第18話 聴取
「ねえ、アリスの姉って、マーガレット・アイスバーンなの?」
食堂での食事の後、自室でシャーナはエリセに聞いた。
「知らなーい」
エリセは二人掛けソファに寝そべりながら返答した。手には雑誌。たぶんシャーナの問いも話半分で聞いていただろう。
「ちゃんと聞いてるの?」
「聞いてる」
「……それでアリスの姉のこと聞いてない?」
シャーナはもう一度問う。
「ん〜。シュヴェスターって何?」
「今さらかよ。姉妹のこと。寮で住むときに言ったでしょ!」
「ああ〜、設定だっけ?」
「……寮の設定だけど、設定って言うなよ」
「アリスの姉については聞いてなーい。知りたいなら会いに行けばいいじゃん。同じ寮でしょ?」
「まあ、そうだけどさ」
しかし相手は超人見知りで部屋から出て来ないと聞く。
「そうそう。前にあんた、アリスの実力が普通って言ってたけど、それは何基準?」
「基準?」
「えーと、つまり、誰と比べて普通なのかなってこと」
「んーとね、仕事の時で会う機関の人」
「あんたの言う、その機関の人は研究の人? いつもあんたの魔力量とか体温とか疲労レベルを計測するような──」
そこで会話を邪魔するようにノック音が部屋に鳴り響く。
「手紙です」
こんな時間に手紙なんてないはず。
普通ならば──。
「はい」
シャーナはドアを開ける。
女性職員がいて、「エリセさんに手紙です」と赤い手紙をシャーナに手渡す。
「どうも」
「それと……」
ドアを閉じようとしたシャーナの動きを女性職員が言葉で止める。
「あまり機関の詮索はなさらないように」
女性職員は口は笑っているが目は笑っていなかった。
「……はい」
シャーナはドアを閉じる。
(聞かれてた?)
背中にじっとりとした嫌な汗を感じて息を吐く。
「エリセ、手紙」
「うん」
シャーナから赤い手紙を受け取ったエリセは封を開け、中の紙片を読む。
ランダムの文字列と隣には数字。
機関からの指令伝達には主に二つある。
基地に来いというものと特定の現場で集合の二つ。
食堂の時は前者で、今回の手紙は後者。
「行ってくるね」
エリセは紙片を破いてゴミ箱に捨てる。
「ええ。気をつけて」
シャーナが言えることはそれだけ。
エリセはまるで遊びに行くように陽気な足取りで部屋を出る。
シャーナはエリセの仕事がどんなものか具体的なことは知らないが、危険で国にとって重要度の高いものと知っている。
そんな機関の人間は研究職の者が多いため四級魔法使いクラス。中には多少戦闘の心得があり三級魔法使いもいる。
けれど、現場は違う。現場は魔法使いのエキスパート集団。二級魔法使いのはず。
アリスは……現場レベルというのか。
シャーナは首を横に振る。
(いやいや、まさかね。きっと研究者クラスよ。けれど……)
四級でも魔法省の職員クラス。アリス・レイエスはただの平民ではないのか。アイスバーンが姉なのは何か意味があるのか。
(去年から何かがおかしい)
第三王子の入学、そして事件。またしても去年の続きなのか。
それともただの偶然か。
機関は第三王子に関しては無頓着で情報が入らない。いや、仮になんらかの情報を得ていてもシャーナには情報が降りてこないのかもしれない。
◯
翌日の昼、トイレに行っていたスーザンが教室に戻ってくるとアリスのもとに駆けつけてきた。
「た、大変だぞ!」
「な、何?」
あまりの剣幕にアリスは身を縮こませる。
「廊下で聞いたんだけど、昨日、ハイエマン嬢達が下校中に狙われたらしいぞ!」
「えっ!?」
「それでジェラルド嬢が校長室に呼ばれたらしい」
「な、なんで?」
「それが目撃者によると怪しい女がいたってことでジェラルド嬢が呼ばれたらしいぞ」
「だからなんでジェラルド嬢が?」
「昨日の放課後に揉めたんだろ?」
「うん。私の通学カバンがきっかけで」
「それの恨みじゃねえかって噂だぜ」
「まさか!? 私が呼ばれるならまだしも」
「君にも用があるよ」
別の声が会話に入って来た。会話に夢中でアリス達は近寄ってくる人物に気づかなかった。
「せ、生徒会長!」
二年生の生徒会長が一年生の教室に入って来て、教室内はざわつく。
「実は君にも話をいくつか聞きたくてね。ちょっと来てくれるかい?」
「は、はい」
◯
「あの、ここは……」
「校長室だよ」
生徒会長に連れられアリスが訪れてのは校長室だった。
アリスは観音開きの分厚い扉とその上のプレートを見上げる。
プレートには校長室と彫られている。
「何、大丈夫だよ」
生徒会長がアリスを安心させるように微笑む。そして扉をノックして名乗る。
中からの返事を聞き、生徒会長は扉を開けて中に、アリスもその後に続いた。
校長室には部屋の真ん中にはテーブルがあり、それを挟むように三人掛けのソファが二つ、そして奥に1人掛けのイスが配置されている。入って右側のソファに大人三人が座っている。左側のソファにはジェラルド嬢が。奥のイスには校長が座っていた。
校長がアリスと生徒会長に、「こちらに座りなさい」とジェラルド嬢が座る三人掛けのソファを勧める。
生徒会長に促され、アリスがジェラルド嬢の隣に座る。そしてその隣に生徒会長が座った。
アリスは美男美女に挟まれる形になったが、三人掛けソファの真ん中に自分が座って良いものかと困惑した。
「では、まずは自己紹介から」
反対側のソファに座る四十代ほどの強面男性が口を開いた。
「私は捜査員のデニスです」
次にその隣に座る三十代のメガネ男性が「カイネです」と名乗った。
そして最後に白色を基調とした近衛特務隊の正装を着た気品のある銀髪の女性が答える。
「私は近衛特務隊隊長のヴィヴィ・アルルフランです」
(この人がラニーさんの上司か。すっごく美人だ)
特務隊の正装でなく、ドレスを着たらそれこそ貴婦人になるだろう。
「まずハイエマン嬢達が襲われたことはご存知かな?」
捜査員のデニスが口火を切る。
「はい」
ジェラルド嬢が返答し、隣に座るアリスも大きく頷く。
◯
「「失礼しました」」
アリスとジェラルド嬢は一礼して校長室を出た。
生徒会長はまだ彼らと話があるようで退出するように命じられたの二人だけだった。
「びっくりしましたね。まさかハイエマン嬢達が狙われたなんて」
「ええ。でも、一体誰が?」
「学園敷地に潜入した可能性があるって言ってましたけど」
下校中に複数の何者かに襲撃を受けたハイエマン嬢達は命に関わるほどの攻撃を受けず、せいぜい打撲程度だったとか。その際に持ち物を盗まれたらしく、捜査員は強盗の線で調べている。
「学園には幾重もの結界が張られているわ。それを掻い潜って、侵入できるかしら?」
「そうですね。魔法に得意な強盗集団でしょうか?」
「生徒会長の件もあるしね」
「同一人物なんですかね?」
「どう……かしら?」
ジェラルド嬢は考え込む。
「とにかくしばらくは気をつけましょう」
「はい」
◯
アリスとジェラルド嬢が退室した後、校長室で続きが行われていた。
「これは去年の再開なんでしょうかね?」
デニスが生徒会長に向けて聞く。
「さあ? ただ、今回は死者が出ていません」
「まだ出ていないという可能性は?」
「そうかもしれませんね」
生徒会長は苦笑して肩を竦める。
デニスは眉を歪ませて、困り顔を作る。
「隊長さんはあれから何か判明しました?」
近衛隊隊長のヴィヴィは無言で首を横に振る。
「誰かが学園敷地内に侵入したとかは?」
「ありません。周囲を見回って侵入の痕跡を探しましたが何も見つかりませんでした……ただ絶対とは言い切れません」
「……まあ、魔法を使われたら……どうしようもありませんし」
デニスは自身の額に手を置く。
「今回は去年と別件でしょうかね」
「私もそう思います。去年とは手口が違いますし」
「今年から変えたという線は?」
「だとしたらこんな成果を出しますか?」
事件は二つ。
一つは生徒会長が狙われた件。
これには被害はなかった。
二つ、ハイエマン嬢達への襲撃。
これは被害があった。ただし、死者はいない。怪我も大した事はない。
「この二つは何か繋がりがあるんですかね?」
校長がハンカチで汗を拭きつつ誰ともなしに尋ねる。
「だから二人を呼んだんでしょう」
デニスは呆れ気味に答える。
二つの件はどちらもアリス・レイエスとジェラルド嬢が関わっている。
「では、二人が?」
「いや、どちらもシロですね」
事件に関わりがあるが、不審な点はない。
「二つの事件は同一犯ではないという可能性は?」
メガネをかけた捜査員のカイネが告げる。
「あるかもな」
デニスは立ち上がる。
「とにかく調べてはみます」
「お願いしますよ。また去年のようなことになったら学園の存亡の危機なんですから」
校長が捜査員二人に懇願する。
「私も成果がなければ上から誹りを受けますからね。ちゃんとやりますよ。ねえ?」
デニスは近衛特務隊隊長のヴィヴィに聞く。
「……そうですね」
ヴィヴィは少し眉を伏せて答える。




