鏡の守り人
湯屋を後にして鏡の社へと行き、警護の者に名乗れば程なくして千弦と、息子の道忠が門前まで出迎えに来た。
「遠路ご苦労であったな」
「お久しく御座います」
小平太が挨拶を交わす中、すずは千弦と道忠を交互に観察し、一人あたふたとしていた。
「どうした?」
「……、……千弦様も道忠様も精霊さ二つずつあるだで……なんだ?」
「おや、珍しいのかな?」
「おら、初めて見ただよ……なんだでな……」
「神々池を守る者、何かあるのかも知れぬな」
「んだか……」
社殿へと招かれれば、千弦の家族が姿を現し挨拶をした。千弦の父親で隠居した時貞とその妻であるふみ、千弦の妻である那津と道忠の妻の梅、それに千弦の娘、桔梗が此処に暮らしているようだ。小平太達も一人ずつ挨拶をすればすずは頭を傾げ考えていた。
「今度はどうした?」
「精霊さ二つあんのって男の人だけだで」
「左様か、何か理由でもあるのだろうか」
「何だでな」
「ところで千弦様、前もってこちらで世話になっている、こちらの兄妹と我々忍びを含めても十七名。大厄災に必要とされる人数に一人欠けましてございます」
「大事ない、心配せずとも揃う筈、では道忠よ剣を此処へ」
「はい」
倅の道忠が剣を手に戻れば、千弦はそれを手にし剣先を下げた。
「おすず殿、前と同じように此処に指先を」
「んだか」
左の掌に勾玉を握ると右手の指先を剣先へと触れたのであった。その瞬間、指先が光ると同時に剣が光を放ったのである。剣の模様が緑色に輝けば千弦の身体からは闘気に似た類の漲りが弾けた。
千弦はその衝撃に足を一歩後退させて身体を支えれば、その表情は紛れもなく驚いていた。
「予想を遥かに上回る力……これ程とは驚いたな……道忠、このまま剣を」
言われるがままに千弦から剣を受け取れば、その衝撃に膝が少し崩れていた。見ていれば剣からは絶えず衝撃波の様なものが出ているようだ。
「凄いな……おすずちゃんに、そんな能力があったのか……」
「あぁ、これは驚いた」
誇らしげな表情は仕方も無い、日々、里の武道場内では忍び達の凄まじい能力を見てきたのだ。しかし、今はその忍び達が一様に驚いているのだから、嬉しいのだろう。
「おら、凄いだか?」
「驚いたよ」
「皆にそんなに褒められると嬉しいだな。んだか、おら凄いだか」
「良かったな」
満面の笑みであった。
社の警護は今まで通り岡本の兵が受け持つらしく、小平太達は鍛錬に集中してよいとの事であった、どの山でも自由に使えるというから身体が錆びる事も無い。
「では朝夕のご挨拶だけはさせて頂きます」
「うむ」
社を出れば、そこに藤十郎とお琴が来ており、小平太達を迎えた所である。大集落の者から小平太達が来た事を聞いたのだろう。
「おすずちゃん!」
「小平太殿におすずちゃん、久しかったな! 楽しみに待って居たのだぞ」
「だぁ、お二人にやっと会えただよ。藤十郎様の精霊も強そうだで、お琴様のさきらきらが凄いだ」
「まぁ!」
「それにしても、完全に治ったようで良かったよ」
「だども大変だっただで、薬湯さ、おっかねえ程苦いんだ……あれさ毎日飲むの苦労しただよ」
忍び達が一人ずつ名乗れば藤十郎は頷き、その顔と名前を脳裏に刻んでいる様子である。全員が名乗り終えれば、湯屋の礼を言った。
「台所も今すぐにでも使えるようになっておるぞ」
「それは有難い」
「今日からおらが台所の長だで」
「え? おすずちゃんが?」
里の女衆はもう居ない、ならばすずが長と成り、忍び達が交代で手伝う事となったのである。すずはそれなりに知識を詰め込んできたし、経験もしてきたのだ。
「んだ、おら料理さいっぱい覚えただよ、山菜も採りにいけるし、下処理も出来るだよ、それに縫物だって出来んだ」
「まぁ! 凄い!」
「ほう、それは凄いな、急成長したのだな」
「んだ」
「良し、では湯屋の中を案内しよう」
「ん? 先ずは岡本様に挨拶を」
「その殿からの命だ、先ずは案内せよと言われて来たところだ」
木の香りが漂い、精神が落ち着く事は言うまでもない。造りは下野より豪華となるが間取りは湯屋と同様であったから使い勝手は良い。武道場と大広間を見た後。台所へと進めばすずは目を輝かせていた。
「道具も何も全部揃ってるだで……うわぁ、新品の竈だ……」
「有難い事だ」
「次はこっちへ、此処には温泉が無いからな、蒸し風呂となる」
「虫風呂……なんだでそれ……気持ち悪くねえだか?」
「いやいや、想像しているそっちの虫では無いぞ蒸すという意味だ」
「だ……」
台所の脇が風呂場となっていた、焚き場も室内だから厳冬の寒空で困る事も無い。冬が厳しい地域ならではの工夫である。蒸し風呂の入り方を教われば、皆は感心して聞いていた。
湯屋の案内が一通り終われば、藤十郎と小平太が話をしながら外へと出た。程なくして仙太の関心をきっかけに皆が其々に小声となり話を始めた。
「それにしても驚いたな」
「あぁ、まるで本人だったぞ」
「しかし、小平太様の反応は何もなかったな」
「そうね」
「何の話だでか?」
「あぁ、桔梗様だよ。死んだおきぬに瓜二つだったんだ」
「だ……それって小平太様が好いた、あのおきいぬさんだでか?」
「なんだ、おすずちゃん知っているのか」
「下野さ行ってすぐ、徳蔵さんに聞いたんだ。んだか、おきぬさんさ、とんでもねえ美しい人だったんだな、したら小平太様の言っていた運命の人って……」
「ん?」
間もなく小平太が戻った事で、その話は流れた。一同は荷車をそのままに屋敷へと向かったのである。
藤十郎が案内の元、前庭まで行けば小平太が一歩前に出る形で全員が並び片膝をついた。
「参られる」
藤十郎の言葉に一同が一斉に頭を下げれば間もなくして縁台に岡本彦左衛門が姿を現したところである。
「久しいな、小平太、それにすず。して大沢忍びの皆良くぞ参った遠路ご苦労」
「御厚意に与かり誠にあり難き事、我ら一同心より感謝申し上げます」
「うむ」
「我ら忍びが十五名、猟師が三名、薬師が一名、すずを合わせて二十名。それに先より世話になりし忍びが二名がこれに、全力で大厄災を治める所存にございます」
「皆、よろしく頼む。これは日の本ならず、この世の一大事だ。して、一つ提案があるが良いか?」
「ははっ」
彦左衛門は縁側に胡坐を掻いて座り笑顔を見せた。
「千弦様と話し合ったが、お主たちは誠優れし忍びと聞く、しかし社において精鋭の忍びが守りを固めていると噂がたてば不信を抱かれよう。よって、忍びではなく、鏡の守り人として迎え入れる事とした。良いかの?」
小平太達、大沢の忍びは鏡の守り人と名付けられた。確かに神社の警護職が忍びであっては穏やかな話も穏やかではなくなるのだから仕方も無い。
「承知致しました」
「本来であれば、大沢の忍びと名乗りたかろうが、此処は一つ頼む」
「我ら大沢の者はその名を心に刻んでございます、故に本日より仰せの通り鏡の守り人として活動をさせて頂く所存に」
彦左衛門は深く頷き、にっこり笑って見せた。
「して、すずよ、儂の精霊は如何なものかの?」
すずも少しは慣れたのか、以前のように慌てる事無く彦左衛門の問いを聞いていた。
「強そうだども、光がまた皆のと違うだで……まん丸のお月様みてえに優しくてでかいんだ……でございます」
「左様か、聞けば中々嬉しいものだな」
「いかにも」




