからギャン中コンビなんて言われるんだぜ、尽』
先に降りろと言っても聞きゃーしないんだろうなって思ったらこれだよ。しょうのないやっちゃ
『バーカ、俺がそんな殊勝な奴かよ中山、複座機で片方居ないとかなってみろ、居ないやつの手当が減らされるかも知れねぇだろうが。金に困ってんのはお前だけじゃねぇぞ、こんな軍神チャンスを逃すかってんだ』
『ハッ、しょーもなさ過ぎて殺されても死にそうにないなお前は』
まったく、良い相棒だよお前は。もっと切羽詰まってるであろう908の方も了承したらしい。命賭けるのなんざ、職業軍人を選んだ時点でとっくのうちに覚悟決まってんだ。それをどこでどう張るか、場所を選べるなんざ贅沢ってもんだ
<<またせたな、2機とも。やれるか?>>
飛行長を黙らせたのか、艦長の声が聴こえてくる。やらないでも腹案あるんだろうなぁこの人
<<902、宜候>>
<<908、宜候>>
<<・・・感謝する。以上>>
そう言って艦長からの通信が切れる。さて、ここからが問題だ。まず、当然の流れとしてイジェクションシートの確認。908の方はほぼ燃料を使い果たしているから問題は無いが、燃料投棄の必要がこちらはある
『漁協の相手は誰がしてくれるんだろうな』
『さあな、誰か上手な奴がするさ』
先行して何もない海域に908がアプローチにはいる。陸軍と違い、母艦のフックにひっかけてタッチダウンを行う着艦は、コントロールドクラッシュと言われるような激しい物だ。908と短くやり取りを行い、通常と違うアプローチを確認する。
この着艦時は失敗時のタッチ&ゴーの為にエンジン出力を絞らない。つまりそのままベイルアウトするとフックが無いので機体が上昇してから堕ちるという事になる。それでは偽装にならないから、アプローチに入る際にエンジンをカットして機首を上げる瞬間にベイルアウトする工程が必要になる。機首をあげれば空気抵抗上、揚力が発生するから、その力も合わせてイジェクションシートを可能な限り高く飛ばそうとするわけだ
『気をしっかり持てよ』
『誰に物言ってんだよ』
先行する908がイジェクトした。続いてこちらもアプローチにかかる。リスクのうちには、座席の射出の衝撃で気絶してしまわないかも関わってくる。イジェクトして、最高度の所でパラを開かないと高度が足りずに、海面へ減速しきれずに叩きつけられてしまう
『エンジンカット!機首あげるぞ!カウント、3、2、1!』
バシュウウウウ!!!
キャノピーを吹き飛ばしてすぐ、後席の尽が先にイジェクトレバーを引き、射出される。それを確認してから前席の俺だ、意を決してレバーを引く。物凄い衝撃と共に身体は愛機から座席ごと外に弾き飛ばされる。内南洋の空はどこまでも青かった
同刻、サイパン島沖 <<薩摩>>CIC
ベイルアウト信号と共に中山機のプロットが消える。それを美和は無言で眺めていた。仕掛けはかけた、あとは米空軍側が乗ってくるか。攻撃のオプションとして大陸間爆撃機である爆撃隊は再度アプローチをかけるという手段が取れる。その際には今回上げられなかった機体と、現在空戦を行っている機体をやりくりして再度上げる形になるが、艦載機を再び発着艦させる関係上、相手が全滅覚悟なら我々の秘匿性は失われるので攻撃を受ける可能性は高い
『目標数増大!40、80!まだ増えます!』
電測士の叫びと同時に、モニターへ表示されるプロットが一気に増大する。この数は艦載のSSMで言えば8本搭載として15隻、丸々一個艦隊分と考えるととてつもない大盤振る舞いだな
『艦長。どの艦もおおよそ再捕捉されるような目標針路上にない事、確認できたよ』
『そうか』
鳴田に報告されて、ようやく美和は相好を崩した。艦載機の発艦と水電妨を起動させての時間は30knを出していたとは言え、そんなに長く時間を取れたわけではない。そこまで安全距離が取れたわけでもなかったから、偶然の一致で再捕捉圏内に捕らわれる艦が出る可能性もあったのだ
『これが私なりの解だ。が、まだまだだな』
嘆息して呟く。もう少し運用に向けて戦策を練るべきだろう。たとえ今回の実績として、120万ドルのミサイル120発を空振りさせた事だけが肥大化して残っては困る。これだって、砕風を2機ペイしての数字だから差し引いて考えなければならないだろう
『敵編隊、撤退していきます』
つがえた矢を放ってしまった後の爆撃機に出来ることはほぼ無い。戦闘機隊の損耗率を考えるなら切り上げるのは今だろうな。ふわふわとした曖昧模糊な戦場の霧は打ち払われるべきだ
『敵ミサイル擦過確認、自爆次第EMCON解除。こちらの居場所を晒してやれ』
『EMCON解除了解、41駆にもその旨伝えます』
鳴田砲雷長が自席からコンソールに向かったまま、手をひらひら振って応える
『飛行長』
『損害の集計を実施中です。帰還の順については追って報せます。グァムから回収する邦人の受け入れ次第、ベイルアウト信号のあった付近に昇飛を向かわせ、溺者救出を行います』
絹見はこちらが言うまでもなく、すべきことを進めていた。余計な事ではあろうが、一言加える
『よろしく頼む。勿論、両軍共に、だぞ』
『当然です』
絹見は怒るように胸を拳で叩き、現場指示に参りますとCICを後にした。海域には米軍のパイロットもベイルアウトしている筈であるから、その回収も同様に行う事を念押ししたかっただけなのだが、まぁ余計だったか。それでこそシーマンシップであるので、絹見飛行長には悪いことをしたな
『子供に言い聞かせるように言ってしまうのは昔からの悪い癖だよ、艦長。従兵にコーヒーを淹れさせるように伝えたから、一息入れたら?』
『すまない、助かるよ』
砲雷長に謝意を示し、運ばれてきたカップを受け取り、口にする。まだこれで終わりではない。進んでいくしかないのだ
『ペテン師というのも、案外つらいものだな』
『気にしてたんかい』
苦笑と共に、そんな冗談をひねり出す。砲雷長の軽やかなツッコミも心地よい
この日、<<薩摩>>はさらに7機の砕風を喪失していた
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