第八話
——あれから、どのくらい時間が経ったんだろう。酸欠のせいで、時の感覚すらも曖昧な気がする。これだけ、怪異に絞め上げられているのに、意識が朦朧とするだけで一向に死の予感がない。
「……まだ、シんデなイ?」
怪異も予想外だったようで、少し驚きの混じった声色だ。
——私にも、分からないよ。なんで死なないのかなんて。
幼い頃から、そうだった。軽い傷は瞬きの間に治り、どんなに殴られようが、蹴られようが痛むだけで、致命傷にはならない。……もう、いっそのこと楽になりたかったのに。
「……っ」
状況が絶望的なせいで、思考が変な方向にいく。……ダメだ。こんなところで、死んじゃダメだ。まだ、私は遺品を"帰せて"いない。それに、友達も私の帰りを待っているはずだから。ぐっと刀を強く握り、怪異の触手を斬り捨てる。
「ギッ……!?」
——さっき、核を狙ったのに全く手応えが無かった。……核が違う場所にあるのだろうか。いや、だとしてもおかしい。それなら【斬波】で、身体の大部分を斬った時に消滅しているはず。
怪異から距離を取りつつ、思考する。……本当は能力を使って、【透視】した方が一番手っ取り早い。でも、それを使う時の負荷が計り知れない。もし、怪異の前で倒れでもしたら、それこそ一巻の終わりだ。それなら……と、私は踵を返して、教室の引き戸に手を伸ばす。
「マ、って」
怪異がすかさず触手を伸ばしてくる。軽く身体を逸らして、回避した後そのまま引き戸を開け放って、廊下を駆ける。……恐らくアレは、本体じゃない。いくら怪異といっても、あんなに攻撃を受けてもなお、無限に再生するわけない。とすれば、アレは分身のようなものと考えたほうが良い。
——ヌチャヌチャ
背後から音が迫る。どうやら追ってきたようだ。……本体を探す前に、やられては元も子もない。私は階段を駆け上がりながら、刀を構える。
「【斬波】」
踊り場に着いた瞬間、振り返りざまに衝撃波を放つ。
——グチャッ!
ゲルが壁に激突するような、気色の悪い音を立てながら、怪異は階段から落ちる。
「邪魔しないで」
刀を鞘に納め、そう吐き捨てると、私は再び階段を登る。……確信はない。でも、この上から異様な気配がする。この違和感が本当なら、きっとこの上に……。
階段を一気に駆け上がると、そこには扉が1つだけあった。ここが現世の学校と同じ作りなら、屋上があるはず。そう考えながら、ドアノブに手をかける。
——キィィ……
少し、耳障りな音を立てながら扉が開く。
——まず目に飛び込んできたのは、黒だった。廊下の窓から見えた、あの黒に塗りつぶされた空間。光が一筋も差し込まないせいで、前が全く見えない。
——グチャリ
……でも空間の奥から響く音が、そこに私以外の何かがいることを知らせていた。……さっきの分身とは比べ物にならないくらい、濃い異臭と気配。——この奥に本体がいる。本能的に分かった。
「……懐中電灯とか持ってきたら良かったな」
思わずそんな言葉が漏れる。まさかここまで暗い空間だったとは思いもしなかった。……でも、ここまで来たんだ。そんな理由で諦めたくない。……もう頭の痛みも、息苦しさもない。今なら使える。
——一度刀から手を離し、深呼吸して目を閉じる。
『アクセス開始。検索対象:怪異の核』
頭の中でそう呟き、目を開ける。……一本の光の筋が、地面を走っていく。そのまま、”何か”の上をなぞって、とある一点と繋がる。光に照らされて、不気味に鼓動する怪異の核。……あそこだ。核の位置を確認すると、今度は刀を握る手に力を込め、私の霊力を少しずつ刀に流し込む。——刃が僅かに紅く光り始めた。そのまま、構えの姿勢をとる。
——ダッ
渾身の力を込めて地面を蹴り、一直線にその光を目指す。
「グロロ……!」
途中、何かの鳴き声のようなものが聞こえると同時に、刀の光が黒光りする触手に反射する。……一本一本丁寧に捌く余裕はない。まとめて斬り飛ばす……!そのまま空中で刀を振ると同時に【斬波】を発動する。ぐしゃっという音とともに、触手が吹っ飛んだ。
前を見据えると、もうすぐそこに光が見えた。
「いや、ダ。いヤダァァァ……!」
そんな声が響く。……私だって、本当は刃を向けたくはない。怪異だって、私たちと同じ、生き物だ。でも、ここで止めなければ”あの子”みたいに普通の人生を奪われる人が増えるかもしれない。それは、絶対にダメだ。
「……もう、終わりにしよう。」
——ガッ
硬い感触がした。——刃が核に刺さりかけている。確実に貫けるよう、更に腕に力を込める。
——バキンッ
刹那、ガラスが割れるような音と共に硬かった感触が無くなる。能力で見えていた光も消えた。
同時に、さっきまでの異臭や気配も薄れ始めた。ホッと息をついた束の間……。
「痛っ」
能力を長く使いすぎたせいか、頭が茹るように熱くなり始めた。思わずその場に倒れこむ。すると……。
——ピキピキッ
目の前の空間にヒビが入り始めた。……異界の”主”が消滅したことで、異界が消え始めているんだ。ぼんやりした頭でそう思った。
——パリンッ……!
ヒビが大きく広がると、そこから世界が”割れ”始めた。割れた部分からは、私がいた山の中が見える。
……良かった。私、ちゃんと任務、終わらせられたんだ。
そう思った途端、身体に浮遊感が走る。景色が反転する。異界が崩れるとともに、私の身体も重力に従って落ちていった。




