第十話
——翌日。
昨日の任務の疲れから、ろくに食事も取らずベッドへ潜り込むと、そのまま眠ってしまったらしい。カーテンの隙間から光が漏れ出している。……取り敢えず学校に行く準備しないと。寝起きでぼんやりしたまま、制服をクローゼットから出そうとした瞬間……。
「おはよ、マナ」
ガチャと部屋のドアが開いた。ドアノブを握っているのは咲希だ。声は明るいけど、目が若干笑ってない。
「お、おはよう。」
思わず声が震える。……咲希の目が笑ってないときは大体めちゃくちゃ怒っている。
「あ、そうだ。学校に欠席連絡しといたからね。」
「へ?いや、行けるよ……」
「今日は、お家で安静に。ね?」
「はい……」
……昨日のことで相当心配させてしまったらしい。本当は学校に行きたいんだけど……この咲希の様子を見る限り、他のシェアハウスのメンバーも怒ってる可能性が高いし……うん、抵抗したところで数的不利だし、ここは大人しく家にいよ……。
妙な悔しさを覚えつつ、しおらしく、布団の中に戻ろうとしたが……
「……咲希。」
「ん?」
「……あの、政府の人に渡さないといけないものがあるから、それだけ渡しに行っても……」
そう言うと、咲希は少し考える素振りを見せた後、不意に「……一人で行くの?」と、真剣な表情で問いかけてきた。
「え、うん。」
「ダメ。」
……即答だった。
「え、いやちょっとした用事——」
「ダメなものはダメ。」
何とか説得しようとするも、失敗。こうなったら……。
「……じゃあ、蓮兄と一緒に行くのは?」
「今は姿見えないけど……蓮也君、暇だったっけ?」
「うん。今日は特に任務とかもないはず。」
……というか、あったとしても問題ない。蓮兄が受けてる任務は、政府が依頼してくるものばかり。それにちょっとだけ付いて行くという形にすればいい。
「……まぁ、それならいいけど」
渋々といった感じだけど認めてくれた。そうと決まれば、これ以上咲希の機嫌を損ねる前に終わらせよう。
素早くベッドサイドに置いていたスマホに手を伸ばして、メッセージアプリを開く。
……メッセージを送っても反応はしてくれるだろうけど、いかんせん今の私には余裕がない。なので、
——プルル……
ここは容赦なく電話をかける。呼び出し音がしばらく鳴った後、ようやく電話が繋がる。
『……ん?マナ、どした?』
いつもの少し気だるげな声が電話口から響く。……いつもよりも出るのが遅かったから不安になったが、少しホッとした。
「あ、蓮兄。実はね、ちょっと用事に付き合ってほしくて……」
『用事?……ああ。ひょっとして例の”遺品”か?』
「へ?……あ、うん。そうなんだけど……」
『言うと思った。どうせ咲希辺りに誰かと一緒に行けって言われたんだろ?』
蓮兄の声に少し苦笑が交じる。……推察が鋭すぎて、逆に怖くなってきた。
「一応確認だけど、どっかに隠れてたりしないよね……?」
『ンなことしなくったって、分かるよ。お前のことだし。』
呆れたような声色で、平然と言い放つ蓮兄。
『んじゃ、取り敢えず家に戻るからそれまで大人しく待ってろよ?』
「はーい……」
蓮兄にまで、絶対安静を言い渡されてしまった。……どうやら、今回ばかりは味方してくれないみたいだ。
「どうだった?」
咲希が少し不安げにこちらを見る。
「……今から帰るって。付いて来てくれるみたい。」
「そっか。なら良かった。」
咲希の表情が明るくなる。……ん?そういえば。
「咲希、学校は……?」
「ちゃんと遅刻連絡入れてるから大丈夫!美波ちゃん達には先に行ってもらったし」
「そ、そっか。」
……流石は咲希ちゃん。いつもの穏やかな表情の裏で、その辺りはしっかりと対応済みだった。
——それから十数分後。
ガチャリと玄関のドアを開ける音がした。恐らく蓮兄が帰ってきたんだろう。
出迎えようかとも思ったけど、安静にしていろと言われている以上、出ていったら蓮兄に怒られる未来しか見えない。
なので、仕方なくベッドに横になったまま蓮兄が来てくれるのを待つことにした。
——さっきはあまり気になっていなかったけど、まだ少し頭がチリチリと痛む。やっぱり激しく動きながら使うのは良くなかったかな。……私の能力は【特異点】という。簡単に言えば「あらゆる情報を見て、改竄できる能力」だ。ただ、仕様上どうしても一度に沢山の情報を処理しなくちゃいけない。単純であれば、それほど辛くはないけれど、昨日のような生物の身体や、物体の構造を見るのはかなりキツイ。……リュックはまだいいけど、怪異みたいな特殊な生き物を全て分析しようとするのは無理だ。出来たらきっと討伐も多少は楽になるんだろうけどな。そんな風に悶々としていると。
——カチャ
「マナ~?起きてるか?」
丁度、蓮兄が部屋に入ってきた。……家の中だからなのか、少しダルっとした感じでいつもの服装を着崩している。おかげで若干、鎖骨らへんが見えていて、なんか無駄に色っぽい。
「……蓮兄、だらしない。」
「開口一番、それかよ……」
私の言葉がショックだったのか、少し落胆した表情でため息をつく。
「……で?体調の方はもう大丈夫なのか?」
少しムスッとした感じでそう尋ねてくる。頭痛も少し収まってきたし、まぁ散歩ぐらいの距離なら行けるだろう。
「うん、だいたいは。」
「そっか。」
安心したように少し表情が和らぐ。……蓮兄、心配してくれてたんだ。そう思うと、少し嬉しさを感じた。
「んで、遺品を渡しに行くんだったか?」
「うん。……本当は直接、遺族の人達に渡したかったけど。何処に住んでるのかも分かんないし。」
「まぁ、そりゃそうだわな。」
そんな軽い返事を返しながら、私のリュックを見る蓮兄。何か気になることがあるのか、そっとそれを手に取る。
「……というか、何か見た目のわりに重いな。」
「ああ、えっと。能力でちょびっとだけ容量をいじったの。」
「なるほどな……道理で重いわけだ。」
確かに、リュック自体はそれほど膨らんでいないように見える。でも、その中にはあの異界に残されていた遺品が詰められている。
そして——
「……それと制鞄、か」
そういって、蓮兄は少し目を細める。……異界で最初に見つけた、あの女の子の鞄。持ち主とは対照的に目立った傷は見当たらない。ぱっと見は、なんてことのない少し使い古されたものだ。そっと鞄に近寄って、彼はその上に軽く手を置く。
「……良かったな。」
そう言って、優しく鞄を撫でる。……何だか、いつもより蓮兄の表情が暗い。
彼の横顔は、少し憂いを帯びて、それでいてほんの少し安堵しているように見える。
きっと、今まで怪異を狩ってきた中でこういう出来事をたくさん見てきたのだろう。その中にはきっと、一切の痕跡を残さずに消えた犠牲者もいたはず。だからこそ、こうして生きた証が残っていて”良かった”んだ。私は彼の心情をそう察した。
「じゃ、ちゃちゃっと政府に引き継いで帰ってくるか。」
さっきとは一転して、大きく伸びをして明るいトーンでそう言った。さっきまで顔に滲んでいた憂いも、もうない。
「マナ、行けそうか?」
「うん。大丈夫。」
いつもの飄々とした表情をした蓮兄を見ながら、私はそっと歩き出した。




