[1]
「それでね、護。あんたに車出してほしいのよ」
ああもうなんだってこの人は。リビングのテーブルの向かいの席でにっこりと笑った彼女に、護はげっそりした。
約一週間ぶりに会う叔母は、相変わらずだった。本当に相変わらずで、自由な思考をしていらっしゃった。
「車貸しますから、弥生さんが好きに乗ってどっかいっていいですよ」
その日、仕事が休みの叔母はいきなりうちにやってきた。叔母といっても4つしか年が離れていないため、基本的に叔母と呼ぶことはない彼女は新山 弥生。叔母というよりは姉に近い存在かもしれない。
性格は他者の追走を許さないレベルの、ゴーイングマイウェイ。一昨年長年の友人、……もとい悪友である新山 弘と結婚し一児の母親になったのだが、残念ながらその性格は変わっていない。
こうやって弥生が突如としてうちにくるのは、珍しいことでもなかった。もともと弥生は18歳までここで暮らしていたのだ、彼女にとってはこの家は実家のようなもの。
加えて蓮華と仲がいいということも強いだろう。弥生より一回り年下の蓮華は、彼女にとって可愛い妹分に位置しているらしい。蓮華も弥生をとてもよく慕っている。ちなみに今、その蓮華は家にいない。専門学校にいっている。
そんなだから仕事中、飲み物が切れて取りにいったらリビングに蓮華と話す弥生がいた、なんてことはざらだった。
まあそこは別にかまわない。かまわないのだが………。
「あんたが運転してよ。どうせ暇でしょ?」
「聞き捨てならないですね、『暇』とか。しかも『どうせ』とかつけやがったし。たしかに普段家にいますけど、もちろん仕事してますって」
「じゃあそれ、ちゃっちゃと終わらせちゃってよ」
「そんな簡単に終わるとでも……」
「あ、出かけるの来週の土曜予定だから、それまでに終わらせて時間空けてちょうだいね。ほら、近くにアウトレット出来たでしょ、あそこ蓮華ちゃんと行ってみたくて」
「いや、だから」
「なによ、あんたに拒否権なんかあると思ってんの? ないに決まってるでしょ」
「…………」
たまにこういう訳のわからないワガママを抜かすのは、本気で勘弁願いたい。正直絶句ものだ。なのに目の前の弥生はにっこり笑う。「わかったわね?」と念を押すように。
護は顔を顰め、腕を組む。弥生の勝手にあっさりと了承するのもなんだか納得いかない。
「……運転だけなら弘でもいいだろ…」
「やーよ。あいつも一応免許持ちだけど、大型バイクばっかり乗ってるでしょ? なーんか不安じゃない?」
たしかに。
弘は超がつくほど単車好きだ。ここ数年車に乗っているところを見たことがないほどの単車好きだ。けど。
「まあ、なんとかなるんじゃ? 車と単車で形は違えど、同じマニュアルなんだし」
「『なんとか』じゃ怖いじゃない。なんかあったら嫌だしー」
「じゃあ弥生さんが運転すればいいじゃないですか。車ちょくちょく乗ってますよね?」
「わたし、オートマ限定」
「嘘つけ!」
「男がぐちぐちとうるさいわねー。普段乗ってるからこそ、休みくらいは後部座席でゆっくりしたいって思って何が悪い!」
「それが本音か……」
「だいたい蓮華ちゃんも連れて行くのよ、事故ったりしたらどうすんのよっ」
勢いよく弥生がテーブルを叩いた。睨むような弥生の視線には、言葉が詰まり白旗を揚げるしかなかった。
まったくどうしてこうなのか。幼い頃から母親に女性には優しくしなさいといわれ続けていたせいか、もともとこういう押しの強いタイプが苦手なのか、それとも蓮華を引き合いに出されたせいか。なんだかんだと弥生には逆らえない節がある。だいたい逆らったところでグチグチといわれ、結局付き合わせられてしまうのが常だ。
護は大きく息を吐く。負けを認めたときの癖だった。
「わかりましたよ。とりあえずその日は開けておくようにします」
「さっすがわたしの甥っ子ね!」
「都合のいい時だけ甥っ子呼ばわりするんですよね、叔母さん」
おばさんいうな!まだ32歳!! と、人を頭を叩いた弥生は、嵐のような性格同様、用件は終わったとばかりに嵐のように去っていった。本当に相変わらずだ。相変わらず迷惑を押し付けてくる。
2度目の溜め息をつきつつ、護はのっそりと立ち上がる。ここのところ締め切り続きで忙しいというのに、なんとか都合を付けなければならないらしい。自室に引き上げた護は、そうそうにカレンダーと睨めっこをする羽目になった。
◇◇◇ ◆◆◆ ◇◇◇
二人揃っての夕食は、実に5日ぶりだった。平日の夜はお互いの仕事が遅くまではいっているため、一緒に取ることはまずない。こんな風に顔を合わせての夕食は、もはや土日のみのこととなっていた。
今日の献立は金目鯛の煮付けに肉じゃが、ナスの田楽にもやしとニラのナムル、それとなめこと豆腐のみそ汁と白米がついてきた。そのどれもが文句のつけようがないほどの味付けで、この舌にとても馴染んでいる。本当に美味いの一言で、それを日々食えることは幸せだと思う。
男は美味い飯と巧いセックスがあればまっすぐに家に帰る、といつだったか昔誰かがいっていたが、前者だけでも十分価値があると護は心底思う。まあ後者もあればあったでいいだろうが、やっぱり前者以上のものはない。
それにしても少し甘く煮付けられた金目鯛はよくご飯に合う。勝手に進む箸に、護はひたすら口を動かす。この肉じゃがも、味が染み込んでいてマジで美味い。薄切りの肉ではなく、角切りのを入れてあるところがまた好みだ。
噛み締めながら咀嚼していたら、ふと昼間のことを思い出した。そういえば弥生がきていたんだっけか。まさに嵐のごとくの騒がしさで。
ていうかあの人、蓮華の返事を聞いてからの行動だったんだろうか。と、思う。
よくよく考えてみれば、突然家にやってきて蓮華を借りていくパターンが多過ぎる。となれば今回のことも当日やってくる可能性がないわけではない。弥生の辞書に自由人なんて言葉はないに違いないのだから。
「なあ、蓮華」
「はい?」
箸を置いて蓮華を見れば、彼女は何回か瞬きした後首を傾げた。
「来週の土曜、弥生さんから何か聞いてるか?」
「来週の土曜日、ですか?」
うーん……、と蓮華が悩んでいるあたり、やっぱり弥生は話していなかったのかと脱力する。単に蓮華だけを連れ出す気ならそれでいいのだが、自分もつれてかれるとなると話が別だ。
あの叔母は、人に都合をつけさせた割には、蓮華の都合が付かなかった場合はすぐ後日に回す迷惑な癖がある。事実、人がわざわざ仕事の調整をしたというのに、「ごめん、来週またお願い〜」の一言で終わったことが数回あった。
本当に弥生は、げっそりするほどの自由人なのだ。
「……とりあえず来週の土曜、空けておいてくれ。弥生さんがお前を連れ出したいんだと」
「はい」
げんなりして小さく息を吐きつついえば、向かいに座った蓮華がこくりと頷いた。




