第4話 マリア
「ふひぃ〜」
宿屋に戻ったアリスはベッドにダイブした。
「たくさん食ってきたのか?」
「うん」
「で、俺の分は?」
使い魔の黒猫クラムはベッドに飛び移り、アリスの頬を叩く。
「ごめ〜ん」
「んだと! テメェ!」
「仕方ないよ。持ち帰りが出来ないんだから」
「その代わり明日はいいもん食わせろよ」
「分かってる〜」
「本当に分かってるのか?」
「……分かってる」
そしてアリスは寝息を立て始めた。
「まったく」
クラムは溜め息をつくが、今日は長距離移動に魔猪との戦闘もあったのだ。
(このまま寝かしといてやるか)
◯
翌日は学校で使う教材と制服を購入。
制服の採寸と代金はすでに済ませていて、あとは受け取るだけ。
アリスはまず近場からということで学校御用達の衣服店から向かったのだが──。
「混んでるな」
バッグから顔出したクラムが混雑した店内を見て言う。
「他のところから行こう」
そして教材を購入して、学園に配達してもらうように手配した。
「配達までサービスしてくれるとはな」
「本当だね。重いものを持たなくてラッキーだよ」
それからもう一度衣服店に向かうが、
「まだ混んでるな」
衣服店は今もなお大勢の客が店内にいる。
「うん。他でちょっと時間潰そうかな」
そしてまた踵を返そうした時、ドアが開かれ小柄な少女が外に出てきた。
まるで店内で揉みくちゃにされたように髪が乱れていて、脚も疲れているようだ。
それのせいかドアを出ると三段の段差があり、少女は段差を踏み外してしまった。
「おっと!」
アリスは両手を伸ばして、地面に倒れようとする少女を助ける。
「大丈夫?」
「ええ。ありがとう」
(うわっ、すごく可愛い)
腰まで届くウェーブのかかった金髪、大きなエメラルドの瞳、ピンク色の可愛らしい唇。背はアリスより少し低い。
「お嬢、大丈夫ですか?」
後ろから大きな鞄を持った背の高い茶髪のメイドが現れた。
「パープ、大丈夫よ」
「そこのお方どうもありがとうございます」
パープと呼ばれるメイドが深く頭を下げる。
「いえいえ、そんな」
丁重にお礼を言われて、アリスはテンパった。
そこまでお礼を言われるほどのことではない。仮に転んだとしてもささいな怪我だったはず。
「それでは」
アリスはそそくさと逃げた。
「貴族かな?」
クラムが鞄から頭を出して聞く。
「すごく可愛いくてお姫様みたいだったし、メイドもいたから貴族っぽいけど……あそこは貴族様のお店ではなかったはず」
「何言ってんだよ。あそこは学生服を売ってんだろ? それなら貴族も利用していてもおかしくないだろ?」
「まあ、確かに」
学生服はみな同じ。貴族だけ違うとかそういうのはない。
「なら貴族なのか」
しかし、同じ人間でありながら身分が違うというだけでこうも容姿が変わるものなのかと考えるアリスであった。
その後、アリスとクラムは時間を潰すために喫茶店を探した。
「おい、ここにしようぜ。いい匂いじゃん」
「駄目だよ」
「なんでだよ」
「ペット及び使い魔の入店がオッケーの張り紙がないよ」
「んなもん気にする必要ねえよ」
「クラムが鞄の中でじっとしてくれるなら別にいいけど」
「しゃーね。他探すか」
魔法学園に近い街だから【使い魔可】の喫茶店が多くあるのだが──。
「……高い」
どれも貴族用で平民が入れるような店ではない。
「ここは駄目だし」
ちょうど手頃な喫茶店は使い魔の入店は駄目だし。
諦めようかとアリスが喫茶店を離れようとした時、衣服店で転びそうになった少女に再会した。
「どうしたのです?」
「いえ、喫茶店を探していたのですが……」
「喫茶店ならそこにありますよ」
「ええ。でも私、使い魔と一緒なんです」
クラムが鞄から頭を出して鳴いた。
「あら可愛い使い魔さんね」
「どこも使い魔は入店禁止で」
「あら? あそこの喫茶店はオッケーよ」
少女が指す喫茶店は【使い魔可】の張り紙が貼られた喫茶店だが値段が高い。
事情を察したメイドが少女に耳打ちをする。
「……あら、そうなのね。ええ、分かったわ」
そして少女はアリスに、
「先程のお礼にお茶でもいかが? ぜひ奢らせていただけないかしら?」
「いや、別にそんな」
「これだと子爵家の娘として恥をかいてしまいますわ。ガネット家は恩義も返せないのかと」
オヨヨと少女は悲しそうな演技をする。
「分かりました。ではご馳走になります」
「良かったわ」
テラス付きの完全個室の喫茶店はアリスの目が飛び出るくらいのメニュー値段だった。
ケーキスタンドに紅茶が運ばれてきた。
「これはどの順で食べるのですか?」
三段のケーキスタンドを見て、アリスは少女に問う。
「お好きなように」
「なら、シュークリームを」
いきなりケーキを取るのは厚かましいと感じたアリスは下段のシュークリームを取った。
「そういえばお名前を名乗ってませんでしたわね。私はガネット子爵の三女マリア・ガネット。後ろメイドはパープ・コセッツ」
少女は名乗り、マカロンを皿に移した。
「私はアリス・レイエス。そしてこの黒猫は使い魔のクラムです」
隣のテーブルでクラムが鳴いた。そして小皿に置かれた小さい茶菓子を食べる。
使い魔は主人のことをよく知る存在ゆえ、主人以外とは会話をしないのが基本となっている。
アリスはシュークリームを掴み、一口食べる。
「んん〜!」
あまりの美味しいさに声にならない声をアリスは出した。
(上と下の皮が違う! 上が柔らかく、下がサクサクしている。それにクリームも生クリームとカスタードの二層。それにほんのりストロベリーの風味もある)
シュークリームはそれほど高級な菓子ではなく、以前住んでいた治安の悪いラーゼ街でも屋台で売られていた。
しかし、ラーゼ街で食べたシュークリームはべっちゃりした皮生地に卵味が強いカスタードだった。
「すごく美味しいです」
「喜んでいただけて光栄だわ」
マリアが太陽のように微笑む。
「アリスも新一年生なの?」
マリアがマカロンをナイフで切り、フォークで口へと運ぶ。
その動かし方は上品で慣れている。どんな人もこれを見てすぐに育ちの良い令嬢と分かる所作だ。普段からそのように美しい食事をしているのだろう。
(ん? あれ? これもしかして手を使ってはいけない系?)
しかし、シュークリームをナイフとフォークで食べるなんて聞いたことないのでアリスはそのまま手でシュークリームを掴み食べる。
「はい。新一年生です。『も』ということはマリアさんも?」
「そう。私も今年からの新一年生。だから、さん付けは結構よ」
「でも、お貴族様を呼び捨てだなんて」
「貴族といっても子爵よ」
「マリアなら子爵というかお姫様だよ」
「あら、ありがとう」
「本当だよ。可愛いお姫様に見えるよ」
「それなら第三王子のお眼鏡にかなうかしら?」
「第三王子狙いなの?」
「いえいえ、冗談よ。それに第三王子がいるかどうかは不明ですもの」
「マリアでもそこらへんは分からないの?」
「ええ。あくまで噂程度ですから」
「そうなんだ」
「でも新一年生で使い魔がいるなんて、貴女は魔法の才能をお持ちなんですね」
「そんなマリアに比べたら私なんて全然」
「私と比べて?」
「? そちらの方も使い魔ですよね? しかも精霊クラス」
その言葉にマリアは驚いた。
(あれ? 私、何かまずいこと言っちゃったかな?)
アリスが慌てているとマリアが、
「よくお気づきになられましたね。どのようにして?」
「いや、その、勘といいますか」
上手く説明できずアリスは困惑した。
「完璧に人間に擬態させているつもりでしたけど見破られるとは」
「すみません」
「謝る必要はないわ。ただ──」
「ただ?」
「このことは他者には秘密で」
マリアが人差し指を口の前に立て、アリスにウインクする。
可愛らしい頼みにアリスは「分かりました。他言無用ですね」と照れながら頷く。
◯
「今日はありがとう」
「いえいえ、それではまた学校で」
「学校で」
アリスは手を振って別れた。
そしてそのアリスの背をマリアは手を振って見送る。
アリスの背が小さくなった頃、マリアの目が変わった。
可愛らしい無垢な目から、権謀術数入り混じる世界を渡ったような大人の目に。
「パープ」
主人らしい威厳のある声音。先の子供らしい声音はどこに行ったのか。
「はい」
「魔法学園リュミエールは皆彼女のような眼をお持ちなの?」
「いえ、ほとんどはおりません」
「でしょうね」
中級の魔法使いでもパープが使い魔、さらには精霊と見破れる者は少ない。
「アリス・レイエス……素性を調べておきなさい」
「はっ」
◯
マリアと別れた後、アリスは衣服店で学生服を受け取った。
「やっと手に入れたよ」
「手に入れたというか受け取るだけだろ」
「そうだけどさー」
衣服店は朝から混雑していた。
夕刻間近の今は朝とはうって変わって空いていた。
「よっと」
クラムは鞄から飛び出した。
「俺は少し散策するよ」
「そう? 私はこのまま宿屋に帰るから」
「おう」
クラムは路地裏へと消えていった。まるで本当の猫のように。




