第十二話
静かに会議室のドアが閉まっていく。その様子をぼーっと見つめていると、後ろから声が聞こえた。
「じゃあ、一旦確認だけするぞ」
そう言うと小鳥遊さんは、蓮兄からまず学生カバンを受け取った。
外側をざっと確認した後、チャックに手をかける。ジジっという音とともに、カバンの口が開く。
中身も取り出すのかと思ったけど、意外にも少し確認しただけですぐに閉めてしまった。
「小鳥遊さん、中身はいいんですか?」
「ん?ああ。怪異が何かつけてないかを見てるだけだからな。」
「……それにしても早いですね。」
「んまぁ、腐るほど見てるからな。」
それもそうか。小鳥遊さんは、実際に現場で働いていた時期がかなり長い……らしい。蓮兄から聞いただけだから、詳しくは知らないけど。でも、私が持った時もそれほど違和感を感じてはいないし、きっと小鳥遊さんの言う通りなんだろう。
「……ん。他のやつも大丈夫そうだな。」
「良かった……」
さっきまでグッと引き締まっていた小鳥遊さんの表情が柔らかくなった。遺品に問題がなければ、あとは遺族の人のもとへ届けてもらうだけだ。そう思うと、いくぶんか気持ちも楽になった。
「じゃ、この遺品はこっちで届けとくから預かるぞ?」
「はい、よろしくお願いします。」
そう言って頭を下げる。勿論、小鳥遊さんへの感謝を込めて。ただ……それだけじゃなくて、一日でも早く遺族の人のもとへと届きますようにという祈りも込めて。
「よし、それじゃあ解散……と行きたいところなんだが」
「?どうかしました?」
「……いや、ちょっとお前らに言っとくことがあってな。」
そう言うと、一度口を閉ざしてしまう小鳥遊さん。明らかに、言葉を続けるのをためらっている。
気になるけれど、どこか次の言葉に怯える気持ちもあった。……それを聞くと、今までの日常が変わってしまうような。そんなぼんやりとした予感。
「なぁ……それって今日の騒ぎと関係あったりする?」
「やっぱり気づいてたか。」
蓮兄の言葉を聞いて、そう言いながら苦笑いした。
「政府の方でちょっと対立が起きてるようでな。まぁ、それ自体は初めてのことじゃないが……」
そこで一度言葉が止まる。……私も少なからず関わっているから、何となく知っている。今、政府内部は2つの派閥に分かれている。
ただ、具体的にどうして分裂してしまったのか、それぞれの派閥がどういう考えを持っているのかは分からない。
「……まぁ、お前はよく分かってるだろ蓮也。」
「多少は、ね。俺は政府の人間じゃないから完全に把握してるわけじゃないし。」
肩をすくめながらそう返す蓮兄。何だか私だけ仲間外れにされてる気がして、こらえきれず彼に尋ねる。
「蓮兄……政府では今何が起きてるの?」
そう尋ねると、蓮兄は少しため息交じりにこう答えた。
「……ちょっと考え方が食い違ってきてるみたいでな。まぁ、端的に言えば”過激派”と”穏健派”ができてるんだよ。」
「何に対しての?」
「人外だよ。」
目を細めて即答した。……その瞳には拭いきれないほどの不快感があらわになっている。彼らしくもない。
「人外を管理するべきだっていう奴らが出てきてるんだ。危険だと判断したのは排除してさ。」
「それって……いくら何でも無茶じゃ」
「ああ。現状、そうだ。なのにそれを理解できない奴らがいるんだよ」
そう言って目を伏せる。……珍しく感情的になってる。そう私は感じた。きっと蓮兄も今回ばかりは笑って受け流すことはできない。だって……
「……”こっち”からしてみればいい迷惑だよ。人間と共存するならまだしも一方的に排除とか。こちとら、そんな奴らを守るために日夜怪異を狩ってやってるってのにさ。」
そう、彼——蓮兄もまた、人ならざる者だから。種族は厳密には決められないけれども、少なくとも人とは違う。
「まぁ、対立自体はそれなりに長いわりには、そこまで大事にはなってなかったんだけどな。……多分状況が変わったんだ。」
「え?」
「ほら、前にニュースで行方不明事件が大々的に取り上げられただろ?」
「あぁ、うん。」
つい先日、まさにその事件の犯人たる怪異を討伐してきたばかりだ。
「実はこれまでああいう風に、怪異関連の事件って大々的に放送されることってなかったんだよ。」
言われてみれば確かにそうだ。今回のニュースも明言はしていない。でも、政府は怪異が元凶であるという推論に至っていた。
……何より今回持ち帰ってきた、被害者の遺品という証拠まである。
「……んで、今回の件で過激派が勢いづいてんだ。”怪異などという危険因子を、公に知られるほどの被害が出るまで放置したじゃないか”ってな。」
渋い顔をしながら小鳥遊さんが続ける。
「穏健派は否定してるが……何せ周知されちまったからな、世論も過激派に傾きつつある。特に被害者が発見された周辺の地域とかはな。それでますます過激派が活発化して……って状況だ。」
「はっきり言って悪循環だな。」
蓮兄が顔をしかめる。それを横から見ている私も、モヤモヤとした気持ちを持った。
……そこまで悪化しているとは思ってもいなかった。何も知らないまま、任務を受けてしまった。もし、何かの拍子に遺品の事まで知られてしまったら、きっと今の状況を助長してしまう。そう考えると、自分の無知が憎くなった。
「……蓮兄、ごめん」
「え?」
不意打ちだったのか、目を瞬かせる。でも、一度言葉にすると止められなかった。
「私が……何も考えずに政府の任務受けたせいで、もっと蓮兄が悩まないといけないことになっちゃった。……本当にごめん。」
そう言い終わった後、何ともいえない罪悪感と悲しさで思わず涙がこぼれた。討伐した後、助けに来てくれた彼を自分の行動が追い詰めていると思うと、ますますその思いは募った。
蓮兄はその様子を見て、焦っていた。何かを言いたいけど、どうすればいいのか分からない。そんな表情だった。
「マナ、泣かないでくれ。お前は悪くないから。」
やっとの思いでそう言った。泣いているのは私なのに、蓮兄の方がずっと辛そうだった。
——スッ
不意に蓮兄に抱き寄せられた。温かさが伝わってきて、さっきまでグチャグチャになっていた気持ちが少しずつ収まる。
「大丈夫。お前は何も悪いことはしてない。」
そう言いながら、あの時と同じように優しく頭を撫でてくれる。
「お前は命がけで、亡くなった人達の持ち物を持って帰ってきてくれた。それだけでその人達は”生きていた”って分かるんだ。忘れられずに、ずっと遺族の人の中に残り続けるんだよ。それは奇跡みたいなものなんだ。」
穏やかな声が、身体に響く。それが心地よくて、少し安心する。
「蓮兄、私……」
何か言いたかったけど、上手く言い表せない。もう罪悪感とまではいかないけど、それでもやっぱり後ろめたさが残っていた。
私の言葉が止まったのに気づいて、蓮兄が少しだけ腕を緩める。
「ん。落ち着いたか?」
「……うん。ありがとう」
私が落ち着いたことを確認すると、そっと体を離した。……まだほんのりと温かさが残っている気がした。




