第十一話
玄関の前まで、蓮兄と一緒に進む。……持ち主を失った物達は、彼が持っている。
その様子を見て、何とも言えない感傷に浸ってしまいそうになった時——
「どうしたんだよ、ぼーっとして。」
蓮兄が可笑しそうにこちらを見た。その表情を見ると、ふっとそんな想いは何処かに消えていった。
「ううん。なんでもない。」
「そうか?ならいいけど……」
さっきの感情を誤魔化すように、蓮兄に背を向けてそっとドアの持ち手に手をかける。
「……忘れ物はないよね?」
「ああ。大丈夫だよ。」
その返事を聞いた後、ドアを開ける。昼の日差しが真っ直ぐ私に向けて差し込む。
少し暑い初夏の陽気を感じて、ふっと気持ちも落ち着いてきた。
「結構日差しが強いな……日傘とか差したほうがいいんじゃないか?」
眩しいのか、目を細めてそう呟く蓮兄。
そういえば、日焼け止めも塗らずに出てきてしまったけど大丈夫かな……。いや、それよりも……
「……暑くないの?」
「ん?」
「蓮兄の恰好、結構暗い色だし熱こもりそうだよ?」
「……マナ、今それ言う?」
「ご、ごめん」
呆れ半分でこちらを見るその表情が、あまりにも可笑しくてつい笑ってしまう。
そんな私の様子に「まったく……」なんて拗ねたような顔をしている。
「まぁでも、そんだけ笑えてるなら十分か。」
急な声色の変わりように驚いて彼の方を見ると……
いつもの気だるげな雰囲気は無くなり、ただただ優しい眼差しでこちらを見つめていた。
そんな彼に見つめられていると、妙に気恥ずかしくて。でも、恥ずかしがってるのを知られたくなくて自然と歩みを早めてしまう。
「……急にそういう表情をするのやめて」
「あらら。怒られちゃったか」
かと思えば、またいつもみたいに軽口を叩いておどけた表情を浮かべる。……こんな調子だから、蓮兄が何を考えているのか、本当に分からない。
——それからしばらく歩いた後。
ふと目の前に白い建物が見えてきた。都会のマンションと比べたらそれほど大きくはないけれど、たくさんの人が行き来している。
往来の中には、スーツをきっちり着こなして人もいれば、ラフなパーカーを着た人もいて相変わらずの賑やかさだ。
……一見商業施設にも見えるけれど、実際は違う。ここは、政府の支部。そんな気軽に立ち寄れる場所ではない。
そのはずなんだけど。
「なーんかいつもより混んでんな」
「そう、だね……」
慌ただしい様子に、ただならぬものを感じたのか、少し表情が固くなる。
確かに政府の支部ではあるから、細々とした申請といったことも行われる。でも、偶然申請したいことのある人が殺到したというのでは納得できないくらい多い。
「蓮兄、なんか大掛かりなお仕事とか来てたりする?」
「いや、俺は特に受けてないな。」
蓮兄が知らないということは、何か政府側の事情なのかな。
曖昧な不安を抱きつつ、建物の中に入る。中は、外の暑さのためかクーラーがよく効いている。
さっきの初夏の強い日差しですっかり火照った身体が一気に冷やされる。
「さて、と。んじゃ、パパっと終わらせますかね。」
さっきの喧騒が気になりつつも、ひとまず蓮兄の言葉に頷く。
……いつもなら窓口で終わらせられるけれど、今回の件は少しナイーブなもの。なのでさすがに、大っぴらに申し出るのは難しい。
ということで。
「おっさんに頼むか~」
蓮兄が面倒そうにそう言った。”おっさん”というのは、私と蓮兄が何かと世話になっている人のことだ。厳密には政府の独立組織に所属している人だけど、何かと連携して動くことも多いのでこういう支部にも普通に居る。
早速、その人がいるであろう部署の近くに行くと、
「お前ら、何してんだ」
そんな呆れた声が前から聞こえてくる。声のする方に立っているのは、少しくたびれた紺のスーツに身を包んだ男性。
「よっ。相っ変わらずスーツが似合わねぇな。」
「うっせ。お前に言われたかねぇよ」
蓮兄が笑い交じりに軽くからかうと、少しだけ面倒そうにそう返す。
「……いつもすみません。小鳥遊さん」
あんまりにも申し訳なくて、思わず頭を下げる。
「気にすんな。もう慣れてる」
ふっと息を吐きながら、そう返す小鳥遊さん。この人が、蓮兄がさっき”おっさん”と呼んでいた人だ。普段は、独立組織の方とここを行き来しながら仕事をしている。そして、その組織の主なお仕事が。
「んで、お前の持ってるそれが”例の”被害者の遺品か?」
——怪異の討伐、及びその後処理だ。私は今回が初めての討伐任務だったから、小鳥遊さんのお世話になるのもこれが初めて。
どっちかというと、蓮兄の方が関わる機会は多いと思う。……まぁだからこそこんなに軽口を叩けるんだろうね。
「そ。マナが頑張って集めてくれたんだよ」
「そうか。……怪我とかは?してないか?」
「あーまぁ……そこまで大きなけがは……」
心配をかけたくないので、取り敢えずそう返す。
小鳥遊さんはしばらく怪訝そうな顔をしていたけど、やがてさっきのちょっと渋い表情に戻った。
「んじゃ、それ持って付いて来い。」
「あいよ。……行こっか、マナ」
「う、うん。」
小鳥遊さんに置いて行かれないように急いで付いて行く。
「ねぇ、蓮兄。」
人の数が減ってきたところでそっと蓮兄に声をかける。
「ん?」
「……遺品ってさ、すぐに遺族の人のところに戻るのかな」
実はさっきから気になっていた。遺品は、怪異に襲われた人が残した痕跡。ある意味では、証拠とも言える。
怪異が存在したということを示す数少ないそれを、そう簡単に遺族の人のもとに返してくれるのか。
何かと理由を付けて返してくれないんじゃないか。いくら信用している人でも、一度そう考えると不安になった。
蓮兄は1つ瞬きをした後、答えた。
「そうだなぁ……俺はそこまで関わったことはないし、はっきりとは分かんないけど」
少し苦笑いを浮かべつつ、続ける。
「まぁおっさんのことだし、多分すぐ終わらせてくれると思うぞ?」
「そうかな……」
「ああ、別に隈なく調べるつもりはないしな」
前から声が飛んでくる。聞こえてたらしい。ちょっと気まずくて目を逸らす。
「政府に預けりゃまぁ間違いなく返ってこないだろうけどな。こっちはそういうことをするつもりはねぇよ。」
穏やかな声色でそう答える小鳥遊さん。その言葉はきっと私だけじゃなくて、遺族の人、あるいは亡くなった人にも向けられたものなんだろう。
「まぁ、それに嬢ちゃんも疲れてるみたいだしな」
「うっ」
そして、私の体調のこともしっかりバレていた。小鳥遊さんも心なしかニヤニヤしている。
……この調子じゃ、怪異の攻撃を受けたこともバレてるんだろうな。そう思いながら、小鳥遊さんに続いて会議室へと入っていった。




