第5話 駅
夜、アリスは学生服に袖を通した。
「明日からは学園の寮に住まうんだよね。ドキドキする」
学園は全寮制のため明日からは学園の寮住まいとなる。
「安心しな。ラーゼ街に比べたら温室の箱庭だろ」
「差が激しすぎるよ。ねえ? 私、似合ってる? 変じゃないよね?」
「おう。馬子にも衣装だ」
「それ……ギリ褒めてないよね?」
むうっとアリスは膨れる。
「何言ってんだよ。それなりに見えるってことだよ」
アリスは姿見でリュミエールの制服を着た自身を客観的に見る。
リュミエールの制服は白のシャツに赤のタイ、上着は群青色。下は赤のプリッツスカートで脚はニーソックスと茶色のブーツ。質の良い素材を使っているため、それなりの値段はした。この一着だけで二等アパート半年分の家賃に食費足したものと同じほど。
その高級学生服に袖を通したアリスは──お世辞にも可愛いとも美人とも言えない。
どこにでもいる町娘の顔が鏡に映る。
「化粧をすれば、多少は……」
「ガキが化粧するなよ。学校に行くのに化粧するか?」
「そりゃあ、普通の学校とかならそうだけど。今から行くところは貴族のご子息や令嬢が通う魔法学園だよ」
「安心しな。俺もちょっとこの街の学生ぽいやつらを探ってみたけど、そこまで化粧しているやつはいないよ」
「本当?」
「ああ!」
◯
(ク・ラ・ムゥ!)
アリスは顔に出さずに心の中で激怒した。
魔法学園リュミエールには馬車に乗って、敷地に入らないといけない。
その敷地に入る馬車も前もって通行許可証を得ている駅馬車か貴族専用馬車に限られている。平民のアリスは前者しか利用出来ない。
そして今、ロータリーの一角にはリュミエールの生徒が集まっていた。
ここにいるのはたぶん駅馬車を利用する平民達だろう。貴族なら専用馬車が停まっているエリアにいるはず。
(ううっ)
アリスはなるべく周りに顔を見られないよう俯いていた。
と、いうのもクラムは化粧をしている生徒はいないと言っていたが、生徒は皆──。
(化粧している!)
顔だけではない、髪型もきちんと整えたり、パーマをかけたり、アクセサリーを使用していて、カチューシャ、リボン、シュシュ、イヤリング、中には学生服を少しアレンジした生徒までいる。
それに比べてアリスは後ろ髪を紐で結び纏めただけ。
なるべく人に見られないようにと俯きつつ歩いていたため、人とぶつかった。
「すみません」
「いえ、こちらこそごめんなさい」
ぶつかった相手は令嬢だった。
アリスは相手の顔を見て、息を飲んだ。
絹のようにさらさらとしていて、キラキラと輝く金髪、大きな青い瞳、透き通った鼻筋、可愛らしいピンクの唇、そしてきめ細やかな肌。その整った顔からの微笑みはきっと異性の心を掴むだろう。
魔法学園リュミエールの制服を着ている。タイの色が黄色ということは二年生だろう。
令嬢はアリスに会釈して、貴族専用馬車の方へ向かう。
「すごい美女だ」
ついうっとりとした言葉が口から漏れた。
「んっ!?」
ふとアリスは足もとに紙袋が落ちているのを見つけた。
(これ、さっきの人の?)
拾い上げて、アリスは振り返り、先程の令嬢を呼び止めようとしたが、令嬢の姿もう人の波で見えなかった。
(……学園に会った時に渡そう。というか人多すぎ)
と、その時だ。
「おい! 早くしろ! このノロマ!」
怒声がすぐ隣で聞こえて、アリスは驚き、跳ね上がった。
怒声の主は貴族の生徒で、タイの色から二年生ということ、そしてバッジの銀色から子爵と判明。そして怒られているのは平民の男子生徒だった。たくさんの荷物を抱えて、子爵の後をよたよたと追っている。
二人は貴族専用馬車のエリアに向かった。
「なんだろう……きゃあ!」
今度は肩に何かが当たる。
「ごめんなさい」
貴族の女生徒がアリスの肩にぶつかったのだ。彼女は一言謝ったのち、貴族専用馬車エリアに向かう。
◯
「そちらの方々、次お乗りください」
駅員に促され、アリスと他三人は馬車に乗ろうとするが、
「そちらの方。そう。貴女です。こちらに一緒に乗らなくて?」
明らかに貴族令嬢と思われる生徒がアリス一団の中にいる女生徒に誘う。
誘われた女生徒は「では、お言葉に甘えて」と言い、貴族令嬢のもとに向かった。
三人となったアリス達は馬車に乗った。
「さっきの何?」
アリスの隣に座る背の低い赤髪ショートヘアーの女生徒が誰ともなしに聞く。
「相席でしょ? 駅に人が多いと、ときどき貴族は平民の生徒を誘うのよ」
「だからってあのタイミングで誘うか?」
馬車に乗るというタイミングだった。
「相席って貴族からの絶対命令なのか?」
「それはないわよ。それに相席は決まりってわけではなく貴族の嗜みみたいな。まあ、一人減って、楽になったわ」
向かい席に座る黒髪ストレートヘアーの女性が冷たく答える。
「私、スーザン・ツェッペリン。よろしくな」
「セレン・ミャングレーよ」
「わ、私はアリス・レイエスです」
「ここにいる皆はさ、第三王子狙いなの?」
「馬鹿じゃない。第三王子が私達平民なんかに興味ないでしょ?」
「えー、どうかな? もしかしたらワンチャンあるかも」
「よくその形で言えるわね」
「なにさー」
「そっちの貴女も王子様狙い?」
「違います。私なんかが!」
アリスは手と頭をブンブンと振って否定。
「貴族狙いか?」
「それはありかもね」
セレンは怪しく微笑む。
「狙うならそこだよなー」
アハハッとスーザンは笑う。
「アリスは養子縁組か?」
スーザンが二人に聞く。
「ちょっと! 幼児体型だからって失礼よ」
「そっちも十分失礼だぞ」
「養子縁組って、本当にあるんですか?」
「おっ! マジで狙ってる?」
スーザンが食いついた。
「いえいえ、あくまで聞いた話だったので、本当なのかなーと」
「そうよ。養子縁組なんて基本は男子がするものでしょ」
「男子? 女子はしないのですか?」
「まあ、女子にも養子縁組の話はないわけではないけど……あまり聞かないわね」
「どうしてですか?」
「考えてみなさい。女を養子にしてどうするのよ」
「…………」
「シンプルに女の子が欲しいだけじゃね?」
アリスが答えに窮していたのでスーザンが答えた。
「そうね。男子ばかりの家系だと女子が欲しいと願うわね。あとは──」
「あとは?」とスーザンが続きを聞く。
「政略結婚の道具として……かしら」
「なるほどねー」
「《《あくまで》》の話よ。それと選ばれるのは見目麗しい女でないと駄目ね。それこそさっきの貴族に相席を誘われた女性みたいに」
「誘ったのは女だぞ」
「女が女を誘ってはいけない?」
「いけなくはないけどさー」
「? 平民の暮らしぶりを知りたいから誘ったとかですかね?」
アリスが考えを述べる。
「……そうね」
なぜかセレンはアリスの頭を撫でる。
「あの、なんですこれ?」
「なんでもないのよ」
「もー、子供扱いしないでください。私達同い年でしょ?」
アリスは手で頭に乗せられたセレンの手を払いのける。
ここにいる者、そして駅にいた者はほとんどが新一年生達。在学生が混雑する日に街に訪れ、馬車を活用するとは思えない。それこそ専用馬車を持つ貴族ではない限りは。
「セレンって、一年生? 三年生とかでなく?」
「それは私が老けているって言いたの? タイの色で分かるでしょ。それに貴女、もし私が三年生ならかなり失礼よね?」
セレンは額に青筋を浮かべる。
「アハハッ、いや、一年生とは分かってたよ。でも、もしかしたら……なんて考えてた」
そう言ってスーザンは笑った。
「まったく。そんなわけないでしょうに」
セレンは溜め息をつき、額を押さえた。




