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鏡の守り人  作者: 雨替流
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謎の茸

 秋の少し遠い陽が西の落葉樹の森に傾き始めると、水沢村では多くの人たちが其々に家へと戻り始める頃合いであった。年寄りが火を入れたのだろう、細い煙が各家々から立ちのぼる光景が何とも風情豊である。


 しかし、その静かで平和な光景を高い位置より眺めているのは、善良な者達では無かった。盗賊達は村を一望できる山へと潜伏し、時が来るのを静かに待っているのだ。


 そんな中、日暮れまでもう僅かとは言え、じっとしている事が苦手な三次という大きな鼻が特徴のこの男は、周囲を見渡すと大岩が気になったようで、早速そこへ向かって歩き始めていた。


「おい三次、あんまり離れんなよ」

「あぁ、分かってる」


 大岩の奥を覗き込めば、そこには古びたしめ縄が張られており、岩元には小さな祠があった。このような山腹で一体何を崇めているのかと、気にもなったが、程よい湿気とその先に見える急傾斜の方が三次の興味を惹いていた。


「もしかして」


 極めて希少なそれは、湿り気の多い崖や急斜面に生える茸で、崖茸(がけたけ)と呼ばれており、一部の山人にだけ知られている幻の茸である。食せば腰を抜かすほどに美味な事から、見つかれば瞬く間に採りつくされてしまう程に珍品であった。


 環境的にも適している事から可能性はある。季節的にも今が旬である事から、期待に胸を弾ませ足を進めれば、柔らかな何かを踏みつけたのであった。


「あ?」


 驚く事にそれは、足元に採り切れないほどに生えていたのだ。崖か急斜面にしか生えないと言われていただけに、疑い深く一つを手に取れば慎重に見分けていた。見た目にも間違いなく、さらに念を押して裂いて匂いを嗅いでも間違いはない、紛れもなく崖茸であったのだ。興奮気味に仲間を呼ぶと籠を用意させた。


「何を見つけたんだ?」

「珍しいどころじゃねえ幻の茸だ。腰が抜ける位旨えぞ」

「おい、おめえらそろそろ頃合いだ、切り替えろ」

「おう」


 やがて日が沈むと号令が掛かった。山を下り荷車を引く者と合流すると、一味は手筈通り村の入り口を塞ぎ、一斉に襲い始めたのである。捕らえられた者は手際よく縛られ、次々に数か所へと集められていった。無論抵抗した者も多いが残念な事に、村は四半時(三十分)も掛からずして完全に盗賊の手に堕ちてしまったのである。


 つい先ほどまで、あれ程平和であった村は一変してしまい、泣き叫ぶ声と怒号が飛び交い、家々の戸は外れ生活用品がそこかしこに散らばるなど、酷い有様となっていた。また、通りには五体ほどの村の者の亡骸が転がっており、中には瀕死の状態で生きている者もいたのだが、止めを刺されて息絶えてゆくのであった。


 間もなくして若い女や娘が別にされた理由は安易に想像が出来よう、盗賊の頭ともう一人の男は、女たちを吟味し始めたのである。


「だっ! な、何すんだ! おらに触んでねえ、離せ!」

「随分元気の良い娘だな、気に入ったぞ」

「と、とととと、とんでもねえ! すずは未だ十の子供だで、お願えだ、やめてくれ……大人の相手なんか無理だ」


 少し離れた場所より心配そうに見ていた父親だが、我が子が選ばれてしまった事で血相を変えて悲願をしていた。


「心配するな、儂の娘として育ててやる。年恰好も威勢の良さも亡くした娘と瓜二つだ」

「娘? 何の話だ?」

「育てるって……おらのたった一人の娘だで、お願えだ返してくれ」

「黙れ、それ以上喚けば叩き斬るぞ」

「だども……おらの大切な娘だで……」

「おとう!」


 娘の名はすずと言い、十歳になる元気の良い娘である。年齢よりも少し幼く見えるが、容姿が整い可愛らしくあった。髪は一つに結び、藍で染めた麻の着物に紅花で染めた黄色の帯を締めていた。


 頭の男は嫌がり暴れるすずを小脇に抱えると、今度は己の欲を満たす為の娘を選ぶのである。もう一人の男も好みの娘を見つければ、長老の家へと連れて行き、囲炉裏のある板の間へと押しやったのであった。


「いっでえ……な、なにすんだ!」

「すず……しっ、逆らって良い事ねえだ」

「だども……」


 娘たちは部屋の隅へと行き身を寄せ合ったが、幸いにしてそこに用意されていた食材の中に助かる望みを見出したところである。盗賊達の話を聞いていれば間違いも無い、それは北山の山腹にある大岩の奥にだけ生える猛毒の茸だったのだ。


「おとうが言ってただども、大人の相手ってなんだ? まさかあれ食わされんだか?」

「しっ!」

「だっ!! おっかねえ……おら黙るだ……」


 さえが鬼の形相を見せたのも仕方ない。折角助かる見込みが出来たと言うのに、毒茸と知られてしまえば振出しに戻ってしまうのだ。皆は茸を見ない様に俯くと静かに時を待つのである。しかし、料理をするにはそれなりに時も掛かる、程なくすれば願いも虚しく、さえが頭の男に掴まれ囲炉裏脇へと連れて行かれたのである。


「名を申せ」

「……さ、さえだで……乱暴はしねえで……」


 酒を注がされるも、あまりにも手が震えるものだから半分以上が床へとこぼれていたが、男は気にする事も無く椀を満たさせるのである。


 さえからすれば地獄のような時であったろうが、ようやく鍋の匂いが立ち込めると、食欲をそそる匂いに男たちの関心が一気に鍋へと向いたのだ。さえが更に震える手でそれを注ぎ満たせば、娘たちは期待に胸を高鳴らせ始めていた。


「ほう、これは旨いな」

「山の者故、茸には詳しいようで」

「そうか、三次の奴重宝するな」


 時を同じくして、外の手下たちの鍋も出来上がったようである。無論全員が一緒に飲み食いできる訳も無く、二手に分かれ十二人が先に食事となり、他の者は当然見張りとなる。


 空腹でもあったし、椀を手にした者は皆幸福な表情であったが、鍋を口にすれば皆一様に驚いていた。三次がその旨さに腰が抜けると言っていたが大げさではない、汁を一口飲めばもう箸が止まらない状態となっていた。


 その様子を近くで見ていた三次は、皆の凄まじい食欲に、鍋の中身がすべて空になってしまうのではないかと心配していたが、程なくすると食した者達に異変が起こり始めたのである。


 身体の火照りはやがて夜風さえ物足りなくなったのか、一人二人とボロな小袖を脱ぎ始めれば、些細なことにも拘らず驚くような笑いが沸き起こったのである。それは酒に酔って陽気になっているようなものでは無く、明らかに異常と言える状況なのだ。


(おいおい……奴ら全員普通じゃねえぞ……まさか中毒か?)


 おかしくなったのは明らかに鍋を食してからである。原因は何をどう考えても崖茸に違いない、崖や急傾斜ではなく平地に生えていた事を思い返せば猶更怪しさが増すのだ。しかも採取地にはしめ縄と小さな祠さえあったのだ。


(もしかしたら……あれは人に入んでねえって忠告だったのかも知れねえぞ)


 しかし、あれが崖茸でなければ何だったのか。山人だから茸について知識はあるし、この界隈で育つ茸なら食用から毒まですべてを見分ける自信がある。しかも笑い転げる中毒など見た事も聞いた事も無いのだ。しばらくして治まれば未だ良いが、これが単なる初期症状であれば、目も当てられない事となる。


 此処は急ぎ逃げる以外に、己を守る術はないと考えるのは当然の事であった。



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