【Sea State.8】九段の価値は
サイパン沖、帝國海軍空母<<薩摩>>士官烹炊室
最初の就役が1940年代後半である<<薩摩>>など、基本設計が古い3万tを超えるような帝國海軍の艦艇には伝統的に士官と兵の烹炊室が隣接する形ではあるが別途設置してある
欧州大戦後、現代に至るまで何度かの給与改定を経ても、大日本帝國海軍に於いては士官は食料(糧秣費の加棒の事)と共に食事代は自腹である為、分けねばならないという理由を名目上の理由としつつ、旗艦任務での司令部要員用の食事や諸外国との親善交流や会議のためにも必要とされ、一般社会の生活レベルの向上から何度か大型艦でも同一の兵食でよくないか?と、廃止の建議もあったが、なんとか命脈を保っていた
悪い話ばかりではない。市井に対しては名目は専門の栄養管理師としての雇用としてではあるが、それぞれの大型艦にコック長(一年契約、継続は3年まで)を雇い入れて高給を取らせる事から、一種の登竜門として箔がつく為に著名な割烹やレストランの若手料理人や腕の立つ流しの料理人が料理対決を経て雇用されるので、日本の全体の料理レベルが高まっていったのは事実であり、拡大の活力だった
『西野主計長、いるかい?』
『艦長!?どうしてこちらに?』
西野主計長が驚きの声をあげる。既に戦闘配置は解除がなされているが、グァムからの避難民や医療組織の受け入れで多忙な所だろうから、そんな美和が烹炊所にCICから降りてくるなんて思ってなかったのだ
烹炊所自体は戦闘配置は解除されてもその体制に従事した乗員や、新たに乗り込んでくる邦人や来訪者たちの為の料理を作成しており、元の通りになるには一拍遅れる部署なので熱気を持ってごった返していた。だからこそ、事務仕事でも忙しい主計長も烹炊室に立っていたのだが・・・
『なに、少しだけ厨房を使わせてもらいたいのだ。材料はっと、よしあるな』
『そんなそんな、言いつけていただければ作りますので!』
棚に置いてあったパンを一斤、美和が取り出すのを西野が慌てて止める。艦長自らの調理だなんてそんな
『いや、君たちの仕事の流れとは違う代物だからな。こればかりは私の裁量でやらせてくれ。ほら、諸君らは仕事を続けてくれ。それなりに自信はあるが、見せるほどのものじゃないからな』
『で、ですが・・・』
すまんね、と西野主計長に頭を下げつつ他に必要なもの・・・バナナとベーコンを手際よく揃える。小さめのボールにきなことはちみー、こと蜂蜜。ピーナツバターの代わりにこれを混ぜてスプレッドにする。西野主計長があわあわしながら見ているが、手際の良さから多少の落ち着きを取り戻した
『艦長?』
『まあ見ていてくれ。これをスライスしたパンの両側に塗り、バナナとベーコンをカリカリに焼いてサンドしたものを、さらにその油で揚げ焼きする』
揚げ焼きの時点で再度西野主計長が別の意味で青ざめる。なんなのこのカロリー爆弾は。栄養管理士がいたら絶対作らせないであろうメニュー
『艦隊参謀の前は駐米武官付きでね、その時にバナナが好きならと教えてもらったものだ。アメリカを悪食の国みたいに言う輩も居なくはないが、そうでもないぞ。ま、私なりにアレンジはしてるがな。完成だ』
『そ、そうなんですね』
美和が出来上がったものを半分に切り分けて皿に盛り付ける。何の害意もなく言っている感じ、本当に好きなんだというより大使館付きは食事も外交だとの事で、胃袋を試されたんだろうけれども健啖に食べ切ったんだろうな、と西野は美和の豊かな胸元を見ながらそう思う。彼女がちゃんとエルヴィスサンドの事を知るのは航海後の事だった
『ですが、なぜ急にこんな事を?』
『なに、サシで話した方が良い来客が居てね。邪魔したよ』
話したい来客?医療スタッフの方々ではないのだろうから、一体誰なんだろう?と主計長は首を傾げるしかなかった
その頃、<<薩摩>>飛行甲板
『ったく、俺たちがドンケツかよ』
ひりつく頬を撫でながら、到着した海鳥の中で中山が呟く。搭乗員達もヘリのエンジンカットにかかっており、自分たちが最後の便だった事には嫌でも気付く。洋上でかなり待たされたので、今現在では身体の痛みより疲労感が上回る
『着いたぜ、ヤンキーの嬢ちゃんよ』
不破に促されてジャジルが頷く。中山の頬を張ったのは彼女だ。介抱されて目を覚ました途端、目の前のイケメンに驚いて平手打ちをくれたせいか、その後は大人しく従ってくれていた
エンジン音が低くなるのに合わせて、機外のスタッフが近づいてきてドアをスライドさせると、その背後にはFA-MASで武装した整備兵達(グァムに行ってた陸戦隊の連中だ)が、並ぶ。背が高いのを選んだのか、ガタイがいいのが揃ってる
『おいおいおい、なんだなんだ』
『わるぃなぁギャン中コンビ、脅かすつもりはねぇんだけどよ』
威圧感に中腰になった不破に、整備兵たちの列を割って運用長の森小路が出てくる。だが、口調は言葉ほどに軽くはない
『申し訳ないが、目隠しをしてもらうぜ』
『待ってください。戦時捕虜って訳じゃないんでしょう?拘束はまぁ仕方がないとしても目隠しまでされる言われは無いのでは』
中山の言に森小路が肩をすくめる。中山たちがそう言う事を見越したかのような動きだった
『今、この艦の甲板にはアレがあるのを忘れてねーだろうな、ギャン中コンビ。機密保持も俺の権能の内だからな』
アレ、ああジャマーの事か。いや、それがあってもだ。大体、今の時代改装なんざしたって翌月の舶来雑誌やネットに外見は露見するもんだ。そうだ、それだけじゃねぇ
『んな事言って、俺ら以外にもパイロットは拾って来てるんでしょ?同じ事したんすか?』
『いや、もう良い。従いましょう』
ジャジルが庇い立てる二人の前に出る。逆に特別扱いなどされたくない、という風だ
『助かるよ。安心しな。他のパイロットと一緒にグァムからの避難民と一緒に居てもらうだけだ。艦内に入りさえすれば拘束も解く。武装はもう解いてるんだろう?』
森小路からの視線に、当然と頷く。サバイバルキットに拳銃の一丁はあったが、素直に解除には応じてくれたんだ
『そこまでだ、運用長』
『艦長!?』
森小路らの背後から制止の言葉がかけられる。そこには、サンドウィッチのような物にラップをかけた皿を持った美和艦長が佇んでいた
『回収したのは女性搭乗員と聞いたので、私が別途直接労いたいと思ってな。それから、回収したパイロット達を避難民と同じ前部格納庫に隔離したという事だが、勇み足だぞ。戦闘を行ったもの同士の隔離という意味で配慮はわかるが、彼らはそんな怨讐の域にはいないと私は信じている』
『了解です。しかし、艦長もいらっしゃる事ですし、護衛はさせてもらいますよ』
渋々ながらといった体で、森小路が部下たちに促すと、ジャジルを囲むように並んで歩く。ガタイが良いから周りが見えないように出来るわけだ。なんだか戦国時代の使者に対してこんな事してるの見た気がするぞ、いつの時代の話だよ
とは言え、甲板から艦橋までそう距離があるわけでもない。運用長の言った通り扉までで中にまで着いてこようとはしなかった
『着いてなり、いかつい歓迎ですまなかったな。悪く思わないでやってくれ』
先頭をあるく艦長はそう言いながら艦長公室へと招き入れてくれた。艦長公室は初めて入るが小綺麗に整えられており、単段のベッドにソファと椅子。艦長含め4人も入ると手狭と言える
『いえ、何処でもあんな対応をして当然かと・・・』
『艦長の美和だ。3人とも座ってくれ。主計の作でなく私の手作りで悪いが、腹も空いているだろう。適当につまんでくれ。従兵にコーヒーも入れさせよう』
扉の外にいる従兵にテキパキと指示を出し、こちらがどぎまぎしながらも座ったのを確認して自分は椅子に座る。実際、腹も減ってるのは確かだ。手に取るとなんだこれは、きな粉とベーコンの匂いにバナナだと!?ジャジルの手が震えている。あれは恐怖か緊張か、それを見て率先して中山がサンドを口にする。はちみつきな粉のジャリっとした甘さにベーコンのしょっぱさとバナナのねっとり感で・・・どうしよう、食えるぞこのカロリー爆弾。後のことは後の自分に任せるか、とコーヒーで流し込む
『しかし、日本にも空母に女性艦長がいらっしゃるとは』
『米国ほどではありませんが、我々にも自由というものはありますのでね』
と、美和が柔和に笑うが威圧感がある。というか、佐官に臆し過ぎだろうか
『さて。食べて終わり、というのも労いにならんだろうし、ただ原隊に復帰というのも腑に落ちない所もあろうからな。私の権限で話せることは話そう。それから、既に前部格納庫で避難民と接触してしまった彼等を解放するわけにもいかんので、その代わりというわけではないが、君には艦内での自由を許したいと思っている』
『それは・・・ありがたいですが、状況はどうなっているのです?』
ジャジル自身は戦闘で攻撃が失敗に終わった事までは把握しているが、その後のことはからっきしであるので、思い切って聞いてみたようだ。こっちは目の前の人のペテンで空母が無事に済んでるのは確認済みである
『うん。一日明けて、ウェーク島沖で米海軍の双子のジョンの、おっと<<ステニス>>ではなく、<<ジョン・G・タワー>>と合流の上で、ハワイからの民間人を含む公的な医療チーム受け入れを行う事になっている。外交上の事件は何か突発的な事が起こらない限りは終了していると見ていい。故に君は戦時捕虜ではないのだジャジル中尉』
『もうそこまで話は進んでいるのですね』
それなら何故、我々はあんな急いた攻撃を行わなければならなかったのか。ジャジルは俯く。事態の主導権が完全に奪われている。誰がこんな権力闘争にしてしまったのか
『まだどうなってるかしりゃあしませんが、死んだ奴はどうなるんです。公務死なわけありませんよね』
不破が特に躊躇うわけでもなく、食べかけのサンドウィッチを置いて言い放った。腹を据えかねてるのはこちらもだった。美和は頷く
『戦死広報は出す。帰還次第、九段会館で首相の参加する合同葬儀だとてやる。艦隊司令の意向であったが、事後承諾で外務省にも筋を通している。それに、遺族には今回の件では先の例に従い、賠償も成立している』
『賠償?』
先程決まったばかりだが、という前置きを美和が置いた上で話始める
『本艦は完全喪失という形では総計で12機の戦闘機を失った。この12機分の機材と同等の入手コスト、これは米海軍の保有するF-14と同じだけ、これが1機あたり3000万ドルだから3億6000万ドルになるな。パネー号事件での賠償のやり方と同じで、これを基金として遺族にも賠償金が支払われる。我が国の恩給より余程利は良いかもしれないな』
『おーおー、羨ましい限りで』
吐き捨てるように言って不破は残りのサンドウィッチを飲み込む。飲み込むしかないのだ、苦い茶と一緒に。中山もそれは一緒である。他に聞きたい事は特にはなかった
『・・・さて、何もなければ不破中尉には悪いが、飛行長に風呂の許可を与えているので一風呂浴びてから待機に回ってくれ』
『は、え?俺だけですか』
<<薩摩>>の艦内には帝國海軍の艦艇として米海軍のシャワーのみと違い、入湯設備があり、◯◯の湯などと称して一般開放の折には銭湯の代わりとして提供する事すらあった。いやいや、そんな事より
『なんだ?一緒に入りたいのか?』
『い、いえ!失礼します!』
不破はピャーッと逃げるように部屋から出ていく。ジャジルは突然の事に目を回している。ちょっと待て
『艦長!?』
『遠慮することは無い。艦長公室には浴槽が併設されてある。馳走になっていけ。だが、申し訳ないが、一人で入れさせるわけにもいかないから付き合ってもらうぞ』
おいおいおい、脱ぎ始めんじゃねーよ、どういう展開だよ!ずっと外人さん戸惑ってんじゃねぇか
『お前、女だったのか』
『そうだよ、じゃなくてだなぁ・・・!』
後になって搭乗員達に囲まれ、半分放心した中山はこう答えている
『デカかった』
『それはみんなわかってんだよ、詳報を寄越せ詳報を!』
『は、白桃にして白牌・・・三元牌が弱いわけねぇだろ馬鹿野郎!』
そんなくだらないバカ話の元になったのも計算のうちか?と、中山も思わなくもなかったが、それに確かに救われた部分もあって、しばらくは提供されたネタを使ってやるか、と思ったのだった
後日、<<薩摩>>CIC
『・・・艦長、ちょっと聞きたい事があんだけど』
『どうした砲雷長』
『あんた胸からネクターが出るって本当?』
感想、ご意見等お待ちしております




