第七話
——ガタリ
ふと教室の外から音がした。一気に意識が覚醒する。さすがに確認しに行く勇気はないので、そっと机の影に身を隠しながら、耳を澄ませる。……一瞬だったから、合っているかは分からないけど、多分、聞こえた方向的に階段の方で何かが動いたんだと思う。
——ペタ……ペタ……。
今度は足音のようなものが聞こえた。しかも、かなり距離が近い。……もしかして、ここに近づいてきてる?だとしたらかなりまずい。まだ頭の痛みは治まっていない。こんな状態で刀を使うのはいくらなんでも無茶が過ぎる。どうすれば……。
——ガタン
ふと、身体が何かにぶつかる。慌ててそちらを見やると、掃除用具入れがあった。……この中になら隠れられるかもしれない。
——ペタ……ペタ……。
足音がもうすぐそこまで来ている。……躊躇っている暇はない。急いで、掃除用具入れの扉を開けて中に飛び込む。少し埃っぽいが、思ったよりも狭くはなかった。そのまま、リュックと学生カバンをしっかりと抱えると、掃除用具入れの扉を閉める。
——ガタガタッ
閉めた直後、教室の引き戸の方から音が聞こえた。……何かが入ってこようとしている?
——バンッ
乱暴に引き戸を開ける音がする。……人、だろうか?それとも……。
——ギシ
"何か"が教室の奥へ進むたびに、床が軋む。
「ど、こ?」
「……っ!?」
か細い子供のような声が教室の中に響く。私と同じように迷い込んだ子が居たのだろうか……いや、おかしい。私のように、武器を持っているならまだしも、なんの抵抗手段も持ち合わせていない普通の子供が生きていられるような場所じゃない。分かっているのに……淡い期待を抱いて、私は扉の穴越しに外を覗いてしまった。
「かくれ、テル?」
——見えたのは、子供なんかじゃなく。……全身が真っ黒で、ぬらぬらと黒光りする触手に覆われた醜悪な化け物だった。かろうじて人型であることは分かるけど、人にしては異様に背が高い。
「あ、あ……」
——こんなの見たことない。これが……怪異なの?蓮兄は、こんなものと戦ってるの……?
——ヌチャリ、ヌチャリ
「でテ、おイデ?」
「わかっテるよ、こコニいるこト」
触手が辺りを探るようにウネウネと蠢いている。……よく見ると、ところどころに赤黒いものがついている。……もしかして、犠牲者の血、だろうか。まだ乾ききっていないようにも見える。
——赤黒く、生温かい水たまり。そこに浮かぶ布。
山の中で見た景色がフラッシュバックする。……ああ。私がここでグズグズしている間に、また……。
目の前がスゥ……と暗くなる。……助け、られなかった。私の判断ミスのせいで……。
——ガタンッ
机が倒れるような、大きな物音でふと意識が戻る。外を見ると、さっきの怪異がかなり近くまで来ていた。……このままじゃ、間違いなくここもバレる……!でも、逃げる場所はもう他には。
——バンッ
「ひゃっ!?」
掃除用具入れの扉に大きく衝撃が走る。——怪異が扉を開けようとしている。
「みーツ、けた」
——バタン
扉が大きく開かれる。同時に、耐えがたいほどの異臭がした。……鉄が錆びたような匂いを、もっと濃くした感じ。間違いない、血の匂いだ。
咄嗟に刀に手をやろうとした瞬間。
「だメ、ダよ?」
触手に、手を掴まれる。……力が強い。掴まれた部分が、じくりと痛む。
「痛っ!」
そのまま、掃除用具入れから引きずり出される。ズルズルと床を引きずられて、膝が痛い……。
——バンッ
勢い良く、壁際に放られる。背中を強く打った痛みに、顔が歪む。
「いたイ、の?」
怪異が顔を覗き込んでくる。さっきの異臭がさらに強く感じた。思わず顔を背けたくなったが、ぐっと堪える。……目を逸らしたらダメだ。相手は人を食う化け物なんだから。
気を強くもって、再び刀に手をかける。怪異もそれに気づいたのか、触手を一気に伸ばしてくる。
——ドカンッ
「あ、レ?」
「同じようにやられはしないよ。」
——今回はしっかり回避した。攻撃を加えるなら今しかない。腰に下げていた二振りのうち、赤い刀を抜く。
——ダッ
強く踏み込み、怪異に斬りかかる。怪異も攻撃が間に合わないと考えたのか、咄嗟に触手で身を庇おうとする。私は躊躇わず、刃を振る。
「斬波!」
——刹那、刀が紅い光を放つ。光はそのまま、怪異の触手を切り裂き、身体を大きく抉る。
「ギャァァァ!」
さっきまでの子供のような声とは、正反対の野太い獣のような悲鳴をあげる。……どうやら、声は模倣していたらしい。正直、少し気が楽になった。怪異とは言え、子供の悲鳴を聞きながら戦うのは気が重かったから。刀をしっかりと握り直し、畳み掛ける。
「や、メて……」
取り繕うように、子供の声で命乞いをする怪異。……一瞬躊躇いそうになったが、何とか刃を構える。
「……貴方は、そうやって命乞いをした人達を何人も殺したんでしょう。もうこれ以上、好き勝手にはさせないから。」
——刃が怪異の身体を貫く。私が狙ったのは、右胸の辺り。蓮兄がいつかに言っていた怪異の"核"があるという場所だ。……でも。
「何、これ。手応えが、ない?」
まるで、豆腐を切っているようにすんなりと刃が刺さっている。……おかしい、怪異の核は非常に固いはずなのに。咄嗟に距離を取ろうとしたが、何故か刃が抜けない……!
「つか、マえた」
少し嬉しそうな声を上げる。そのまま、身体を強く絡め取られる。
「……っあ」
「だい、ジょうブ。すぐラクに、なる」
ギリギリと身体を絞め上げられる。……苦しい。少しずつ、視界が狭まっていく。あまりの力の強さに、骨が軋むような音がする。……このまま、死ぬのかな。酸欠でぼぅ……とした頭に、ふとそんな考えが過ぎった。




