第六話
——頭がジクジクと痛い。もしかして、怪我したのかな。
あれ、そういえば私、さっきまで……。
「……っ!?」
咄嗟に目を見開く。そうだ、さっき私は後ろから……。慌てて周りを見回すと、見覚えのない景色が目に飛び込んできた。木でできた床と、一定間隔に並んだ引き戸。その上にはプレートがつけられている。私に一番近いところのそれには、「2—A」と書かれていた。ふと反対側に振り返ってみると、木造の階段があった。
——学校?
今、目の前に広がっている景色は、森でも地面でもなく、木造の学校の校舎そのものだった。私の学校にある「旧校舎」と作りがよく似ている。ただ違う点があるとすれば……。
——普通は空が見えるはずなのに、窓の外が黒で塗りつぶされたように全く何も見えないということだ。
「これ、間違いなくおかしい、よね?」
私は確かに山の中にいたはず。旧校舎のような建物を見た記憶も、ましてやそのような場所に入った記憶もない。それに、この建物自体は実際にありそうだけど、その外には黒以外の何もない。つまり、ここは……。
「異界、か。」
正直認めたくはないけど、こんな状況に置かれている以上、そうとしか考えられない。私は今——怪異の"狩場"に居るんだ。
「あ、そういえば頭の痛みは引いてきたけど、怪我してないかな……。」
ふと心配になって、痛かった箇所を恐る恐る触ってみる。……幸い、血は出ていないし、傷跡のようなものも特になかった。ほっと息をついたあと、改めて周りの景色を観察してみる。教室と思われる部屋が大体4、5個あって、その向かいにはロッカーらしきものも見える。……後で中を確認してみようかな。もしかしたら、ここに連れてこられた人達の物とか入ってるかも。
次に階段の方に目をやる。木造の古そうな階段だが、埃をかぶってはいないようだ。……頻繁に"何か"が行き来してるのかも。階段は上下の階段の中央に踊り場が見える。……ふと、踊り場の壁が光っているように見えた。よく見てみると、どうやら鏡がついていたようだ。
「改めて見ると、やっぱり建物自体は普通の学校と変わりないな。」
まぁ、ここでしゃがみ込んでいても仕方ない。まずは近くの教室に入ってみよう。さっき見た「2—A」の引き戸に近づいてみると、引き戸に小窓がついていたので、そこから中の様子を確認してみる。
——机が後ろに下げられていて、その後ろには黒板がある。反対側を見てみると、教室の後ろにあったのよりも一回り大きい黒板が見えた。特に文字は書かれてなかったけど、いくつかポスターのようなものが貼られているように見える。一先ず、怪異らしき存在がいないことを確認して、引き戸を開ける。
——ガラガラ
音を立てて扉が横に滑る。教室に一歩足を踏み入れると、これまたミシッと床が軋む。……床、抜けたりしないよね?そんな一抹の不安を感じながら、教室に入る。
さっきは気づかなかったけど、教室の中にもロッカーがある。その端には細長い掃除用具入れ。……まずはロッカーから見てみよう。そう思って一番近いところにあったロッカーの取っ手に手をかけると……。
「あれ?」
——ガチャガチャ
鍵がかかっているようで開かない。仕方ないので、その隣のロッカーに近づく。
——カチャリ
こっちは拍子抜けするぐらいすんなりと開いた。そっと中を確認してみると、中に学生が持っているようなカバンが入っていた。……もしかして、あの行方不明だった女の子のものだろうか。他人の荷物を勝手に触るのは良くないと少し引け目を感じつつ、ロッカーから取り出してカバンのチャックを開ける。
——まず出てきたのは、教科書と筆箱だった。教科書は至って普通のもので、筆箱も女の子が使っているような可愛らしいデザインのものだった。さらに探ってみると……。
「あ!」
定期券入れと思われるもののなかに、学生証が入っていた。名前を確認すると……。
「黒布、氷歌……」
——今日未明、行方不明になっていた黒布氷歌さん(16)が桐谷市の山中で遺体となって発見されました。警察は……。
「やっぱり、この子——怪異に攫われたんだ……」
名前の横には、黒髪の少女の写真があった。学生証に載る写真だから、表情は固いけど、その黒い瞳には溢れんばかりの希望がこもっていた。……あんなことが無ければ、きっと今も学校に通って、友達と話したり授業を受けたりしていたんだろう。そう考えると、胸が締め付けられるような心地がした。
「……ごめんね。怖かったよね。」
——このカバンだけでも持ち帰ろう。行方不明事件との関係を示す証拠だし、何より……。この子が居た証を、家族のもとに帰してあげないと。
そう決意して、カバンを肩にかける。……もしかしたら、他にもあるかもしれない。そう思って、他のロッカーを確認する。
——開かないものがほとんどだったけど、それでも沢山のものが見つかった。キャラクターがついているヘアピン、会社員の人が使っていそうな黒い手帳、少し裂かれたコート……。細々としたものから、コートのような大きなものまで色々あって、あっという間に両手では持てない量になった。……でも、全部持って帰りたい。たとえ持ち主がいなくても、きっとその家族や友人は、その人が居たという証を必要としているはずだから。
しばらく思案した後、再び能力を使うことにした。……さすがにこの遺品全てを収容するための空間を一から作る、なんてことは難しいけど、私が持ってきたリュックの容量を拡張することならできるはず。
——目を閉じて、意識を集中する。そのまま、リュックにそっと触れる。
『データ閲覧:【収容可能量】』
目を開くと、そこには無数の文字が流れている。
——ズキッ
少し、頭が痛い。このまま、情報を見続けるのは少しキツい。慎重に目当ての情報を探す。
「……あった。」
『収容量:【15L】』
その文字に触れて、少し力を込める。すると、数字が揺らぎ始めた。
「……大体、25Lぐらいかな?」
【15】の文字を消し、【25】に変える。その瞬間……。
——ズキズキッ
「っあ……!」
頭が痛い。ジワジワと頭の中が煮え立つように、痛い。急いで情報を確定させて、能力を解除する。
——まだ頭が熱を持ってる。……やっぱりまだ制御しきれないみたい。見たいのとは関係ない情報まで流れ込んでくるせいで、いつも長く保てない。
「ちょっと、休んでから動こう。」
そう考え、休憩がてらリュックに遺品達を詰め込んでいく。……見た目は変わってないけど、さっきよりも遥かに余裕がありそうだ。ちゃんと上手くいったみたい。そのまま、全ての遺品を入れて、チャックを閉める。少し触ってみたけど、まだまだ入りそう。これなら、まだ持って帰れるかもしれない。リュックに頼もしさを感じながら、地面に腰を下ろす。……静かだ。山の中と同じように、生き物の気配もない。でも、今の私にとってはその静寂は少しありがたかった。……本当はすぐにでも、ここを出るべきなんだろうけど、この状態じゃ戦闘もままならない。少し休んでから、他の教室も見てみよう。そう思った。




