第9話 授業
相部屋の同居人であり、姉役のマーガレット・アイスバーンから頼まれた品を買ってきて、アリスは部屋の前に置いた。
昨日から一度も顔を合わせていない。
食事も食堂からアリスが取りに行き、部屋の前に置くだけ。風呂も湯を沸かして、バスタブを湯で満たせば、部屋の前で告げるだけ。
決してアリスが部屋の前やリビングにいると部屋のドアを開けようとしない。
アリスは自室に入って、部屋着に着替える。
「あ、そうだ。これ、返さないと」
それは昨日、駅舎で女生徒が落とした物。
紙の小袋で揺すると砂のようなシャリシャリとした音が聞こえる。
「なんだそれは?」
クラムが紙袋に手を伸ばそうとするのをアリスは紙袋を持ち上げて遠ざける。
「駄目。これは私の物ではないの」
「じゃあ、誰のだ?」
アリスは昨日の駅であったことをクラムに話した。
「なるほどね。それがその美人二年生が落とした物か」
「うん。早く届けてあげないとね」
◯
魔法学園リュミエールでは授業は大きく一般教養と魔法教養、選択応用科目の三つに分けられる。
一般教養は歴史学、文化学、法学、経済学、総合教養の五つ。
魔法教養は薬学、魔法学、魔導学の三つ。
選択応用科目は先述の八つの科目から二つ選んだ科目で内容は言葉通り応用。難しいものとなっている。
これら計十の科目が魔法学園リュミエールのカリキュラムである。
「やっぱ選択応用科目は楽できそうなのは文化学と総合教養かな?」
スーザンが机に片肘をついて言う。
担任からのカリキュラムを教えられ、休み時間にアリス達はどの科目を選択応用科目にするか話をしていた。
「待って。文化学と総合教養は意外と落とし穴らしいわよ」
セレンはスーザン選んだ科目に注意を言う。
「なんでさ? 文化学って、風習とかそんなんでしょ?」
「姉様から文化学は社会学も混じっているって聞いたわ。それに応用は現地調査もあるとか。総合教養は応用になると社交界のマナーとかで平民の私達は無意味よ」
「いつかは社交界デビューするかもじゃん?」
「いつ爵位を得るのかしら? それと受講者は貴族ばっかだから息苦しいわよ」
「貴族の人って、社交界デビューしているのにどうして学ぶの?」
アリスがセレンに聞く。
すでに知識があるのに今さら何を学ぶというのか。
「たぶん勉強ばっかで苦痛だから、息抜きとして授業でしょうね。あと、社交界が苦手な貴族用かしら」
「なら、何が楽なんだ?」
「楽基準で選ばないの。こういうのは自分の未来のためとか得意分野とかで選びなさいよ」
「私、これといって得意な科目はないなー」
「……まったく。アリスは? 何か得意科目はある?」
「私は……薬学と魔法学かな」
「おお! それはすごいな。将来は魔法省勤務か?」
「私が? なれるかな?」
それは他愛の返しであった。
しかし、忍び笑いが周囲から漏れる。
なんだろうと周囲を伺うと、令嬢達がクスクスと扇子で口元を隠しながら笑っていた。
中には笑わずに棘のある目を向けている貴族もいた。
「さ、次の授業に行きましょう」
難しい顔をしたセレンが立ち、アリスとスーザンを教室移動させようと促す。
後ろから「魔法学の授業が楽しみね」という声が聞こえた。
◯
「どうしたの?」
アリスが先頭を歩くセレンに問う。
「どうしたもこうしたも魔法が使えるなんて豪語しちゃったでしょ?」
「豪語はしてないよ」
魔法が使えるとは言ったが、自慢のようには言っていない。
「そうそう。アリスは魔法が使えるって言っただけだぜ。別にここにいる自分達が魔法を使えるなんてことはたいしたことでもないだろ?」
基本平民は貴族と違い、魔法をきちんと習得した上で入試を受けた。
もちろん、貴族も魔法が使えていないといけないが合格ラインが全然違う。
なにせここは貴族の学園。
「問題は……将来は魔法省とか言ったでしょ?」
「それは希望的観測としてだぜ」
スーザンの言葉にセレンは立ち止まり息を吐く。そして振り返って、スーザンに人差し指を差す。
「いい!? ここは魔法学園だけど貴族のご子息・令嬢達が通っているの。そういう学園なの?」
「よく分からんな」
「……魔法学の授業で分かるわよ」
◯
その日の午後、魔法学の授業があった。
生徒は杖を持ち、初級魔法を教わる。
杖はタクト型で側面には五大属性の印が彫られている。
「……と、いうわけです。まあ、この学園を受けた皆様からしたら、こんな初級魔法も今さらですよね。では、これから皆様には先程教えた初級魔法を実践してもらいます」
魔法学の初老の女教師ステファニーは一年A組の生徒に向けて言う。
「名前を呼ばれたら一人ずつ前に出て、魔法を見せてもらいます。いいですね」
魔法で蝋燭に火をつけて、消すという単純なもの。
「では、アリスさん」
まさかの1番目だった。
「は、はい」
アリスは名を呼ばれて前に出る。
離れたテーブルの上に蝋燭立てがあり、一本の蝋燭が立っている。
あれに火をつけて消すだけ。
アリスは杖の先を蝋燭に向ける。
一呼吸して、火属性魔法で蝋燭に火をつける。そして風属性魔法で火を消す。
「よろしい。先に戻って」
「はい」
たいした魔法ではないが、人に見られているとなると少しばかりアリスは緊張していた。
席に戻るとスーザンが親指を立てた。
アリスはそれを照れ笑いで返した。
その後、何人もの生徒が挑戦した。
意外なことに、なかなか魔法が発動しなかったり、火をつけても消すことが出来なかったり、火を消すはずなのに間違って蝋燭を倒したりと、失敗や遅延をする生徒がちらほらいた。
「では、今日の授業はこれまで」
チャイムが鳴り、生徒達は教室を出ていく。
「まさかセレンが失敗するとは」
「何よ文句あるの?」
セレンがスーザンを睨む。
セレンは見た目が出来る人なので、初級魔法の失敗にはアリスも驚いた。
「的がもう少し大きくて、魔導具の使用なら成功していたわよ」
魔導具は誰でも簡単に魔法が使えるという便利アイテム。ただし、使用魔法が限られているので単調なことしか出来ない。
「よくもまあそれで入試に合格したよな」
「ペーパーの方に力を入れたから。それと実技テストは魔導具の使用が許可されてたから、なんとか上手くいったの」
「まあ、しょぼくれるなよ」
「しょぼくれてないわよ。それに魔法が使えないやつも多かったし」
「意外でしたよね。特に……貴族が圧倒的に多くて」
魔法はそう簡単に学べるものではないが、貴族であるなら家庭教師を雇い、学ばせることは難しくない。それに貴族にとって魔法を使えるのは基礎スペックでもある。
高価な身分は加護と神秘を持つ。そういわれている。
その貴族が初級魔法ですら、使用に難を示すとは驚きであった。
「分かったでしょ? 魔法が使えるということを簡単に言ってはいけないと」
「でも、なんで使えないんだ?」
「最近は才能の血も薄まっているのよ。それと魔導具のせいね。あれで魔法を習得する人が減ったのよ」
「でも魔導具って、単調なことしか出来ないだろ?」
「普通はね。でも高価な魔導具なら難しい魔法も使える」
「なるほど。金か」
時間を費やして勉学を励むより、金で高価な魔導具を買って、それで魔法を使う方が楽ということ。
「貴族らしいな」
スーザンはやれやれと溜め息を吐く。
「そういえば、女生徒が養子縁組になれる術の一つを思い出しわ」
「え? なんです?」
「魔法の才よ。貴族様は魔法の才を途絶えたくないため、魔法の才のある女子を養子縁組にするそうよ」
「その子を後継にするのか?」
「いいえ、爵位のある家に嫁がせるのよ」
「それ意味あるのか?」
魔法の才が枯渇したからこそ、取り入れるはずが、他の貴族に渡しては元も子もない。
「その代わり、相手側の令嬢を貰い受けるのよ」
「交換かよ。怖えな」




