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鏡の守り人  作者: 雨替流
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中毒

 外の者達と同様に屋敷内でも同様な光景が繰り広げられていた。


「は、半兵衛、お、お前その顔……どうした……うっくく……やめろ……」

「な、何か……こ、この顔に……ご、ございましたかな……ぶっ!」

「こ、強面が……く、崩れてぎゃ、逆に怖い……だめだ……こっちを見るな!」

「やめろと……言われましても……どうやって……ぶっははは!」

「それにしても、お、おかしいぞ……この茸、毒か? ……ぶっ! 毒って……駄目だ、は、腹がよじれるぅっ!」

「や、奴を呼んで……呼んでぶっ! まいりま……ぶわっはははは!」


 そう言って、外の者に途切れ途切れに三次を呼ぶように命じれば、囲炉裏の間へと戻り異常なほどに乾いた喉を酒で流したが、直後に思い切り吹き出し腹を抱えて笑い始めていた。


 娘たちは今も震えつつ、その場に竦んでいたが、自分たちにも異変が起き始めている事に気付いたのである。身体は少し熱を帯び、腹の底から何とも言い難い笑いが込み上げてくるのだ。男たちは尋常でない程に笑いが止まらないも、自分たちも可笑しくなり始め、やがては肩を揺らしながら笑い始めていた。


 この茸を水沢では死茸(したけ)と呼び、食せば死ぬと聞いていたが、笑い転げるような症状になろうとは想像もしなかったし、調理したその湯気を嗅いだだけでも中毒を起こすとは思いもしなかったのだ。解毒剤なんてある訳もないから、事は深刻を極めるのだが、それどころではない。死ぬかもしれないと考えただけで、火が付いたように可笑しくなってしまうのだ。


 村では外も屋敷の中でも笑い声が響いていた。見張り達は笑いの原因が茸の毒だとは知る由もないから、酒を食らって馬鹿騒ぎをしていると思っているのだろう、笑いの渦に目をやれば、舌打ちをしつつ警戒を続けていた。


 一方で、その水沢を目指す小平太は、村へと続く道を心静かに早足で歩いていた。間もなくすれば村の明かりも遠くに見えてくる頃合いであろう、感覚を澄ませ鼻を利かせてみれば、火を焚いた匂いが風と共に届いていたが、同時に微かにだが切羽詰まった只ならぬ悲鳴が耳を掠めたのである。しかもそれは、一人や二人のものではない、大勢の人の声であったのだ。


 これまでの道中、多くの不幸をその目にしてきたが、まさに今襲われている知れば放ってはおけまい、ましてや何かに導かれ目指してきた村である。賊の素性も人数も何もかも全く不明となるが仕方も無い。音も無く駆け出すと程なくして道端に二人の男を見つけた。


 盗賊の見張りで間違いはない。籠を降ろし持ち合わせているクナイと吹き矢を身に付ければ、懐の短刀の位置を微調整していた。間もなく音も無く闇に紛れて走れば、気配を消して盗賊達の話を聞いていた。


 忍びの基本の一つに情報収集がある。先ずは相手の能力に人数、それに得物を確認し地形を知る。優位に戦うための策を練るのは当然の事である。


 見張りの話では、しばらくは村の食料や酒で以て腹を満たし、散々に女を凌辱した後に立ち去る予定らしい。しかもこの者達は手荒な仕事が自慢の様である、ならば生かしておく理由はない。  


 都合よく、一人が小用を足しに道から外れた事で、その背後へと忍び寄れば、懐より静かに短刀を抜き、男の口を押えるのと同時に、脇から心の臓を一突きにしたのである。崩れ落ちる身体を支えて静かに横たえると、呑気に口笛を吹いている男の背後に立ち、その腕をねじり上げた。


「いででで!」

「悪党が此処で何をしている」

「くそ! 平助!」

「ん? 仲間ならつい今この世を去ったぞ」

「何!」

「もう一度聞くが、悪党が此処で何をしている」

「ぐぁ!」


 軽い音が響くと共に男の小さな悲鳴が漏れた、流石に大声を出せば命が無い事は理解しているらしい。


「心配ない、人体にはまだまだ骨がある、ではもう一度聞こうか」


 ギリギリと骨が軋み始めていた


「分かった! 分かったから待ってくれ! ……お、俺は見張りだ、この先で仲間が村を襲っている、俺はただの見張りだ、見逃してくれ」

「見逃せとな、ならば話を聞こう」


 村を襲撃している者共の人数と、その組成などを詳しく聞けば、もう一度人数など細かな事を聞き直し、嘘が無いか確かめるのだ。


「嘘は為にならない、解るな?」

「本当だ、嘘じゃねえ」

「では、もう一つ聞こう、お前人を殺めた事は?」

「ない!」

「そうか、残念だ」

「ま! 待て、ちがっ……うっ……」


 所作からして武人が三人、身のこなしも軽く勘の利きそうな山人が二人、農夫と思われる者が四人、ふんどし姿で大騒ぎしている正体不明な者が十二人、そして不審な動きをしている者が一人であった、この者は足の運びから山人と思われる。


 見張りが言っていた腕に覚えのある頭と、もう一人の男の所在は少し大きな、あの屋敷の中である事は想像がつく。


 間もなくすれば、不審な動きを見せていた山人が手薄と言える場所へと向かっていた。恐らくは何か訳があり、そこより立ち去るに違いない。小平太は静かに背後に張り付くと、短刀を突き立て男の足を止めた。


「ひぃっ!」

「お前は何故逃げる? 何か火急な用でも思い出したのか?」

「お、お助けを……」

「なら答えて貰おう、仲間は何人いる?」

「二十五、おらを引いた数だ」


 見張りが言っていた事と一致しているから嘘ではあるまい。鼻の大きな男は更に聞きもしない情報を話し始めていた。見張りの発言同様に、屋敷内の二人はかなり手強い様だ。


「で、何故逃げる」

「得体の知れねえ毒茸を食わせちまったから、殺される前に逃げんだ」

「そうか、あいつら毒に当っていたか」


 山姿や周囲の環境が似ているだけに、あの茸が無いとは言えない。小平太はふんどし姿で大騒ぎをしている者達を見ていた。


「もしかして、此処の山で崖茸を見つけたのか?」

「崖茸知ってんのけ?」

「あぁ、しかしその崖茸は平坦な地に生えていた筈だ」

「その通りだよ、あれは一体何だったんだ?」

「色々と教えて貰った礼に俺も教えてやろう。平地に生える崖茸は猛毒だ。奴ら笑い苦しみながら最後には、もがき死ぬ事となる」


 この男は未だ人を殺めていない事は明白である、二度と悪事に手を貸さない様に諭せば、その場に逃がした。




 

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