第五話
電車から降りると、そのまま階段を降りて改札口に向かう。……桐谷って、割と住宅街の中にあるのに駅自体はそこまで大きくないんだよね。ふと駅構内を見ながらそんなことを思った。
「……え」
思わずそんな声が漏れた。……最初にも言ったが、ここ桐谷市は住宅街。本来は夜以外なら人の往来が多いはずなのに……今は全くと言っていいほど、人の気配がない。それどころか、話し声すらもない。
「おや。お一人ですか?」
急に人の声がして、反射的にそちらを見ると……。
「珍しいですね。ここ最近、お一人でこの駅を利用される方は少ないんですよ。」
駅の窓口から、人当たりのいい笑顔を浮かべた老年の男性がこちらを見ていた。
「こんにちは。ここの駅の方ですか?」
「ええ、そうです。」
「そうでしたか。……あの、1つお聞きしてもよろしいでしょうか。」
「はい。」
一拍置いて、思い切って尋ねてみる。……この人の少なさだ。今のうちに情報は集めておかなければ。
「……何だか人が少ないように感じるのですが、一体何があったんでしょうか。」
「……ああ。」
男性は少し驚いた顔をした後、すぐに苦笑に近い表情をしながら「……この前起きた事件、ご存知ですか?」と尋ねてきた。
「事件?……ひょっとして行方不明の方が発見されたことですか?」
「そうです。今も警察の方が捜査してくれているのですが……住民の方々は不安なようで」
「なるほど……」
どうやら、ご遺体が発見されたことをきっかけに住民の方々の警戒心が強まっているらしい。……まぁ、自分の住んでいる地域で遺体が発見された、なんて言われたら私でもそうするだろうし特に違和感はない。ただ……。
「外出を控えるのは分かるのですが……静かすぎませんか?」
「……やはり気になりますか?」
「はい。私も何度かここに来たことがあるので。」
——今よりもずっと幼い頃だったから記憶もおぼろげだけど、とても賑やかな街だったと思う。少なくともこんな風に、何かに怯えたような静けさに包まれた場所じゃなかった。
男性は少し迷うように視線を泳がせた後、小声で言った。
「……あくまで噂ですが、今回の事件に”怪異”が関係してるのではないかと言われてましてね。」
「"怪異"……ですか。」
「ええ。ここの地域には昔から”神隠し”の噂がありまして……昔は神様の悪戯だと言われていましたが、現在は怪異の仕業ではないかと言われていまして。」
「なるほど……」
”神隠し”の噂があるということは、人が行方不明になる事例が過去にもあったということ。もちろん、本当に神様がやったっていうのも、この世界ではあり得る。でも、それはあまりにも珍しいこと。まぁ、怪異の仕業と考えるのが妥当だろう。
「まぁ、とにかくそういうことですから。日が沈んだ後の外出は控えることをお勧めしますよ。」
「……分かりました。ありがとうございます。」
「ええ。お気を付けて。」
男性に見送られながら、駅を後にする。……男性の言う噂が本当なら、恐らく被害者の女の子もその”神隠し”に遭ったんだろう。そして、あくまで私の予想だが、恐らく今回の怪異は異界を作って、そこに人を引きずり込むタイプだ。……これは、少し用心した方がいいかもしれない。
「……うん。ここまで情報があれば十分なはず。あとは……怪異がどこにいるか、だね。」
街の様子を見てみたが、やはり人は居ない。この様子だと、さっきの男性以外から話は聞けないだろう。なら、あとは自分の足で情報を集めるしかない。まずは……氷歌さんが発見された山に行ってみよう。
「……静かだな。」
さっきは気付かなかったけど、人の声はおろか、鳥や虫の声すら聞こえない。ここまで奥に来てもだ。気味が悪いけど、ここまで生き物が姿を隠しているのは、きっと彼らが危機感を持つほどの何かが起きているということ。……どうやら、ここがアタリだったようだ。
「何か痕跡が残ってるといいんだけど……」
一度立ち止まって、地面や木を観察してみる。……特に地面に足跡のようなものは残っていない。木に傷跡もない。今度はざっと森の様子を見てみる。……生き物の声や気配がしないこと以外、特に気になるところは見当たらない。
「やっぱりそんなすぐには見つからないか……」
政府からの情報が少ない時点で予想してはいたけど、それにしても全くと言っていいほど異常が見当たらない。……やっぱり普通に探すだけじゃ厳しいか。
「……はぁ。躊躇ってても仕方ないか。」
これ以上五感を頼っても、得られるものはなさそうだ。なら、もう遠慮せずに”能力”を使おう。……あんまり多用すると、頭が痛くなるから使いたくないんだけどな。
——深呼吸して目を閉じ、意識を集中する。
『アクセス開始。検索対象:怪異の生体反応及び霊力反応』
——能力を発動したまま、目を開く。景色は僅かに色褪せ、一本の細長くて青白い光の筋が森の奥へと続いている。……霊力の反応は辛うじて残っていたみたいだ。そのままそちらの方向へと歩みを進める。線は途切れず、ずっと奥まで続いている。慎重に周りの景色を見ながら進む。よく見ると、所々線と同じ色の光が付着している木がある。特に傷跡は見当たらないけど、恐らくこの近くで怪異が”異界”を開いたんだろう。
更に奥に行くと、少しずつ光の数が増えてくる。……そろそろ入口が見つかるかもしれない。そんなことを考えながら、歩いていると……。
——グチャ。
不意に足元がぬかるむ。驚いて見ると、そこには……。
てらてらと光を反射して、赤黒く染まった地面と、小さな布の切れ端があった。……布にもまた同じように赤黒い染みがついていて、まだ乾いていないように思える。
「……っ」
ふとめまいがした。……妙に足元が生温かい。これは、これは……人の血、なのだろうか。そう思った瞬間、猛烈な吐き気に襲われた。私以外にもここに来た人がいて、その人が襲われたのかな……?まだ温かいってことは、ついさっき?私は、間に合わなかった?
ぐるぐると考えが頭の中を回る。まとまらない。生々しいその感覚に気をとられていたのか。
——ダダッ。
すぐ後ろまで迫っていたそれに気づけなかった。……不意に頭に痛みが走る。殴られたのだろうか、分からない。
混乱したまま、視界がどんどん暗くなっていった。




