第12章
嘆きの古代遺跡の内部は、死んだように静まり返っていた。
ひんやりと湿った空気が肌を撫で、俺たちの足音だけが、だだっ広い石の廊下に不気味に響き渡る。
エリシアが作り出した光の玉が、ぼんやりと周囲を照らし出し、壁に描かれた不気味な壁画や、床に転がる瓦礫の影を、ゆらゆらと揺らしていた。
「……ここが、最深部かしら」
リィンの呟きに、俺たちは足を止めた。
目の前に現れたのは、巨大な円形の広間だった。
天井には大きな穴が空いており、そこから差し込む月光が、広間の中央にあるものを神秘的に照らし出している。
それは、床一面に描かれた、巨大で複雑な魔法陣だった。
無数の幾何学模様と、見たこともない文字が組み合わさり、全体が淡い紫色の光を放って、ゆっくりと脈動している。
「この文字は……間違いないわ。古代魔族語よ」
エリシアが、専門家らしい顔つきで魔法陣に近づき、その文様を慎重に目で追っていく。
「強力な封印の術式ね。これほどの規模のものは、文献でしか見たことがないわ……」
「……邪悪な気配を感じます」
セシリアが、ぎゅっと胸の前で十字を切った。
その顔は、いつもの穏やかさとは程遠く、青ざめている。
「この魔法陣の奥から、とても冷たくて、暗い何かが……呼んでいるような……」
「……この任務、異常魔力の調査だけのはずだったわね」
リィンは、すっと腰の剣に手をかけた。
その表情は、これまでで一番険しい。
「ギルドの情報が間違っていた。これは、私たちの手に負えるものじゃないかもしれないわ。一度、引き返して報告するべきよ」
「そ、そうだな! それがいい!」
俺は、リィンの提案に全力で賛成した。
この、肌をピリピリと刺すようなプレッシャーは、明らかにヤバい。
俺が、後ずさりしようとした、その時だった。
足元の、濡れた石に、俺の足がツルリと滑った。
「うおっ!?」
情けない声を上げ、俺はバランスを崩して、派手にすっ転んだ。
運の悪いことに、受け身を取ろうとした左手が、近くにあった鋭い石の破片で、ざっくりと切れてしまう。
「いってぇ……!」
赤い血が、ぷくりと浮かび上がる。
そして、その数滴が――。
ぽたり、ぽたり、と。
脈動する魔法陣の、ちょうど中心へと吸い込まれていった。
――その瞬間、世界が変わった。
ビカァアアアアアアアアアッ!
魔法陣が、それまでの比ではない、凄まじい光を放った。
淡い紫色の光は、目を焼くような漆黒の光へと変貌し、広間全体が、まるで地震のように激しく揺れ始める。
ゴオオオオオ、と地鳴りのような音が、耳をつんざく。
「な、何が起きたの!?」
「きゃあっ!」
魔法陣の中心から、巨大な闇のエネルギーの柱が、天を突くように噴き上がった。
そして――。
ふっ、と。
まるで何事もなかったかのように、光も、音も、揺れも、すべてが消え失せた。
静寂が戻った広間の中央。
魔法陣の光が消えたその場所に、一人の少女が、立っていた。
腰まで伸びる、艶やかな漆黒の髪。
光すら吸い込んでしまいそうな、深い闇の色だ。
人形のように整った小さな顔に、この世の全てを見透かすような、ルビーのように赤い瞳。
その唇には、退屈そうな、それでいて全てを嘲笑うかのような、微かな笑みが浮かんでいる。
服装は、黒を基調とした、フリルとレースが幾重にも重なったゴシックドレスだ。
だが、その可憐な服装は、彼女のその身体には、あまりにも不釣り合いだった。
小さな身体の、その胸元だけが、異常なまでに、豊満に、膨らんでいるのだ。
コルセットのような上衣は、はち切れんばかりにその双丘を押し上げ、深い、深い谷間を作り出している。
そのアンバランスな姿は、神が作り出した最高傑作のようでいて、悪魔が作り出した最も淫らな悪夢のようでもあった。
究極の、ロリ巨乳。
少女は、こてん、と小首を傾げ、ふわりと宙に浮くと、ゆっくりと口を開いた。
「あら。久しぶりの外の世界ね。ずいぶんと、長い間眠っていたみたい」
その声は、鈴を転がすように可憐で、それでいて、数百年の時を経たかのような、深みがあった。
「な、何者だ!?」
リィンが剣を構え、エリシアとセシリアも警戒態勢に入る。
だが、少女は三人のことなど、まるで意に介していない。
そのルビーの瞳は、ただ、俺一人だけを、じっと見つめていた。
「ふぅん……?」
彼女は、俺の身体を、まるで服の上から全てを見透かすように、ねっとりと眺める。
そして、くすり、と悪戯っぽく笑った。
「面白い力を持っているのね、あなた。魂の、ずーっと奥の方に、とびっきりのオモチャを隠してる」
「え……?」
俺が困惑していると、彼女はすっと俺の目の前に降り立った。
その小さな身体から、想像もつかないほど甘く、そして濃厚な香りがする。
「それに、あなたの血……なんだか、懐かしい味がしたわ。とても、気に入った」
そう言うと、彼女はぱん、と小さな手を合わせた。
「決めたわ。私、退屈だったのよ。あなたたちと一緒に行くわ」
「……は?」
「なっ!?」
「何を、言って……!」
三人が抗議の声を上げるより早く、彼女は俺の腕に、自分の腕をからめてきた。
小柄な身体とは裏腹に、腕に押し付けられる胸の感触は、とんでもなく柔らかくて、重かった。
「私の名前は、ルナ・ムーンシャドウ。よろしくね」
こうして、俺たちのパーティに、古代から蘇った、謎のロリ巨乳魔族(たぶん)が加わってしまった。
俺たちの冒険は、まだ始まったばかりだというのに、もう、わけが分からない方向へと、全速力で突き進んでいくことになったのだった。