第17話 占星術
アリスが食堂に食器を返却したその帰りの廊下で貴族令嬢に声をかけられた。
「あら、貴女もここの寮だったの」
長い金髪を巻き髪にした女性であった。
どことなく顔に見覚えはあったが、どこで会ったか分からなかった。
少なくともクラスメートではないはず。
「三年のイレーヌ・トールマンよ」
アリスには三年生の知り合いはいない。
「……ええと」
「駅で会ったでしょ。正確には同席者を取った者です」
「ああ!」
入学式の前日、学園まで馬車で四人乗る時、一人が貴族に呼ばれて去っていった。
「思い出してくれたようね。あの時の者よ」
「どうも私、一年のアリス・レイエスです」
「姉は誰?」
「マーガレット・アイスバーンです」
するとイレーヌは目を見開いて驚いた。
「……まあ、まさか。あのアイスバーンに……」
「あのう?」
「ごめんなさい。立ち話も何だから私の部屋にきてお茶でもしながらお話をしましょう。そうそう。私、占いが得意なの占ってあげる」
「いえ、そんな」
「いいから」
半ば強引にアリスは手を引っ張られてイレーヌの寮部屋へと案内された。
◯
「さあ、座って」
イレーヌ・トールマンは妹はなく使用人と二人で寮部屋を使っているようだ。
アリスは言われた通り、ちょこんと椅子に座る。
二人のもとに使用人がクッキーとティーカップをテーブルに置いた。ティーカップの中身は赤みお茶。
「うちの家は代々占星術を得意とする家系でね。それであの日……駅の時よ。ちょっと不思議な星を感じ取ったの」
「それで彼女を自分の馬車に誘ったのですか?」
「ええ。信じられないでしょ?」
「いえ、別に」
「いいのよ。星を詠んで未来を当てるなんておかしいもの」
イレーヌは小さく笑う。
「貴女も占星術がどんなものか知ってるでしょ」
「……知識としては」
師匠である魔女リズベルトから触り程度は教わった。
そしてなぜ触り程度なのかというと──、
「占星術なんて、当てにならないのよ」
イレーヌは自虐的に笑う。そしてティーカップに口をつける。
「占星術の家系がそのようなことを言っていいのですか?」
「だって本当だもの。生まれた日で人生が決まるなら、その日に生まれた人全員が同じということよ」
「でも占星術はそれだけでなく、星を詠むことで今後のことが判るとか……」
「他の人はどうかは知らないけど、うちの家系は星ではなく……分かりやすく言うと未来視が見えるの」
「未来視」
確か先読みの能力と聞く。
「昔は人の未来のことを星と結び、未来視のことを天啓とか言ってたから、占星術が生まれたのよ。うちだって自分から占星術と名乗ったわけではなく、周りから勝手にカテゴライズ化されて占星術の家系になっただけだし。ほんと名前負けよね」
そう言ってイレーヌは肩を竦める。
「でも、未来視の力を持っているんですよね?」
「加護ってところね。危険だから先が見えるみたいな。一応、不運なこと以外も見えるけど」
「あの時、私達が乗る馬車は危険だったのですか?」
「いいえ。そうではなく、彼女の未来がね。馬車が危険なら貴女達全員を助けてたわ」
「なるほど。どんな危険なんですか?」
「それは言えないわ。守秘義務があるから。ただ、今日は貴女の未来を占ってあげるわ」
「未来視というやつですか?」
「いえ、普通に占いで」
「占星術ではなく?」
「今日は星がよく見えないわ」
イレーヌは窓を見て言う。
「それにさっき言ったように本物の占星術の家系ではないのよ。周りがそう言ってるから名乗ってるだけ」
◯
「では、そろそろ私はお暇させていただきます」
占いが終わり、少し雑談をした後、アリスはタイミングを見計らって告げた。
「あら、もうお帰りで?」
「はい。明日も早いので」
「そう。……ああ、待って、その前に渡す物があるの」
イレーヌは自室へと入り、すぐに戻ってきた。
「どうぞ受け取ってちょうだい」
アリスの手に小さい小瓶らしきものを握らせる。
「これは……香水ですか?」
「ええ」
「そんな高価なものは」
「高価ではないわ。それにお願いあるの」
イレーヌは微笑んだ。
それは願いのために前報酬として香水をプレゼントするということか。
もしや今日誘ったのも願いのためでは?
「何をさせる気ですか?」
アリスは警戒しつつ聞く。
「明日の放課後、この香水をつけて欲しいの」
「へ?」
「放課後」
「それだけ……ですか?」
「ええ。たったそれだけ。簡単でしょ。ちなみにこのことは誰にも秘密で」
「変な香水ではないですよね?」
「普通の香水よ」
「……何か見えたんですか?」
しかし、イレーヌは答えずに微笑んだままだった。
◯
アイスバーンの寮部屋に戻ると【通信蝶】から、
『どこに行っていた?』とアイスバーンに聞かれた。
「三年のイレーヌさんにお会いして、そしたら寮部屋に招待されて……それで占いと雑談を少々」
『イレーヌ? イレーヌ・トールマン? 占星術の?』
「はい」
『……あの変わり者が』
アイスバーンはぽつりと呟いた。
(貴女も十分変わり者ですよ)
『いま貴女、私も変わり者って考えた?』
「いえ、考えてません」
心を読まれたのかと思ってアリスは内心驚いた。
『で、占いは?』
「普通の占いだったので、たいしたことはなにも」
最後に香水のことを話そうとしたけど秘密と言っていたのでそこは話さなかった。
『あれでも本物だから。頭の隅にでも置いておきなさい』
「はい」
ということは明日の放課後に香水をつけると何かあるということだろうか。
◯
自室に戻ると次は黒猫姿の使い魔クラムから、「どこ行ってたんだ?」と聞かれた。
それでアリスはアイスバーンに説明したようにクラムにもイレーヌとのことを話した。
「なるほどな。占星術か」
「クラムはどう思う?」
「占星術か?」
アリスは頷く。
「そりゃあ、リズベルトの言葉を借りるなら占星術なんて眉唾物。出鱈目の統計学だな」
「やっぱり?」
「でも、中には本物がいるって話だ」
「本物……姉様もそう言ってた」
「きっと未来視の力は本物だろうな」
やはり明日、何かあるということか。




