第23話 翌日
翌日は日曜日で生徒達は昨夜の轟音の話題で持ちきりだった。しかも一部の貴族生徒が教師に呼び出しを受けていた。
その中にはウルス子爵のご子息ボビー・ウルスも含まれていた。
「俺は何も知らなかったんだ。本当です。信じてください」
「では、君はあの薬をなんだと思っていたのかね?」
今、ボビーは校長室ではなく、生徒会室に呼ばれていた。生徒会長が直に話がしたいということでここにはウルス、ラルク生徒会長とキール副生徒会長しかいない。
「そ、それは、分かりません。ケイネス先生が良いものだということしか……」
ボビーは目を泳がせて言う。
「そう。では、次の質問だ」
ラルクは麻薬の件はどうでもいいような感じだった。
それを知って、これは上手く騙せるかもしれないとボビーは考えた。
「僕を暗殺しようとしたのはなぜかな?」
「知りません。なんのことですか?」
「知らばっくれるきか?」
キールが怒鳴る。あの件で怪我をしたのはキールだ。犯人に対して怒りがあるのだろう。
「本当です。どうして俺が生徒会長を?」
「他の子はすんなり話してくれたよ。それと使用された魔導具も見つかったしね。これもケイネス先生に頼まれたそうだね」
「待ってください。あれはアリスという平民を狙ったんです」
「どうして?」
「そ、それは知りません。ケイネス先生が狙えと。本当に何も知らないんです」
「魔法で攻撃をしたことは認めるんだな」
キールが語気を強めて問う。
「っ!? そ、それは……」
ボビーはキールに睨まれて、とうとう謝る。
「すみません」
「そうそう。お友達のジャック君はお咎めなしだよ」
「は? どうして?」
「どうしたの? そんな顔をして。友達がお咎めなしなら、むしろ喜ばしいことではないか」
「いや、なんで?」
ボビーはありえないという顔をしている。
「彼はサロンに参加していなかっただろ?」
「でも、手伝いを」
「荷物運びだろ。テーブルやら椅子、お菓子や飲み物を取り寄せるだけの」
「でも、サロンに!」
「どうして彼まで巻き添えにしようとするんだい」
「あの平民が主人を無視して……そんなのありえない!」
「主人? 君達は主従関係だったのかな?」
ラルクの目が光る。学園では爵位を示すバッジを着けることは義務付けられていても、主従関係は御法度。
「違います……クソッ!」
ボビーは怒りで自身の腿を叩く。そして俯いて恨み言をこぼす。
「あいつ、覚えてろよ」
「そうだ。ここだけの話。彼、婚約したらしいよ」
「は?」
「相手はカトレア・ボードレールらしいね」
「ボードレール……ボードレール伯爵!?」
「そう」
「まさか、だって、あいつは平民でボードレール嬢は伯爵令嬢」
「本来は身分の差で二人は諦めていたらしい。けれど今回の件で二人は強く決心したらしいね」
「そんな」
「気をつけなよ。平民と見下していた彼が伯爵の婿養子になったんだよ。子爵の君より爵位が上になるね」
ボビーは目を見開きわなわなと震える。
◯
「どうして嘘を?」
ボビーが青い顔で生徒会室を出て行った後、キールがラルクに尋ねる。
嘘とはジャックとボードレール嬢の婚約の話。
決心はしたが、まだ親からの返事は届いていない。普通に考えたら分かる話だ。
「僕は婚約すると思うな。現ボードレール伯爵のことを知っているかい?」
「いえ」
「なんでも彼も平民出身の婿養子らしいよ」
「婿養子!?」
「そう。しかもジャックと同じ恋愛結婚。だから強く否定は出来ないと思うな」
◯
生徒会室で一人になるとラルクは【通信蝶】を使い、第三王子に連絡をする。
『終わった?』
「ええ。こちらは無事に事を進めました」
『そう。それは良かった』
「それで今回の件は誰が犯人なのでしょうか?」
『ケイネスだろ?』
「いえ、そうではなく、そのケイネスを倒したのは誰かということです」
ケイネスが捕まったことで生徒会長とハイエマン嬢の襲撃班はもろもろ捕まえた。
だが、ケイネスを魔法で打ち倒した者は不明。
『さあ、誰なのかな? 少なくとも私ではないよ』
「でしょうね。少なくともケイネスはリサーチャーの他にアタッカーとしての素質をお持ちのようですから」
リサーチャーは魔法の研究する者に多いタイプ。名前の通り、調べる事を中心とした魔法使い。魔法薬の講師ゆえにケイネスはリサーチャーとして認知されていた。
けれど、実際は攻撃魔法を巧み使えるアタッカーでもあったのだ。
その実力は魔法省のアタッカーでもタイマンで倒すのは難しいくらいだとか。
そのケイネスを何者かが打ち倒した。
足跡からすると相手は一人の可能性が高い。しかも女性。
「本当に知らないんですか?」
『ああ。現在、こちらでも調査中だよ』
「…………」
『話は以上かい?』
「ええ。通話を切らせていただきます」
通話を切ってラルクは溜め息をついた。
(あれは何か知っているな)
◯
「エリセ! 昨夜のケイネス先生の件、あんたの仕業じゃないでしょうね!」
事件があったことで今日一日は休校となり、シャーナは両部屋に戻って開口一番エリセに問う。
「ケイネス?」
リビングのソファで雑誌を読んでいたエリセは首をかしげる。
「薬学の教師! その教師が何者かと魔法戦闘して倒されていたの!」
「知らないよー」
「……本当にあんたじゃないの?」
シャーナはエリセに近寄り、瞳をじっと見つめる。
「昨夜は仕事なかったよ。知ってるでしょ?」
「……私の知らない間に外に出たとか?」
「してないー」
シャーナの知らない間にエリセが仕事を受けたという線はないようだ。
「なら、一体誰が?」
ケイネスは薬学の教師とはいえ、生徒に負けるような人物ではない。
なら、外から侵入者か。
しかし、そんな話は聞かないし。
(教師間の争いか?)
「ねえ? そんなことより今日は休みなんだって。何して遊ぶー?」
「……部屋の掃除でもするかー」
「やだー! 遊ぼー!」
「掃除したら遊ぼうな」
「ホント?」
「本当、本当。街に行って、美味しいもん食おうな」
「わーい」
◯
小さな鳥が外側から窓を突いた。
部屋の中にいたマリアは窓を開けて鳥を部屋の中へと誘う。
鳥は部屋の中に入ると光り輝き、人の形になる。
鳥の正体はマリアの使い魔パープ・コセッツだった。
「お戻りいたしました」
「ご苦労」
マリアは窓を閉めながら尋ねる。
「教師ケイネスは麻薬を貴族の生徒達に売り捌いていた模様です」
「どちらもクズね」
「そしてケイネスを倒した人物ですが不明。捜査員はトラブルのあった人物から容疑者を絞ろうとしておりますが、ケイネスを倒すほどの者はなく、早々に暗礁に上がっております」
「あらら」
「こちらでさらなる調査をいたしましょうか?」
「結構。この件はもういいわ。哀れな教師と生徒の問題。事件自体興味もないし」
それにマリアはすでに検討がついていた。
あの関係者の中で単独でケイネスを倒せる者。そして表立って行動しない者。
「それよりパープ、戻ってきたばかりで悪いけどお茶を淹れてくれない?」
「承りました」
◯
「う〜」
エリセが不満そうに唇を尖らせる。
シャーナのエリセは街に向かおうと馬車を使おうとしたけど、現在は全便が使えなかった。
「すみませーん。本日はお休みでーす」
係員が駅に群がる生徒達に向けて大声を発する。
「皆、考えてる事は同じ?」
「……それだけではなさそうだけど」
休みだから街に向かう……だけでなく、避難するように街へ向かうおうとする使用人に鞄を持たせる貴族もいた。
「戻ろうか」
「ええ!」
エリセはすごく嫌そうな声を出す。
「まだ開けていないクッキー缶があるから、今日はそれで我慢しよう」
「クッキー?」
「食堂でプリンを注文していいから」
シャーナはエリセの背を押して寮へと歩かせる。
◯
その日、アリスは図書館に向かっていた。ひとけの少ない廊下を歩いていると向こうからスーザンとセレンが現れた。
「二人とも、もしかして図書館に?」
「ああ。暇だから図書館に寄ろうとしたんだけど閉館中でさ」
「やっぱり事件でゴタゴタ中だから閉館のようなの」
セレンは溜め息をついた。そして、「それなのにこいつは図書館は開いてるって言って……」隣のスーザンを睨む。
「アハハッ、いやー、意外だったよー」
「何が意外よ。普通に考えたら分かるでしょ?」
その後、三人は庭園の東屋に移動した。
「ケイネス先生がやられたのはびっくりだったよな」
「しかも色々と悪いことしてたとは……ね」
「麻薬だろ?」
「怖いわねー」
「二人はどうしてそんなこと知ってるの?」
ケイネスの件は生徒達には今日の朝に知らされたはず。それに事件概要については調査中とのことで詳しくは知らないはず。
「寮内に情報通がいるらしくてさ、一気に広まったぞ」
「そうそう。そしたら貴族達は一旦街へと避難しようとしたり、ごたついていたり、大変よ」
セレンが右手で額を押さえる。
「それは大変だね」
「そっちの寮はごたつかなかったの?」
「騒ぎは……なかったかも」
「さすがグラース寮」
「さすが?」
「知らないのか? グラース寮って変人奇人が多いらしいぜ」
「スーザン!」
セレンが肘でスーザンを突く。
「ええっ!?」
「あくまで噂よ。気にしてはダメだから」
アリスは今までグラース寮で会った人物を思い浮かべる。
姉とアイスバーン。天真爛漫のエリセ、その姉役のシャーナ。占星術の家系であるイレーヌ。
「…………」
「ま、変人奇人が多いと何かと面白いだろ」
スーザンが笑う。
「うちは堅っ苦しいからなー」
「その割には意外と自由に振る舞ってない?」
「そんなことないぞー」
セレンは溜め息をついて、「頭が痛いわー」と呟く。




