第8話 スール
入学式は新一年生と生徒会、教師陣のみのささやかなものだった。
貴族のご子息と令嬢が集まる入学式のため派手なものを想像していたアリスは少し拍子抜けで校長の式辞や関係者からの祝電が長かったという印象。そんな中でアリス二つ驚いたことは生徒会長が超絶美形であった。そしてマリアが新入生代表で壇上に立ったことだ。
その後、歓迎会があるわけでもなく、生徒達は教室で担任から明後日からの授業についての諸注意が話されて解散。
「なんか意外とすんなり終わったよね。貴族の父兄とか参加してないし」
「そりゃあ、親のお貴族様が集まるとギスギスするからでしょ? あと遠い領地の方もいるからじゃない?」
アリスの問いにセレンが答えた。
そのアリス達は今、教室にいた。
「生徒会長さん、かっこよかったですね」
金髪碧眼のイケメン。声も透き通っていて、女生徒の何人か、十何人もが心を射止められ入学式でうっとりとしていた。さらに高身長で歩き方も良く、育ちというか品性が漏れ出た人物だった。
「すごかったな。オーラがハンパねえよ。超イケメンだし。第三王子って噂もあながち間違いではないかもな」
スーザンがうんうんと頷く。
「噂? あの人が第三王子ではないんですか?」
セレンは首を横に振り、
「第三王子が誰かってのは分からないのよ」
「分からない? どうして?」
「第三王子様、名前を隠して入学したらしいのよ」
「それなら第三王子が本当にいるかどうかも不明ってことですか?」
「いえ、去年に隠れて入学したのはほぼ事実らしいわ」
「でも、貴族の方々なら第三王子の顔を見たことあるから分かるのでは?」
「それが第三王子は昔、命を狙われてから社交界には出てきてないの。国の行事にも顔を隠してるとか」
「で、その第三王子の正体が生徒会長ではないかと噂されているんだよ」
スーザンが纏めた。
「それでも生徒会長の出自を調べたら分かるのでは? ここは貴族のご子息、令嬢が通う魔法学校ですよ?」
第三王子の顔が分からなくても、貴族であれば生徒会長の出自も明らかする方法は簡単。爵位と家名を調べたら良いだけだ。
セレンは首を横に振る。
「貴族の中には領地が王都から遠い人もいるのよ。辺境伯とか。それと引きこもりのご子息や令嬢なんて珍しくないわよ」
「ま、どうせうちら平民には関係ないよな。帰ろうぜ」
アリス達は鞄を持って廊下に出ようとした。そこでドアの近くである一団が会話をしていて少しばかり邪魔であった。
「あのう、少しどいてもらえないかしら?」
セレンが一団に向けて言った。
その声で相手が振り返る。一団は令嬢達らしく一人は金のバッジ。伯爵以上だった。
アリス達に緊張が走る。
学園といえど、ここは貴族社会の箱庭。平民が伯爵令嬢に気安く頼み事をした。しかも、人によれば注意口調にも聞こえただろう。
相手はアリス達を小馬鹿にするように笑う。
「あら、大切な話に平民が邪魔しないでくださらない?」
相手は扇子を広げて口元を隠す。
「そうではなくて……通行の邪魔なんですけど」
セレンがおそるおそる言うと、令嬢は立場を分からせてやったという勝ち誇った笑みをたたえる。
「あら? 私達が邪魔だと?」
「えっと……」
「あーーーら、ひどいわ!」
セレンが戸惑っていると令嬢が声高に嘆く。
その声に周りから「なんだ? なんだ?」と眼が集まる。
どうしようとアリスが困っていると、ちょうど【通信蝶】に魔力反応が現れた。それはマーガレットからの着信の合図。
アリスは胸ポケットから【通信蝶】を取り出した。
「貴女……それは……」
令嬢が眼が細まる。そして何かに気づいたように動揺する。
『アリス、帰りに購買部でインクと紙を買ってきてちょうだい』
アリスが魔力を込めると【通信蝶】からマーガレットの声が廊下に響く。
『どうしたの? 返事は?』
「はい。分かりました。アイスバーン様」
通信が終わり、アリスは【通信蝶】を胸ポケットにしまう。そして令嬢達に向かって言う。
「姉様のお使いがありますので通していただけないでしょうか?」
「アイスバーンって、あのアイスバーン?」、「じゃあ、この子が《《次の》》?」、「新しい世話係ね」
気になるワードがあったのだがアリスは「よろしいでしょうか?」と聞く。
「ええ、どうぞ」
伯爵令嬢が通路を開けて、扇子を使って早く行きなさいと促す。
アリス達は頭を下げて、一団の横を通り、その場を去る。
角を曲がったところでスーザンが溜め込んだ息を吐いた。
「ハァー、マジで緊張した。やばかった」
「ほ、ほんと、私は終わったと思ったわ」
セレンが顔面蒼白で言う。
「しかし、アリスがあのアイスバーンの妹とはな。これもびっくりだ」
「あのアイスバーンとは?」
「辺境伯だよ。知らねーの? 最北アイスバーン地区の」
「辺境伯? 男爵でしょ?」
男爵が相部屋で平民を取ること決まっている。
「違う。アイスバーンは辺境伯だよ。かなりの変わり者で……あっ、私が変わり者と言ったことは秘密で頼むよ」
アリスはうんうんと頷く。
「使用人がいなくて、代わりに平民を相部屋のスールに取り入れているんだよ」
「どうして使用人を?」
「相部屋なのに知らないのか?」
「昨日からだし。それに姉様は部屋に引きこもっているし」
「へえ、引きこもりか。やっぱ変わり者だな」
「授業とかどうなってるのかな?」
「飛び級で魔法院エイワスに在籍していたから授業を取らなくてもいいらしいわよ」と、セレンが答える。
「魔法院エイワスって、あの最高学府の?」
「そう」
王都にあり、魔法を専門的に研究するところで、エリート中のエリートしか入れないと言われている。
「そんなすごいところから、どうしてここに?」
「さあ?」
そればかりは分からないとセレンは肩を竦める。
「それにしても二人共色々知ってるんだね」
「「知らない方がおかしい」」
「ええっ!?」
「一年前から有名でしょ?」
「第三王子が入学した頃から常に街では魔法学園内の話で持ちきりだったぜ」
「そ、そうなの?」
貴族が通う学園なんて平民は興味ないとアリスは考えていた。
「姉様は辺境伯だったんだ。びっくり。でも、家名と地名が珍しいよね?」
「アイスバーン伯爵は開墾した時からずっとあの地を治めていた貴族なんだよ」
「そんな前から?」
「自分の姉様のことだろ?」
スーザンは呆れたと息を吐く。
◯
セレン達と別れてアリスは購買部に向かっていた。
校舎は広いため、生徒手帳の地図をたよりに購買部に向かうのだが、新一年生のアリスには単調な道でも地図と教室を見て、何度も現在地と進行方向を確認した。
「あれ? アリスだ!」
エリセが階段を上がってきてアリスの目の前に現れた。
「あっ! エリセ。こんにちは」
「ここで何してるの?」
「購買部に用があって。エリセは?」
「同じだよ」
そして二人で購買部に向かうことになった。
エリセは道を知っているのか地図を見ないですたすたと進んでいく。
「エリセは購買部に行ったことあるの?」
「うん。よく行く」
そして二人は購買部に辿り着いた。
購買部は校舎の端にあり、帰りに寄るには遠い位置にある。購買部の広さは教室の半分程度。
アリスはインクと紙を購入。
エリセはカウンターの店員に、「エリセ・ヌアザ」と名乗った。
それだけでカウンターの店員はカウンター裏から大きな包みを取り出した。
注文していた品なのだろう。勘定も事前に済ませていたのか、エリセは受け取っただけで代金を払わなかった。
購買部を出てアリスは、
「ねえ、何を注文したの?」
「服とか靴、あとは……コート」
「へえ」
「昨夜、破けちゃってね。それでストックが無くなったら買いに来たの」
「昨夜?」
「うん」
おかしくないだろうか。
事前注文していたように見える。昨夜の話ならば──。
「エリセ!」
背後から誰がエリセを呼んだ。そこには子供を叱るような声音があった。
振り返ると眉間が険しく腰に手を当てたシャーナがいた。
「あっ! シャーナ。どうしたの?」
「どうしたのではない。何勝手に一人で購買部に向かってるのよ」
「だって取りに行くだけだし。エリセ、一人で出来たよ。エライ?」
「あー、はいはい。エライなー」
シャーナはエリセの頭を雑に撫でる。
「それ褒めてないー」
エリセがぷんぷんと抗議する。
「お前が一人で動くのがいけないんだろ」
そして次にシャーナはアリスに向き直ってお詫びを言う。
「ごめんよ。ウチのが」
「いえいえ、そんな。私、購買部は初めてでしたので助かりました」
「そうか。それは良かった。じゃあね」
「あ、はい」
どうせなら寮まで一緒に帰りたかったのだが、二人はまだ用があるのかアリスは一礼してその場を去る。
◯
アリスを見届けた後、シャーナはエリセを小突く。
「痛い!」
「馬鹿。お前、変なことを言うなよ」
「何も言ってない! 昨夜、破けたとか、ストックとか言うな。バレてしまうだろ?」
「バレないよ」
「昨夜で今日購入したらバレるっつーの!」
アリスとおかしいと感じて問いただそうとしていた。
もしシャーナが声をかけていなければエリセは何を口走ってしまったのか。それを考えると頭が痛い。
「入学して早々にミスしないでくれよ」
「エリセ、普通にしてる。秘密、喋ってない」
「秘密とか言うな。余計に怪しまれる」
今のところ第三王子のことがもっぱら話の種ゆえにエリセに注目が行くわけはないだろうけど。
それでも人は秘密というものを暴こうと動くもの。




