第13章
パチッ、と焚き火の爆ぜる音が、夜明け前の静寂を破る。
遺跡から命からがら脱出した俺たちは、近くの森で夜を明かしていた。
ひんやりと湿った夜気と、燃える薪の香ばしい匂いが混じり合う。
空は白み始め、鳥のさえずりが遠くから聞こえてくるが、俺たちの周りには未だ重苦しい空気が漂っていた。
エリシアは膝を抱えてうつむき、セシリアは祈るように手を組み、リィンは腕を組んだまま厳しい顔で火を見つめている。
皆、あの遺跡での出来事に言葉を失っていた。
そして、そんな俺たちを面白そうに眺めている、元凶であり、新たな仲間(?)である少女、ルナ・ムーンシャドウ。
彼女だけが、この疲労と緊張に満ちた空気の中で、まるで観劇でもしているかのように、優雅に微笑んでいた。
そのルビーのような赤い瞳が、ふと俺を捉える。
「ねえ」
鈴を転がすように可憐で、それでいて底知れない深みを感じさせる声が、静寂に響いた。
「私の正体、知りたくない?」
挑発的なその言葉に、三人のヒロインがぴくりと反応する。
リィンが警戒心を露わに口を開いた。
「あなたはいったい何者なの。あの封印は、並の魔族のものではなかったわ」
ルナはくすりと笑い、その小さな身体には不釣り合いな、豊満な胸をそっと張った。
「私の名前は、ルナ・ムーンシャドウ。古代魔族の末裔よ。千年前の封印戦争の、しぶとい生き残りってところかしら」
「せ、千年前……!?」
エリシアが息を呑む。
神話や伝説でしか語られない時代の存在が、今、目の前にいる。
その事実に、俺たちはただ圧倒されるしかなかった。
「ま、私のことはどうでもいいわ。それより、もっと面白い話があるんだけど」
ルナは楽しそうに目を細め、その視線を俺に固定した。
「あなたのその力……『絶対支配』について、教えてあげる」
俺はゴクリと喉を鳴らした。
エリシア、セシリア、リィンの三人が、不安そうな瞳で俺を見つめている。
「あなた、自分のその力がどういうものか、なーんにも分かってないでしょう?」
「え……? いや、それは……女性に命令できる力、だろ?」
「ふふ、可愛い答えね。半分正解で、半分大間違いよ」
ルナは芝居がかった仕草で、すっと人差し指を立てた。
「その能力はね、本来、女性を――完全な『性奴隷』にするためだけに作られた、禁忌の魔法なの」
その、あまりにも直接的で、暴力的な響きに、俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。
「そ、そんな……」
エリシアの顔からサッと血の気が引く。
「なんて……邪悪な力なのでしょう……」
セシリアが青ざめた顔で、わなわなと震え始めた。
ルナは、そんな彼女たちの反応を心底楽しむように、言葉を続ける。
「発動条件は、対象の女性と目を合わせて命令すること。対象は命令者のあらゆる命令に絶対服従するわ。もちろん、性的欲望を満たすための、どんな破廉恥な命令にもね」
脳裏に、これまでの光景がフラッシュバックする。
ギルドでブラウスを脱ごうとしたミレイさん。
下着姿で膝の上に乗ってきたエリシア。
庭園で純潔を捧げようとしたセシリア。
訓練場で鎧を外したリィン。
彼女たちの、あの虚ろで、恍惚とした瞳……。
「そして、この魔法の一番いやらしいところはね」
ルナは、俺の罪悪感を見透かすように、にやりと笑った。
「効果が切れた後も、記憶は残るの。自分が何をさせられたか、どんな格好で、どんな声を出して、どんな表情をしていたか……。屈辱も、快楽も、そのすべてを、被害者は鮮明に覚えているのよ」
俺は言葉を失った。最低だ。俺は、なんてことを……。
「……蒼真が、そんなことするわけない」
その時、沈黙を破ったのはリィンだった。
彼女は俺を真っ直ぐに見つめ、強い口調で断言した。
「確かに、この男はヘタレで、頼りなくて、見ていられないほど情けないわ。でも……でも、女の子を自分の欲望のために利用するような、そんな卑劣な人間じゃない!」
リィンの、あまりにも力強い言葉に、俺は顔を上げられなかった。
違うんだ。俺は、そんなに強い人間じゃない。
「ふぅん? そうかしら?」
ルナは、そんなリィンの言葉を鼻で笑う。
「でも、能力はもう何度も発動してるのよねぇ? みんな、本当に何も覚えてないの?」
その意味深な問いに、エリシア、セシリア、リィンは「え?」と顔を見合わせる。
「 私、蒼真の前で、なんだか積極的になれた気がしたことはあったけど……」
「私もです。蒼真様といると、神様をとても身近に感じて、心が解放されるような……」
「わ、私は……! あなたのせいで調子が狂っただけよ!」
三者三様の反応。だが、そのどれもが、核心からはずれている。
彼女たちは、自分の身に起きた異常な出来事を、能力による強制だとは認識していない。
ただ、自分の感情が昂った結果だと、そう信じている。
その事実が、さらに俺の胸を締め付けた。
「まあ、この子は能力の正しい使い方……いや、『汚い使い方』を知らないから、今のところは可愛いものだけど」
ルナは俺を憐れむように見つめ、そして、ぞっとするような冷たい笑みを浮かべた。
「でもね、この世界には、あなた以外の男たちもいるのよ。その力を手に入れるためなら、どんな手段も厭わない、強欲で、残酷な連中がね」
その言葉は、新たな、そしてより現実的な恐怖を俺たちに突きつけた。
俺がこの力を持っているだけで、彼女たちが危険に晒される。
俺自身が、歩く災厄そのものなのだと。
夜明け前の森に、再び重い沈黙が落ちる。
パチパチと燃える焚き火の音だけが、やけに大きく響いていた。




