第3話 侯爵領カズネ街
アリスの補助、そして援軍により魔猪退治は怪我をすることなく終わった──のだが、
「しんどい。そして臭い!」
ラニーは地面に剣を刺して、地べたに座った。
谷間道は魔猪の血により鉄臭い匂いが充満していた。
魔猪はしぶとく何度斬ってもしぶとく立ち向かってきた。
「なんか可哀想だったな」
まるで相手を少しずついたぶって殺しているかのようだった。
「仕方ありませんよ。あの大きさでは」
「アリスもありがとう。さすが魔法学園に通う生徒だ。頼もしかったよ」
「いえいえ、そんな」
「謙遜しなくていいよ。私一人だった絶対に殺られていた」
それは本当のことだった。
魔猪は騎士一人では対応できない大きさだった。一発目の突進も直撃はしなくても当たっていたら肋骨と腕は折れていただろう。
こうして五体満足でいられるのもアリスのおかげ。
「街に着いたら何か奢らせてよ」
「え、でも」
「いいから」
「では、お言葉に甘えて」
◯
カズネ街に着いて二人は一度別れることにした。
「私、兵舎に行って報告しないといけないから。それとやっぱこの匂いでお店に入るのはまずいよね」
ラニーが二の腕を嗅ぐ。服に魔猪の血の匂いが染み付いていた。
「私も宿屋を探さないといけませんし」
「それじゃあ、またあとでね」
「はい」
◯
「ぼったくられたか?」
宿屋でリュックを下ろすとリュックの中に入っていたクラムが真っ先に出て、開口一番に言った。
「ま、まさか。ここは侯爵領のカズネ街だからちょっと割高なんだよ。そ、それに温泉まであるんだから」
アリスは街で一番安そうな宿を選んだのだが、一泊の値段が以前住んでいたラーゼ街のオンボロ宿一月分にあたる。
「本当か? 小娘だから騙されたんだろ」
「違うよ!」
アリスは服と下着を取り出す。そして杖を使って部屋と鞄、リュックに魔法をかける。
「私、ちょっと一風呂入ってくるよ。お留守番お願いね」
「魔法をかけたのに?」
アリスがかけた魔法は二種類で一つは部屋に入った者を後で追尾できるもの。もう一つは鞄とリュックを盗もうとする者に電流を与えるものだ。
「念のためにね」
「ずっとリュックに入ってたから体が凝ってんでよ」
「ならベッドの上で体をほぐしたら」
「そしたらお前、毛が落ちてるとかでうるさいだろ」
「それなら床でゴロゴロしてて」
そう言ってアリスは部屋を出た。
◯
カズネ街はヘーゼスタル侯爵領で貴族のご子息・ご令嬢が通う学園から近いということもあり、それなり栄えていた。
そのカズネ街は四つのエリアに分けられる。役所や兵舎、商会、屋敷のあるエリア。
商店街やレストラン、カフェなどがあるエリア。旅人用の宿屋が多いエリア。そして住宅街。
そんな中、ラニーは兵舎でまず体を清め、新品の服に着替えて、そしてお偉いさんに報告するため執務室に向かった。
ラニーは兵舎というものが針の筵のような感じを受け取るため嫌いだった。近衛兵と兵は違う。近衛兵は王侯貴族と重鎮を守るのを主とし、兵はモンスターや戦争、国民を守ること。
そのため兵からの冷たい目線が嫌いだ。
けど、ここの兵舎はどこか違う。
(やはり上が違うと目線も変わるのだろうか)
観音扉の前でラニーは立ち止まり一呼吸。
そしてノックをした。
「どうぞ」
中から女性が入室を許可した。秘書ではなく、それは──。
扉を開けて執務室に入る。
「失礼します。近衛特務隊所属ラニー・レザーフォードです」
敬礼のポーズでラニーは名乗った。
「楽にしてください」
「はっ!」
敬礼のポーズはやめたが、きちんとした直立で相手に対応する。
相手はただの兵舎のお偉いさんではない。本物の貴族であるお偉いさんだ。
ヘーゼスタル侯爵の次女ジジ・ヘーゼスタル。長い銀髪を後ろで纏め、気品さを持った女性。まだ就任二年目なのにもう何年もこの席に座り、仕事をしている雰囲気を纏っている。
「それで魔猪が現れたそうですね」
「はっ! 私めと十数名の兵、そしてたまたま居合わせた魔法学園リュミエールの生徒と共に撃破いたしました」
「ご苦労様です。それでその生徒の名は?」
「アリス・レイエスという新一年生です」
「新一年生……ですか?」
ジジは顎に指を当てる。
「今回の魔猪は大きかったと聞きますが」
「はい。私も大きいと感じました」
「それを二人で?」
「いえ、最初は二人でしたが、その後すぐに兵が援護に駆けつけてくれました」
「報告には駆けつけた時は魔猪はかなり弱まっていたとか」
「そうでしょうか? 私にはまだ驚異的に感じておりましたが」
あのまま二人だけだと相当時間がかかっていたと思う。それにラニーはやられていた可能性もあった。
「……そうですか」
それでもジジはどこか引っかかっているようだ。
◯
「ごめん、待った?」
ラニーが待ち合わせ場所の噴水広場に駆け寄る。
「いえ、私もつい先ほど着いたので」と、アリスは言った。
「それじゃあ、行こっか。こっちだよ」
ラニーが歩き、それにアリスがついて行く。
そして辿り着いたのが──。
「ここは……酒場ですか?」
席に着いて、アリスはラニーに聞く。
「うん。ここね、酒場だけど料理も美味しのよ。おすすめはこれとこれ」
ラニーはメニュー表から料理名を指差す。
そしてウェイトレスに料理とジュースを注文した。
「ラニーさんもジュースですか?」
「だって私、未成年だし」
「ええっ!?」
「ひどい。いくつだと思ってたのよ」
「いや、だって、ここ酒場だし」
「酒場だけど料理も美味しのよ」
それは先ほど聞いていた。問題は未成年が未成年を酒場に誘うということ。
「夜は未成年は大人がいないと入店出来ないけど、それまでなら子供でも入店出来るの」
「へえ」
「そうそう。それと頼みがあったんだ」
ラニーが紙と鉛筆を取り出してテーブルに置く。
「魔猪の件だけど、実はここに必要事項を記入して欲しいんだよね」
「必要事項?」
「うん。君も討伐に関わったからね」
「分かりました」
アリスは料理が運ばれてくる間、紙に必要事項を記入する。
そして記入が終わった頃にジュースが届いた。きっとウェイトレスが記入が終わった頃を見計らってジュースを届けてくれたのだろう。
「アリスは魔法が使えるけど誰から教わったの?」
「えっと、地元の魔法使いに」
魔女リズベルトの名を出すとまずいのアリスは嘘をついた。
「ラニーさんはお酒が飲めないと言いましたけど、ご年齢は?」
「女性にそれ聞く?」
「女性同士じゃないですか」
「ま、それもそうだね。19歳だよ」
「その若さで近衛ってすごいですね」
「すごくないよ。近衛といっても特務隊だし」
そう言ってラニーは肩を竦める。
表情に少し翳りがあり、謙遜というわけでもないようだ。
それから料理が運ばれ、二人は食事をとり始めた。
「美味しいです!」
嘘偽りなく本当に美味しかった。
「でしょ」
少し翳りのあったラニーも料理を口にすると顔がほころび始めた。




