安堵
荷車に積んできた道具や生活用具を皆で手分けして運び入れれば、佐助とかすみも借りていた家から自分たちの荷物を持ち込み入れていた。
隠し里と同様に寝床は一間の雑魚寝となるが気にする者は居ない。屋根の下で手足を伸ばして寝れるだけでも上等として生きてきた者達だから当然である。
冬季に使う毛皮の類は梯子を上り屋根裏へと仕舞い、着替えの類や寝床となる蓆を其々の場所に据え置けば瞬く間に終了であった。荷物も驚く程に少ないのだ。
「小平太様もおらも、皆と雑魚寝だか。楽しいだな」
「そうだな、故に寝小便はすぐに気づかれる。気を付けるのだぞ」
「う……おら、あれきりしてねえもの」
「なら良いが、慣れて油断した頃が一番危うい」
「……分かってるだで」
大台所と食庫は戸一枚で繋がっている。戸を開ければ、既に漬物樽が並び中身も満たされていたばかりか、雑穀や玄米それに幾種類もの豆が俵で積み上げられていた。
「野菜は日替わりで大集落の者が届けに参るぞ」
「いや、こちらから貰いに参る、そう伝えてくれ」
「そうか、承知した」
間もなくすれば、小平太達の元へ猟師方の三人が姿を見せれば、猟場について尋ねていた。禁じられた場所や対象動物を知っておかねばならないからだ。
「そうだな、この後で大集落の猟師たちを紹介しよう、不慣れな山では猟も捗るまい」
「有難き」
「それと此処では魚も豊富だ、漁師も紹介しよう」
「すまぬな」
鮎や鰍に山女魚、それに岩魚などは大集落の外れに流れる一ノ瀬川で獲れるらしい、他にも川蟹や蜆なども豊富なようだ。
やがて夕方が近づけば大台所には獲れたての鮎が山ほど運ばれた。武三と茂吉が手慣れた様子で竹串を作れば、すずと菊が次々と鮎を串に刺し炭火の周囲に刺し並べた。
「旨そうだで」
「今がまさに旬だからね」
「んだな、下野で食った秋の子持ちの鮎も旨かっただども、塩焼きだったら今時期が旨いだな」
大台所にはさらに、太助と菊が手伝いに入れば、役割分担を決めた所である。雑穀に炙った鶏肉と菜っ葉を入れた雑炊を焚きながら、猪肉を炭火で焼き刻んだ山椒の実と味噌で味を調えれば塩茹でした豆を用意し、さらには葱の串焼きと水で戻した山菜の塩漬けを大量に刻んだ。
「それにしても凄い量だで……」
「今日は特別よ」
「そうだな、さて運ぶとするか」
「んだな」
「おっと、おすずちゃんは此処で大人しくしていてくれ」
「だ! 信用がねえ……」
間もなくすれば、岡本彦左衛門より白酒が届けられ宴となったのである。藤十郎の家族も顔を出せば賑やかとなった。
「これが長男の凛太朗で、こっちが弟の一馬だ」
「ほう、お二人とも将来有望な顔立ちだ」
「だぁ、藤十郎様にそっくりだで、立派な武人様になるだでな」
「そうだな」
「二人ともご挨拶をなさい」
「はい!」
七歳と五歳の兄弟だが、武家の子らしく姿勢を正し立派に挨拶をして見せれば、すずに案内され料理が並んだ大きな食卓へならんだ。
「いっぱい食って強く成るだよ」
「はい!」
「偉いだな」
其々が好きなものを好きなだけ盆へと盛れば一層賑やかな食事となる、やがて腹を満たせば皆で歌い踊れば大いに笑い、上等な白酒に舌鼓を打った。
やがてすずも椀に一杯分けて貰えば、初めての酒に目が回りふらふらと歩き、皆の歌に合わせて手もみ拍子を始めた。
「おらも混ざってくるだ」
「おいおい、おすずちゃん足元大丈夫か?」
「まぁ……」
「転ぶ前に助けが入る、問題も無い」
翌朝となり全員で鏡へと行けば、挨拶を済ませ朝餉とした。その後は忍び達は鍛錬に行き、猟師達は山へ、徳蔵は薬庫の整理に忙しい。すずは一人大集落へと向かったのは、自分のやるべきことを探す為である。
故に十日もすれば、誰よりも早く大集落の人々とも馴染み、多くの信頼を得ていたのだ。
「野菜を貰いに源次郎さんの所に行ったらおすずちゃんの事、随分褒めていたぞ」
「この前、草むしり手伝ったんだ」
「そうらしいね、おかげで草鞋用の上等な藁をたくさんくれたよ」
「良かっただな、忍びの皆……いけねえ……守り人の皆、草鞋さすぐに駄目になっちまうからな」
翌日、その日は漁師の手伝いを終えると、その足で藤十郎の家を訪ねたのは琴が饅頭を作ってくれると約束していたからであった。土産に人数分の鮎を持って行けば、二人は大喜びであった。
「毎日本当に偉いわね、皆おすずちゃんの事働き者だって褒めてるわよ」
「野菜さ沢山もらうだでこのくれえはしねえと申し訳ねえだよ」
「立派な心掛けだ」
「そういえば、お二人さ聞きてえ事あるだども」
「ん?」
白湯を一口すすると、丁寧に椀を置いた。
「桔梗様にはいいなずてさ居ねえだか?」
「いいなずてとはなんだ?」
「許嫁の事かしら?」
「だ……それだで」
藤十郎と琴は互いに顔を見合わせれば、不思議そうにすずを見つめた。
「気になる事でもあるのか?」
「ちっと前の事だども、小平太様の夢さおきぬさん出てきて、とても美しい人さ嫁になるって教えて貰っただよ」
「ほう」
「したら、桔梗様さとんでもねえ美しいお人だで、それに忍び……いけねえ……守り人の皆が言ってただ、桔梗様さおきぬさんに瓜二つだって」
「……ところでその、おきぬさんとは一体誰だ?」
「だ……」
順を追って説明すれば二人は少し悲し気な表情となった。
「そうであったか……しかしなんだ、小平太殿は桔梗様を見てなんか言って無かったのか?」
「それが何の反応もねえって、しの……守り人の皆も言ってただよ」
琴は手を顎に深く考えていた。
「うーん、でもね、似ているからと言って好くとは限らないと思うの、小平太様がおきぬさんを好いたのは内面も含めたすべてだと思う……おきぬさんが言ってたのは運命で以て、深く慕って、支えて……身心共に美しく強い人でしょ……、……ってもしかして……」
琴は驚きすずを見ていた。
「ん? 誰か心当たりがあるのか?」
「だっ! あるだか!」
「……いや、その、確実では無いし……間違っていたら色々と弊害が」
「お琴、思った事は言うべきぞ、気になるではないか」
「ごほん!」
咳払いと共に琴が思いのほか冷たい目で見つめるものだから、藤十郎も途端に口を閉じた。
「何だでお琴様、間違ってても構わねえだよ」
「違うの、私の勘違いでほら、太作さんのところのお美津ちゃん。でもあの子一太さんの事が好きだったなって……ね、藤十郎様」
半ば脅しの様な振りに藤十郎は引き攣っていた。
「あぁ……そうだな、儂も聞いた事がある」
「それならおらでも知ってるだよ……」
「そうね……それと思い出したけど桔梗様は京に嫁ぎ先が決まってた筈」
「したら、桔梗様でもねえのか」
そう言って納得したすずであったが、小平太の相手が桔梗で無い事を知った今、その表情は少し安堵したようにも見えた。
藤十郎と琴はすずのその様子に笑顔を見せていた。
「運命で以て、深く慕って、支えて、身心共に美しくお強い人。今は、未だその時期じゃないのかも知れないわよ」
「……なるほどな、そうかもしれん」
流石の藤十郎もようやく気付いた様だ。
「どういう事だで?」
「数年後って事かも知れないわよ」
「そうだな」
「だ……分かるだか?」
「勘て言うのかしら」
「……勘だか……おら当たった事ねえだな」




