第21話 対決
夜、アリスは寮を抜け出して、学園敷地内にある生垣迷路を進んでいた。
曇りなき夜空のため、半月が地面を照らしていた。
アリスは特殊な生垣の壁に辿り着き、魔力で無理やり通路を作る。
そのまま奥へと進み、生垣を出て、広い敷地に入った。
さらに歩き続けると小屋と柵に囲まれた木々と畑、花壇が見えた。
(あそこか)
アリスは小屋は向けて歩き始める。
「こそ泥か?」
冷たい言葉がアリスの背後から投げかけられた。
アリスは振り返り、相手を見据える。
「伝言は通じたようですね。ケイネス先生」
「フンッ」
ケイネスは機嫌悪く鼻を鳴らす。手には杖を持っている。
アリスはジャックにウルスへと伝言を頼んだ。内容は『メガネをかけた方へ。貴方の栽培地を燃やします』と。
「カヤククルミを返してもらおうか?」
「返すと?」
「では、なんのためにここに?」
「伝言通り、燃やさせていただきます」
ケイネスに頬がひくついた。
「させるとおもうか!」
ケイネスは杖で魔法を放つ。火球が飛んでくる。
アリスはシールドで防ぎ、
「いいんですか? あの植物園には大切な麻薬草があるのでしょう?」
「そこまで知っているのか」
「簡単な推測です」
お返しにとアリスはルーン魔法で水流を放つ。
ケイネスは火球で打ち消す。彼が躊躇なく、火属性魔法を使うのは、植物園には強固なシールドが張られているからだ。
「ほう。ルーン魔法を使えると聞いていたが一年生にしてはなかなか」
ケイネスはアリスを褒めるが、アリスは返答をしない。
なぜなら──。
「涙を満たせ、嘆きを堪えず、咆哮せよ──」
「詠唱魔法かっ!?」
アリスがなんの詠唱魔法を唱えているのかを察知したケイネスは魔力を杖に流し込む。そして特大の火炎魔法を放つ。
「消し炭になれっ!」
「ウォータースラッシュ!」
炎の渦と水の濁流がぶつかり、互いを相殺する。
「まだです!」
アリスは詠唱中に光で書いたルーン文字を使って魔法を放つ! 雷撃の鞭がケイエスを襲う。
「なんの!」
ケイエスは魔法で地面を盾のように隆起させ、雷撃の鞭を防ぐ。
さらに魔法で隆起した土を飛ばす。
無数の弾丸がアリスを襲う。
アリスは大きめに書いたルーン文字でシールドを張り、土の弾丸を防ぐ。
「ぐっ!」
石でなかったのが幸い。もし石なら貫通されていたかもしれない。
「杖なしでここまでルーンと詠唱魔法を使いこなすとは。敵ながらあっぱれ。だが──」
ケイネスは一際大きい火球を放つ。
アリスは急いで書いたルーン魔法で水流を出して、火球を掻き消す。
「どうした? ルーン文字にばらつきがあるぞ」
ケイネスはどんどんと火球を生み出してはアリスにぶつけていく。
(楽しんでいる)
火にとって水は相性が悪い。それなのに相手は火属性魔法を使う。それは自身の勝ちを信じているからだ。
「駆けろ、引っ掛け、遊べよ、緑の申し子よ──」
アリスは口では詠唱を、手でルーン文字を書く。
「ワイバーン・クロス」
ケイネスの四方八方から風の爪が襲いかかる。
それをケイネスは杖を使い、自身を中心として球形のシールドを張る。
ガガガガガッ!
「もう一つ!」
アリスはルーン文字を二文字書き、光弾の魔法を放つ。
ダンッ!
だが、ケイネスのシールドを破壊するには至らなかった。
「ま、この程度か。ルーン魔法も詠唱魔法も実践には不向きだからな」
ケイネスは気だるげに杖をアリスに向ける。
火球が放たれ、アリスはルーン魔法で応戦。
さらにケイネスは続けて、氷の礫を雨のように放つ。
「ルーン文字はきちんと正しく書かなくてはいけない。だが、お前は詠唱魔法と併発しているせいでルーン文字にバラツキがある。しかも三文字以上は書けない」
そう。アリスは戦闘ではルーン文字を三文字以上使った魔法は繰り出せない。
そしてケイネスの言う通り、ルーン文字にバラツキがある。大きいものがあり、使用後にも残滓として宙にひらひらと残っている。
「それに詠唱魔法も時間かかる。元は複数人で長時間詠唱が当たり前だからな。そのため実践では弱い」
「ええ。そうですね。普通なら」
アリスはなおも詠唱魔法と二文字のルーン文字で魔法を繰り出す。
ケイネスは飽きてきた言わんばかりに魔力を込めて巨大な蛇炎をだす。
「終わりだ」
蛇炎は本物の蛇のごとく口を大きく開いて飛び込み、アリスをぱっくりと飲み込む。
蛇炎は炎の渦となり、周囲を燃やし、温度を跳ね上げる。離れたところにいるケイネスの額にも熱による汗が。
その炎の渦は内側から消され始める。アリスが魔法で内から水属性魔法でなんとかかき消しているのだろう。
それはまるで炎の中で、足掻きもがいているようだ。
そして炎の渦が消え、煙が立ち籠る。煙の中ではルーン文字の残滓が瞬いている。
煙が晴れ、小さい人のシルエットが現れた。よろよろと前に出て、姿が露わになる。
「なんだ? まだ生きてたか」
「……そう簡単にはやられません」
「にしてはボロボロですけどね」
擦り傷もあり、服も破けて泥もついている。
「教えてくれよ。杖のないお前がどうやって私を倒すんだ」
ケイネスは余裕の笑みを浮かべながら聞く。
「それはもちろん──」
アリスは光でルーン文字を書く。
「それで私を倒せると?」
ケイネスは呆れたように溜め息を吐く。
「貴方はルーン文字を二文字しか使えてないと馬鹿にしてましたよね?」
「ええ」
「それは事実です。戦闘で三文字以上書くのは難しい。けれど、これならどうですか?」
アリスは残滓のルーンを使う。
「なんだと!?」
さらにアリスは文字を文章のように繋げて輪を作る。そしてその中心にアリスは模様を描く。
「まさか! それは! 魔法陣!」
ケイネスが目を見開く。
「そうです!」
魔法陣に巨大な魔力が流し込まれ、その結果が何を生み出すのかをケイネスは考え、そして予想される威力に震える。
「ま、待って、待ってくれ!」
「喰らえーーー!」
アリスの魔法陣の前から白く太い光が放出される。その光の奔流がケイネスと周囲を飲み込んでいく。
地面は削られ、轟音が大気を震わす。
◯
「殺したのか?」
見守っていた使い魔のクラムが森から出てきた。
アリスは息を整えてから、
「殺してない。腐っても相手は魔法学園に務める教師。シールドを張ってなんとか一命を取り留めたらしいね」
アリスは地面にのびているケイネスのもとに向かう。そして精神干渉魔法で記憶をいじる。その後で持っていたカヤククルミをケイネスの体に置く。
「さ、近衛兵と教師達が来る前に逃げよう!」
◯
アリスとケイエスの戦闘を遠く離れた場所から、長い青髪を風にたなびかせて、同じく青い瞳を持つ女子生徒が双眼鏡を使って傍観していた。
名はマーガレット・アイスバーン。
アイスバーン辺境伯の一人娘。
アリスが放った光線の魔法を見て、感嘆と驚嘆の息を吐き、身を震わせていた。
◯
アイスバーン家といえば、国の最北で隣接する国に睨みを効かせる屈強なお家柄と思われるが、実際はフィジカルは見た目だけで、中身は権謀術数を得意とする家系。
力ではなく情報。それが隣接する国からの侵略を阻止させている。
それが去年、第三王子が身分を隠して入学。暗殺防止と健やか学園生活を送らせるため魔法院からマーガレット・アイスバーンが派遣された。
選ばれた理由の一つはアイスバーン家というのもあるが、マーガレットは飛び級で魔法院に入った身。年齢は第三王子と同じであることも選ばれた理由の一つ。
その後、今日まで生徒の情報を集め、第三王子を影ながら守っていた。
だが、今年は謎の新入生がいた。
あきらかに出身が不明なもの。そして魔法の能力値が高い。
このような人物を入学させるわけにはいかない。
名前はアリス・レイエス。
こと始まりは合格者発表から数日後、マーガレットが合格者の身分を調べていた時、引っかかったのがアリスだった。
出生地不明、プリュダンス孤児院で育ち、ジェラルド領ペンサラ地区で育ち、三年前から今年までハイエマン領のラーゼ街が暮らしていた。
出生地不明の段階で怪しいのだが、マーガレットが強く引っかかったのだ、ペンサラからラーゼ街への移転だ。ペンサラはジェラルド領、ラーゼ街はハイエマン領。この二人の貴族は仲がよろしくない。しかも、ペンサラからラーゼ街は遠い。そしてラーゼ街は犯罪率が高い街でもある。なにより、ペンサラ地区だ。ペンサラ市でなく地区。それはまるで市の外れに住んでいたというようなもの。町でも村でもなく。
そこへきて、入学試験でのアリスの成績。
中の上。一見、そこそこに見えるが、内訳が驚くべきものだった。魔法に関してはトップの成績。
魔法院でも通用できるレベル。
魔法以外に関しての成績が低いが、マーガレットからするとアリスは魔法に特化した者であった。
一平民がどこでこれほど魔法に関する知識を手に入れたのか。
魔法学は一般的な学問ではない。それでも平民であっても家庭教師や魔法学に通じる知人の力を借りれば、多少成績が良い者が生まれる。
しかし、アリスは違う。ラーゼ街だ。あの街でまともな勉強など出来るだろうか。そしてトップ成績ということはどれほど優秀な家庭教師を雇ったのか。
そしてもう一つ驚くものが──アリスは魔力量が高い。
こればかりは勉強でどうにか出来るものではない。
天性か、実戦か。
マーガレットはアリスという人物がこの学園に何か事件をもたらす脅威ではないかとそんな懸念があった。
そしてマーガレット・アイスバーンがアリスを監視することにした。
アリスに【通信蝶】を常に持たせることで、どこにいるかを常時把握。
マーガレットはアリスがいない時は情報収集を行い、アリスが寮に戻ってくる頃には先に寮に戻る。ただ、時間稼ぎとしてアリスにお使いを頼んだ。
こうしてマーガレットの二年生としての生活が始まった。
だが、ここ最近アリスが事件に巻き込まれ、さらに今日になって、こっそりと何も言わずに夜に外出。
これは何かあるだろうと。マーガレットは部屋を出て、離れたところから双眼鏡でアリスの様子を伺っていた。
そして今──。
「何よあれ」
ルーン文字の残滓を使って長いルーン文字による文章の輪を作り、その中に模様を書いて魔法陣。生み出された魔法は一級魔法に相当する。
光がケイネスとその周囲を弾き飛ばす。
地面は大きく削れている。
音はここまで届いている。きっと生徒と教師の寮、近衛特務隊の兵舎にまで届いているだろう。
「敵国からの魔法部隊? それとも……」
見た目は無害なちっちゃい平民だけど、戦闘スキルと魔法技術は恐ろしいレベル。しかも杖なしで。万全の状態ならどれほどのものだったのか。
ポケットに入れていた【通信蝶】が震える。
「なに?」
『ものすごい轟音があったけど……』
相手は第三王子からであった。
「今、例のあの子がケイネス教師を魔法で倒したとこ」
『へ? なぜ?』
「分かりません。たぶんここ最近の事件はケイネスが重要参考人なんでしょうね。確か麻薬関連の疑いがあったのよね。これで色々判明するんじゃないかしら」
『そうだね』
しかし、それと同時に多くの生徒もしょっ引かれるだろう。
「そろそろ大人達がわんさか来るので私はこれで」
通話を切り、マーガレットは急いで寮に戻る。
アリスより先に戻り、部屋に入る。
部屋は長机の上以外は綺麗だった。久々に袖を通した制服をハンガーに掛ける。寝間着に着替えたマーガレットは椅子に座る。そして長机の資料を見る。資料はこの学園内で知り得た噂や情報、その中にはアリスに関する情報もある。
だが、魔法が得意ということ。ここ最近、ジェラルド嬢とは仲良くなり、ハイエマン嬢とは仲が悪くなっている。
そこでふとアリスがジェラルド領のペンサラ地区、ハイエマン領のラーゼ街にいたことを思い出す。
令嬢と住んでいた場所。
これは偶然か。それとも──。
しばらくして微かに物音がして、足音がアリスの部屋へと向かい、小さくドアの開閉音をマーガレットは聞いた。
(彼女は一体何者なのかしら)
マーガレットはアリスが自分を襲ってくるのではという考えもあったが、今のところそのような気配は微塵もない。
(何か別の目的がある?)
貴族のご子息・令嬢が通う魔法学園に潜入するとなると狙いは貴族と考えられる。脅迫材料を探してか。
それとも復讐か──。
「これ以上考えても意味はないか……」
アリス・レイエスに対する情報が少なすぎる今、推測を立てることは難しい。




