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鏡の守り人  作者: 雨替流
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水沢へ

 蝉が一層賑やかになればそれなりに日差しも強くなる。しかしこの地ではむさくるしい暑さと言うものが無かった。朝晩は逆に寒い位だし、日中も爽やかな風が吹き過ごしやすいのだ。


 すずが旅の疲れも癒えた頃合いを見て、美濃への往復を千弦に申し出ていた。


「そうか、美濃へな」

「出来る事なら父親も説得し連れてこようかと」

「うむ、それが良い」


 すずの様子を見ていれば、故郷へ戻るのが楽しみで仕方のない様子である。村から一度も出た事の無かった子供が親元を離れ、見知らぬ地で大人に紛れて過ごしてきたのだ。忍びであれば何も珍しい事ではないが、平穏の中で育った子供からすれば中々にして酷であったに違いない。


「おとう元気だかな、皆も変わりねえと良いだな」

「そうだな」


 二人分の握り飯と漬物を用意したすずは、早くも馬の前で小平太を急かしていた。


「此処は涼しいが美濃は暑いはずだ、水が無くては困る事になるぞ」

「んだった……今頃はおっかねえ程暑いんだ」


 小平太が用意した竹筒を手にすると隣に並んで井戸の水をそこに汲んだ。


「楽しみだな」

「んだ」


 大集落から東山道へと出れば、小平太達は、少し広いその道を西へと進んだ。


 この東山道はかなり昔に造られた幹線道で、今でこそ普通の道と変わらぬ様相だが、以前は道幅が十間(十八メートル)以上あったと言われており、近江から下野、さらに北は陸奥(むつ)や出羽まで、其々の国に置かれた国府を結んでいたという。また各所に支道があり、其々に飛騨や武蔵、常陸などへも繋がっているから、現在も旅行く者には重宝していた。


 馬のおかげで何の苦労も無い、すずは変わりゆく景色を楽しみ、ゆとりである。間もなく難所の峠をあっさり越えれば美濃へと入った。


 一年前はかなり血生臭く小競り合いの数々がそこら中に見えたのだが、現在は一変し静かなものである。が、忍びの気配は異常に濃かった。


 標高が下がれば気温は増し馬にも休息が必要となる。美しい川辺で水を飲ませれば木陰で休ませ、小平太達も握り飯で昼餉とした。 


「お馬だと楽ちんだな、あっという間にこんなとこまで来ちまった」

「あぁ、馬は大変だろうがな」

「お馬の精霊さ喜んでるだで、お馬も楽しいんでねえかな」

「なるほど」


 以前世話になった竹林の寺を過ぎ、さらに進めば山寺をも越え、水沢村への分岐まで来ていた。三本杉と地蔵を目印にそこを進めば間もなく水沢となる。


「ほう、見張り櫓を立てたか」

「だ、ほんとだ」


 賊に襲われた経験を活かし、守りを固めたようである。間もなく見張り櫓の上から若い男が止まる様に指示を出した。


「だぁぁぁ! すずでねえか! おぉぉい! 皆ぁ、大変だ! すずが馬に乗って帰って来ただよ!」

「なにぃ!」

「おぉい、孫さん呼んで来い」


 大騒ぎである、大勢が集まればやがてすずの父親も駆けつけたところである。


「おとう! おら治っただ!」

「すず! 良かっただな。小平太様、なんて礼さ言えばいいんだか、ほんとにあんがとした。おら、ほんと言うとすずはもう帰ってこねえと思ってたんだ」

「だぁぁぁぁ! とんでもねえ!」


 どうやら、すずは帰らぬ人として諦めていたようだ。


「残毒は無事にすべて消えたから何も心配はいらない。ただ今後の事で少し話したい事がある」

「なんだで?」

「信濃の神社に縁があって、俺と共におすずもそこで働く事となった。故に父御を迎えに参ったのだ」

「だ? 信濃の神社? 迎えに来た?」


 父親は当然の反応を見せていた。


「んだ、おとうも一緒に来てほしいだよ」

「だ、だ、だ……おらも行くだか?」

「んだ、夏でも涼しいんだ、良い所だで」

「とんでもねえ……おら、今更水沢出て他でやっていく自信なんてねえだよ」

「社の保全に人を要するし、農作業がしたいのなら田畑の仕事も豊富だ。食うには困らぬぞ」

「皆良い人たちだで、此処と変わらねえだよ」

「だども……」


 父親が躊躇するのは当然である、生まれ育った環境を離れ見た事も行った事も無い土地で暮らせと突然言われたのだ。


「だどもなんで神社なんだ?」

「縁と言うものだ、意図せず運命が巡る事はある」

「んだ」

「だども神社で働くの何もすずでなくても良いんでねえのか?」

「おらだねえと駄目なんだ。あ、お琴様の饅頭は関係ねえだからな、運命だっただよ」

「……おこと様の饅頭って何の事だ?」

「だ……違う……なんでもねえ」


 中々埒が明かないが仕方がない。時折反れ行く話を小平太が戻してやれば、やがては父親が折れたようだ。


「んだか、なら仕方ねえ……行くだよ」

「だぁぁ!」

「良かったな」


 満面の笑みである。すずは幼馴染たちに声を掛ければ別れを告げていた。中にはあの時すずと一緒に屋敷の中で大笑いをしていた二人の娘も居た。


 その晩は長老の家に泊めてもらい、早朝に支度をしていれば、最低限の生活道具を手にした父親が馬へと荷物を積んでいた。


「使えそうなものがあったらみんなで使ってくれな」

「あんがとよ」

「はぁぁ……」

「孫さん、頑張れよ」

「んだな」


 間もなくしてすずを連れて墓所へと向かったのはいう間でもなく、家族の墓所である、花を添えれば少し時間を掛けてからそこを離れた。


「おとう、すまねえだな」

「良いんだ、すずが元気ならそれが一番だで」

「信濃は良い所だで驚くだよ、冬はわかんねえけど」


 二人を馬に乗せれば小平太は手綱をひいて走った。忍びの気配が濃くなれば、疲れ切った振りをして見せた。どのみち馬に乗った二人を見れば忍びの関心は低い、ならば一度も足止めを食らわずに美濃の地を脱したのであった。








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