表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/21

第9章

 昨日の今日で、俺は金髪の女騎士様――リィン・クリムゾンブレードさんに、腕を掴まれて引きずられていた。

 行き先は、王都の城壁近くにあるだだっ広い訓練場だ。


「い、いや、なんで俺がこんなところに……」

「当然でしょ。あなたもギルドに登録した冒険者なら、最低限の護身術くらい覚えるべきよ。昨日のように、ただ逃げ回るだけではいつか命を落とすわ」


 リィンは、昨日と同じ凛々しい表情で、しかし有無を言わせぬ迫力で言い放つ。

 

 今日の彼女は、あの重そうな銀鎧ではなく、動きやすさを重視した服装だ。

 体にフィットした黒い革の胸当てに、短いバトルスカート。

 太ももには、武器を携帯するためのベルトが巻かれており、その隙間から覗く健康的な肌が、やけに目に毒だ。


「ほら、まずは訓練用の木剣を握ってみなさい」


 ラックから一本の木剣を渡される。

 ずしり、と腕にくる重みが、これがただの木刀ではないことを物語っていた。


 俺は、野球のバットみたいに適当に握ってみる。


「……はぁ」


 リィンは、盛大すぎるため息をついた。


「なってないわね。そんな握り方じゃ、一撃で弾き飛ばされるのがオチよ」


 そう言うと、彼女は俺の背後に、すっと回り込んだ。


「え、ちょっ……」

「黙って。私が手取り足取り、教えてあげるわ」


 リィンの細く、しかし鍛えられた指が、俺の手に重ねられる。

 親指の位置、人差し指の角度……その一つ一つを、丁寧に修正していく。


 彼女の吐息が、すぐ耳元で感じられた。

 シャンプーだろうか、柑橘系の爽やかな香りが俺の鼻腔をくすぐる。


 ヤバい。美少女にこんな密着されたら、意識が……。

 そう思った瞬間、俺の背中に、とんでもなく柔らかく、そして巨大な二つの感触が、むにゅぅううううっ、と押し付けられた。


「……っ!?」


 リ、リィンさんの胸が! 俺の背中に! ダイレクトに!

 

 硬い革鎧を着ているはずなのに、それをものともしない圧倒的な弾力と質量。

 背中の布一枚を隔てて、彼女の心臓の鼓動すら伝わってくるようだ。


 温かい。柔らかい。デカい。


 俺の思考は、完全にショートした。


「いい? 力を入れすぎず、かといって抜きすぎず……。手首のスナップを利かせて……こうよ」


 彼女が俺の手を導き、木剣を振らせる。

 だが、俺の意識は、背中に押し付けられた二つの天国に完全に持っていかれていた。


「……って、聞いてるの!?」

「は、はいぃっ!」


 叱責されて、俺の身体がビクンと跳ねる。

 すると、リィンは密着していることを意識したのか、顔を真っ赤にして、慌てたように俺からパッと離れた。


「な、なんであなたが動揺してるのよ! 集中しなさい、集中!」


 ……いや、あんたも顔、真っ赤ですけど!?


 耳まで朱に染まっている。

 そのくせ、口調だけは厳しい。


 なんだこの可愛い生き物。

 これが、世に言う「ツンデレ」ってやつか……!


「も、もう一度よ!」

「はい! 頑張ります!」


 俺は彼女の、真っ直ぐな碧い瞳を見つめ返し、力強く頷いた。

 その瞬間だった。


 ――ズキンッ!


 俺の脳を灼く、あの忌まわしい感触。

 しまった! 目が、合った……!


 リィンの、厳しい光を宿していた瞳から、すうっと力が抜けていく。

 カラン、と彼女の手から木剣が滑り落ちた。


「……リ、リィンさん?」


 彼女は、何も言わない。

 ただ、その瞳を、どこか潤んだ、とろりとした光で満たしながら、俺を見つめている。


 そして、ゆっくりと俺の前に進み出ると、騎士の礼法なのか、片膝をついて恭しく頭を垂れた。


「……私の未熟な指導、大変失礼いたしました」

「へ?」

「これより、我が身も心も、すべてはあなた様のもの。何なりとお申し付けください」


 口調が、別人みたいにしとやかになっている!

 そして、彼女は立ち上がると、おもむろに自分の革鎧のバックルに手をかけた。


「まずは、この動きにくい衣服を脱ぎ、あなた様が『集中』しやすい格好になります」


 カチリ、とバックルが外れる音が、やけに大きく訓練場に響く。

 胸当てが外され、汗でしっとりと濡れた黒いインナーシャツが露わになる。


 その薄い布地は、彼女の豊満な胸の形を、寸分違わず写し取っていた。


「な、な、なにしてるんですか!?」

「何か、お気に召しませんでしたか?」


 彼女は小首を傾げ、今度はスカートの紐に手をかける。

 その無垢で、献身的な瞳が、逆に恐ろしい。


 ヤバいヤバいヤバい!

 ここで女騎士様が全裸になったら、俺、絶対に捕まる!


「ダ、ダメです! それ以上脱がないで! 普通に戻ってください! 服を着て、普通に、厳しくしてくださいッ!」


 俺は、もはや意味不明な命令を、必死に叫んでいた。


「……はっ!?」


 俺の叫びに、リィンは我に返った。

 自分が鎧を半脱ぎしていることに気づき、顔を爆発させたみたいに真っ赤にする。


「な……なななな、何をさせてるのよ、この変態! 馬鹿! 最低!」


 彼女は、外した革鎧を凄い勢いで装着し直すと、俺をビシッと指さした。


「き、今日の訓練はここまでよ! あなたのせいで、調子が狂ったわ! 明日は覚悟しておきなさい!」


 そう一方的にまくし立てると、彼女は逃げるように訓練場を去っていってしまった。


 一人残された俺は、その場にへなへなと座り込んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ