第7話 食堂
「ほら、食堂に行くわよ、エリセ」
黒髪メガネの女性はベッドの上で横になって雑誌を読んでいるエリセに言う。
「ん〜? シャーナ、もうそんな時間?」
「そんな時間よ」
「分かった」
人見知りで出不精のシャーナは部屋で飯を食べたかったが、エリセが今だに食堂のシステムを理解していないため、一緒に食堂でご飯を取ることにしている。
(早く理解してくれると嬉しいのだけど)
シャーナとエリセは寮部屋を出て、食堂に向かう。
その途中、どこかで見た顔が前方から現れた。私服でなく制服を着用した少女でタイの色から新一年生だろう。彼女の手にはお盆。夕飯のテイクアウトだろう。
「あっ! アリス、やっほー!」
エリセが元気よく手を振る。
(ああ! あの時の)
昼、エリセと一緒にいた子。迷子になったエリセを寮まで送り届けた子だ。
「どうも」
アリスはシャーナ達に会釈する。
「こんばんは。昼は名乗らず失礼。私、シャーナ・レスケート。二年生。こいつの姉役よ」
自己紹介したシャーナは隣のエリセを指す。
「私はアリス・レイエスです」
「テイクアウト?」
「はい。姉様がテイクアウトをご所望で」
「新一年生よね? よく食堂のシステムをご存知ね」
「初めてゆえ、ごたつきましたけどなんとかなりました」
「偉いわ。うちの子なんて今だにテイクアウトも分からないのよ」
「めんどーじゃん」
「そんなに難しくないでしょうが」
シャーナはエリセの頭を掴んでぐりぐりと下に押す。
「それでは私はこれで」
「ごめんね。引き止めて」
「いえいえ」
アリスと別れたシャーナ達は食堂に入った。
「エリセもテイクアウトが出来るように今日は私がやり方を教えようか?」
「やだー! 腹減った!」
エリセは空いた席へと座る。
シャーナは仕方ないと溜め息をついて席に座り、メニュー表に目を通す。
「あそこのカウンターにね、テイクアウトを申告するの」
「へえー」
エリセはメニュー表を読みながら適当に相槌をする。
「全部の料理がテイクアウト出来ないの」
「私、ビーフシチューハンバーグとロールパン!」
「……私はペペロンチーノにしようかしら」
「いいなー、それ! やっぱ私もそれにしようかなー」
「これニンニク入ってるからやめときなさい。明日、入学式なんでしょ」
「そっかー」
テーブルのベルを鳴らすとボーイが来て、ビーフシチューハンバーグとロールパン、ペペロンチーノを注文した。
「そうだ。今日、山に登ってどうだった?」
「面白かった」
「……そうじゃなくて、異変はなかった? 山道というか獣道には慣れた?」
「異変は何もないよ。獣道は慣れなーい」
「だから迷ったの?」
「ううん。蝶々見てたら迷った」
「ガキかよ……って、ガキだったわね」
「それでね。何かすごい子が来たと思って山を降りてたらアリスに会ったの」
「すごい子?」
「あの子が?」
「うん」
料理が運ばれて二人はフォークを持って食べ始める。
「すごいって、どれくらい」
「ええとね。ハンバーグがとってもジューシーでシチューのデミグラスがコクと──」
「そっちじゃない。アリスの方!」
「アリス? うん。良い子」
「……そのアリスはどれくらいすごいのかな?」
「ええと、普通。魔力量も能力値も」
「!?」
普通なのにエリセは反応した。
(ええと……大器晩成型とか?)
入学時はパッとしなくても卒業時は魔法省からお声がかかる生徒は毎年幾人かはいる。
「ふうん。普通なんだ」
この時、エリセの言っていた普通が別の意味の普通だったことをシャーナは気づかなかった。
◯
エリセがシチューハンバーグを食べ終えた頃、頼んでもいないフルーツポンチがサービスとして届けられた。
運んできたボーイはいつものボーイと違っていた。
「サービスです」
「明日、エリセは入学式ですけど」
シャーナは睨みこそしなかったが、目を合わさず文句を呟く。
「それが何か?」
ボーイは淡々としていた。
笑顔であるが妙な圧を持っている。
「仕事早く終わらせなきゃあ」
エリセはパクパクとフルーツポンチを平らげ始める。
ボーイは「ごゆっくり」と言って立ち去る。
(何がごゆっくりだよ)
シャーナは心の内で毒づいた。
そして残ったロールパンをシャーナに、「あげる」と言って渡し、席を立つ。
「頑張りなさい」
「うん!」
エリセは元気よく返事をする。そして食堂を出て行った。
一人になったシャーナはロールパンを強く齧る。
◯
シャーナがペペロンチーノを食べ終えて、ジンジャーエールを飲んでいた時だ。
「あら、珍しい。しかも一人とは」
シャーナのクラスメートが声をかけてきた。
後ろには妹らしき新入生がいる。
「うちの妹が先に帰ったのよ」
「ふうん。そっちの子は?」
どうでも良かったけど、とりあえずシャーナは尋ねた。
「妹のピピンよ」
「ピピン・マルゲイです」
「私はシャーナ・レスケート」
そして挨拶の後、彼女達は離れた席に向かう。
(……挨拶だけ?)
するとまた別のクラスメートが妹を連れて挨拶に来た。しかもそれが何度も。
(何これ? 嫌がらせ?)
なぜかクラスメート達は自分の妹を少し自慢げに紹介している節がある。
シャーナはジンジャーエールを飲み終えて、食堂を出る。
すると廊下で顔見知りの先輩に会った。
「こんばんは」
「おや、こんばんは。今日は一人なんだ?」
「エリセは先に帰って」
「へえ」
「まさか先輩も……って、それはないですよね」
先輩の妹は知っている。クラスメートではないが同じ二年生。
「どうした?」
「あー……実は……」
頭を掻きながらシャーナは説明する。
「ああ、それか」
先輩はクスクスと笑った。
「何か知ってるんですか?」
「それは君、あれだよ」
「あれとは?」
「自慢さ」
「えっ? 何で?」
「そりゃあ、君が可愛い妹を自慢していたではないか?」
「…………いや、自慢なんかしてませんよ」
エリセは贔屓なしに言えば可愛い部類に入るが育ちに問題があるため自慢するほどでもない。
「君だけ早くに妹を迎えて、出不精なのに食堂で一緒に食事をしていたではないか」
「あれはあいつがテイクアウトが出来ないだけで」
「周りにはそう見えなかったんだろうね」
ただ一緒に食事をしただけのはず。
しかもうるさく、作法も知らないから面倒を見ていた。まるで平民の妹は面倒だと教えているようなものだったはず。
それがどうして自慢に見えたのか?
「それじゃあね」
先輩と同級生の妹は食堂へと向かう。
「はい。おやすみなさい」
先輩の背にシャーナは一礼する。
◯
寮部屋に戻り、共有スペースのリビングでシャーナはソファに座る。
背もたれに体重を預けて目を瞑る。
ふと水を飲みたいと思い、シャーナは立ち上がった。
貴族は使用人を連れてくることが可能だが、シャーナは使用人を連れてこなかった。
こういう時は妹を使うのだが、今日は一人。
(いてもあいつ、やらないんだよな)
元々エリセとは普通の姉妹ではなかった。
シャーナがこの学園に所属するのもエリセのためだった。
シャーナはコップに水を入れて一口飲む。
そしてベランダに向かう。
窓から夜闇を見る。
星空の下、森が見える。
じっと見ていたら魔法による光が見えるのではと期待していたが、何も見えなかった。
(ここではないどこかであいつは頑張っているのかな?)




