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鏡の守り人  作者: 雨替流
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茸の正体

 闇に紛れて近づく事は容易である。手荒い事が自慢らしいが全くの素人であった。瞬く間に見張りの全員を始末すれば、無防備に騒ぐ者共に近より、どうしたものか眺めていたが、良い事を思いつき、懐より吹き矢と長い針を取り出せば、そこに大分薄めた痺れ薬を塗った。


 針は通常十本しか携帯していないから、それらで十人の動きを封じれば、その様子に笑い転げている残りの二人を短刀で始末したのである。針を回収すれば泡を吹き失神している者共を縛り上げ、音も無く屋敷へと走った。


 戸の隙間から中を覗けば、そこに居る全員がおかしくなっていた。互いに指さし腹を抱えて笑い転げているのである。その所為もあって娘たちは皆無事であったが、何せうるさい。吹き矢によって二人の男が尻をつくと、娘たちはその光景に腰を抜かし更に吹き出していた。


 突然姿を現した小平太を見れば、驚きつつも大笑いである。無視して二人の男を後ろ手に縛り上げ、薬の効能が切れるのを待てば、間もなく回復し、やはり開口一番大笑いであった。


「か、頭……は……は、針が揺れて……は、腹が捩れるっ! ぶっ!」

「貴様のく、首にも……さ、刺さっておるわ! ぶわっはっは!」

「きゃはは、長い針が……ぷっ! ふるふるしてるだで!」

「ぷっくくく……だっ! おら、ちっと漏らしただ……どうすんだこれ!」

「きゃはは! すずが漏らしただ!」

「ちっとだで!」


 小平太は呆れた顔でそれらを見ていた。


「気付いていると思うが、お前たち茸の毒にやられているぞ」

「ぶっ! 言われずとも知っておる! うっ! ぶっふ!」

「呑気にしているが、それは狂茸(きょうだけ)と言ってな、僅かな量でも死に至る毒茸だぞ」

「だぁぁ! ぷっ! やっぱり死んじまうだか! ぷくくく!」

「ぶっ! 苦しい! 笑わすな!」


 小平太は自分の指先を少し切ると、その血を娘たちに舐めさせていた。


「血など……な、舐めさせてな、何をしておる……ぶっ! 愚か者め」


 その茸を大沢の郷では狂茸と呼んだ。見た目には食用となる崖茸と全く同じで、採取したそれらを見比べても見分けは付かない。しかし毒性のある狂茸は崖ではなく平坦な地に生えるから判別が出来る。崖茸の菌に何かしらの作用が働き平地に生えるのだろうが、その結果毒が生じる様だ。


 食しては崖茸同様に大変に美味であるも、すぐさま気分が高揚し爽快になると言った異変が起こり、間もなくすれば発汗と共に異常な笑いが込み上げてくる。概ね三時(六時間)で死に至るのだが、笑い過ぎて死ぬのは悲惨を極めると言う。


 小平太の説明に二人の男は大笑いをしながらも、青筋を立てている事から、怒りは心頭の様だ。


「三次の奴……ぶっ! あの鼻……鼻っ、斬り落として……くれっ! っぶ!」

「ん? その男なら、とっくに逃げたぞ」

「何! 逃げたのか! やるな! ぶっ!」

「くそ! 鼻……鼻を……くっくく……うぅ……」


 狂茸の最も特異な性質として、直接食していなくても調理したその湯気を嗅いだだけでも中毒を起こす事となる。


「世の中には生まれながらに、その毒に耐性を持つ者もおり、その血には毒を中和させる作用があるとの事だ、理解できたか?」

「そうか、そういう事か、なら寄こせ……ひっ! は、腹が痛え」


 戦場跡の近くには亡骸を葬る山林が存在した、田畑で死なれていては困るし、寺に埋葬するにも手間となる。遺体からは武具や着物が剥ぎ取られるから、ほぼ褌の姿で山林へと遺棄され、自然に淘汰されるのを待つのだ。


「未だ数人は生きているが、お前らの仲間の屍が転がっている」

「そ、それがどうした……ふははは、転がってるってお前……っぶ!」

「仲間の屍だ、自分たちで始末をつけて貰う、済めば血を分けてやろう」

「う、嘘ではあるまいな……ぶっ」

「頭、わ、笑わさないでくれ……うぅぅぅ、腹が痛えぇ」

「おい、あまり時間は無いぞ、毒が全身を巡り間に合わなくなる」


 小平太の脅しに二人は血相を変えると、笑いながら表へと出た。ふんどし姿の者共と出会えば互いに大笑いしつつ、自分たちの荷車へ屍を積めば、途中で二人の見張りも積み捨て山へと向かった。


 己の籠を拾い背負えばそこより二里(八キロメートル)ほど歩いたのである。途中笑い声と奇声がうるさいも仕方がない、全身に毒が巡り末期症状となっているのだ。


「はぁはぁ、おかしいぞ……先に血を寄こせ……悪化してきた、早く……」

「血って! ぶっ! 痛えぇぇ! うぅぅぅあ!」


 まもなくして目的の場所へ着くと、腹を抱えて九の字となっている男共をそのままに、案内役の男と二人で荷車から屍を捨てていた。あえて殺さずに生かしておいたのは、運ぶ手間を軽減させる為であったのだ。自ら捨て山まで歩いて来たのだから手間は無い。


「お前ら、まさかと思うが酒を呑んだか?」

「それがどうした……早く血を!」

「残念だが、酒は死を早める」

「何!」

「天罰だな」


 固い土が削れるほどに、のたうち回っていたが、やがて目を白黒させると、身体を大きく反らせ泡を吹いた。


 すべての死を見届け、村へと戻れば皆が片付けの手を止めて、小平太に礼を繰り返したのだが、その中に頬に赤みが残る娘が、父親と共に不安げな表情を浮かべ立っていた。その娘は屋敷の中に居た一人で、笑い過ぎて少し漏らしたと言っていた小さな娘である。


 狂茸を乾燥させたものは、通年を通して要人の暗殺に用いられていた。盛られた者は狂い死ぬ事から、死因は乱心となるから毒殺とは気づかれない。ただし乾燥させる事で成分が濃くなるから、それを少し弱毒化させる必要があった。その為に必要となるのが狂茸に耐性を持った者の血なのである。


 故に郷では男も女も十五歳になると、決まって狂茸を試されるのだ。小平太はその時に自分に耐性がある事を知ったのである。


 九割が中毒を起こし、その場で解毒を施されるのだが、中には解毒しても尚、不調を訴える者も居た。症状としては微熱と脈の早まりで、一見穏やかにも見えるのだが、そのままでは数年で死を迎える事となる。 


「名は?」

「すずだで、おらんとこの娘だけ、なんで熱があるだか……」

「稀にこうなる者もいるが、恐らくは年が若すぎた」

「……、……んだか……しょうがねえだよ……おとう、おら死ぬのさ、もう怖くねえで良いんだ……怖くなんかねえもの、ほんとだで、おら怖くなんかねえもの……」


 娘は言葉とは裏腹に小刻みに身体を震わせており、不安げな表情が一層深まっていた。


「だども、狂って死ぬのさ嫌だで、そうなる前に死なせてほしいだよ……」

「おすず……おめえ……」


 忍びの多くは死んでしまっただろう、しかし猟師たちや薬師の徳蔵は、その殆どを隠し里で過ごしているのだ、ならば生きている可能性が高い。万が一にも死していたのなら、徳蔵の薬書の通りに小平太が調合すれば良いのだ。


「心配はない、投薬すれば必ず治る」

「だっ! ほんとだか! おら死なねえで済むだか!」


 小平太の言葉に娘の表情は一気に希望に満ち溢れたものとなり、父親にも安堵が見えた。


「ただし、下野国にある俺の里まで行き、一年近く投薬せねばならぬが」

「……一年もだか……ところで、そのしもつけの国ってどこだ?」

「此処より東へ歩く事、ひと月ほどの距離、山越えが多いから天候次第だが」

「だぁぁぁぁ! とんでもねえぇぇぇ!」






 

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