OTHER SIDE
その日はとくに、朝からとても気分が良かった。
朝、起きてからすぐ洗った顔は、むくみもクマもなくすっきりとしていた。それから時間を掛けて頭のてっぺんに作ったお団子は、とても上手くまとまった。さらにそのお団子が映えるようにと飾りにつけたシュシュは、眩しいくらいのパールホワイトの、光沢のある生地がポイントのお気に入りの一品。
リビングテーブルに用意された朝食は、大好物のクロワッサンだった。100パーセントのオレンジジュースも美味しかった。食べながら見ていたテレビの星占いでは、自分の星座である乙女座が1位だった。
学校でだって問題はなかった。宿題は完璧にこなしていたし、授業で当てられたところだってばっちり答えられた。「さすがだな、美空」って先生に褒めてもらえた。
お昼に食べたママお手製のお弁当は珍しくキャラ弁で、可愛くて美味しかった。一緒に食べてた友人たちが羨ましがっていた。ちょっと気分が良かった。
学校が終われば、待ちに待った塾の時間。今日も数学と英語の2科目がある。数学はどうでも良かったが、英語はめちゃくちゃ気合いを入れた。滅多にしない予習も復習もした。2日ぶりの護の授業はやっぱり分かりやすくて、みんな一生懸命にノートをとっていた。
そんな1時間半の授業が終わるのは早くて、あっという間に休憩時間になった。そそくさと出て行こうとする護を引き止めて、時間ギリギリまでおしゃべりをした。他愛のないことばかりだったけれど、すごく幸せだった。その気持ちのまま、家路についた。
帰ってからは夕飯を食べて、お風呂に入って、それから少しだけ勉強をして。なんとなく小腹が空いたので、コンビニにいくことにした。新商品のお菓子が出ていて、それがまた好みな感じだったのでもちろん買った。
美味しいといいなあ、なんて考えながら帰ろうとした時、その日の最後の幸せがやってきた。
向かいの通りから護が歩いてくるのが見えた。もう絶対運命なんじゃないかと、心が躍った。会えた嬉しさを笑顔に乗せて、迷わず護の許に駆け寄った。
けれどそこではじめて、護が女の子をつれていることに気がついた。その上二人が手を繋いでいることも気づいてしまった。心が燃えたぎるような気がした。
護がつれていた女の子は、自分とそう年が変わらないような子だった。もしかしたら少し下くらいかもしれない。思わずじろじろと魅入ってしまった。
どうやら彼女は純粋な日本人ではないようだった。印象的な左右色の違う瞳に、少し癖のあるようなアッシュブロンド。肌は黄色人種特有の黄色かかった色ではなく、欧米人特有の抜けるような白。けれど顔立ちはこちらよりで彫りが深くなく、けれどものすごく愛らしく整っている。そうそうお目にかかれないほどの美少女で、それ故に思うことがある。彼女の容姿は護の妹というのは無理があり過ぎる、ということ。
じゃあ、彼女は一体誰?
一瑠の心がさらに燃え上がる。これは焼け焦がすほどの嫉妬の炎だ。
ねえ、護せんせー。この人はあなたの———。
「まさか恋人ですかぁ?」
違いますよね。祈り込めてそう一瑠は護に聞いた。内心はもう嫉妬と怯えでとんでもないことになっていたが、意地でもそれを表には出したくなかった。
無理矢理張り付けたこの笑顔、さあどうなる?
「まあ恋人じゃねえなあ」
勝った。と思った。一瑠の笑顔は作り物から本物になった。やっぱり神様は自分の味方だ。堪らない優越感に一瑠は護のとなりに立つ少女を見る。
一目見た時から、この少女は護がきっと好きなのだろうということは察していた。遠慮がちに護を見る少女の視線とか、いまだに手を離さないところとか。もしかしたら一瑠への無意識の牽制なのかもしれない。
でも護は違うのだといった。恋人では、彼女ではないと———。
「———でもこいつ、俺の嫁さんだ」
「えっ?」
世界が、時間が止まったかのように思えた。地面が抜けるような衝撃に、思考が真っ白になる。
嫁さんって何、嫁さんって。お嫁さんってこと? 奥さんってこと?
ねえ、嘘でしょう?
「せんせー、結婚、してたの……?」
震える声で聞けば、護はあっさりと肯定した。しかも護は少し照れたように笑っていった。それがどれほど一瑠の心を引き千切ったかなど知らずに。
それでもまだ信じられない一瑠は、視線を護の左手に走らせる。その薬指に。
「だって、指輪は……」
やっぱり、その指にはリングはなかった。嫁さんだと紹介された彼女の左手も確認したが、護同様指輪ははめていなかったし、はめていた痕もなかった。護も指輪はしていないといったが、やっぱりどこか信じられなかった。護と彼女が夫婦など、信じたくなかった。
不意に彼女と目が合った。彼女は勝ち誇ったような目をしていたわけでもなく、むしろ少し怯えたような目をしていた。なんでそんな目でこちらを見てくるのか。護という人間を先に手にいれたくせに、手に入れられなかった自分に対するある種の当てつけか。
なんだか虚しさで、まっすぐ前を向いていられなくなった。こんなにも泣きたいのに、けれどここで泣けば負けだと思えば、絶対に泣くものかと両手で拳を作って耐えた。行き場のない強い気持ちが身体を無意識に振るわせた。
そろそろ帰るという護の言葉に、あまり顔を上げられないままに答えた。視界の片隅に、護が握った彼女の手に力を込める仕草と、次いでゆるりと引っ張る様子。そして彼女が挨拶代わりにお辞儀をしてきた。
忌々しい。素直にそう思った。
なんであなたなの。なんでなんで、あなたたの。
あたしだって好きなのに。好きになっちゃったのに、どうしてなんで。
そんなに可愛い顔をしているんだから、引く手だって数多でしょう?
護せんせーじゃなくたって、いいじゃない。
真っ黒い思考ばかりに、一瑠は下唇を噛み締める。
幸せと不幸せは背中合わせ。運命の逆転は世の習いに、とでもいうのか。冗談じゃない。本当に冗談じゃない。




