第16話 事件②
校舎の渡り廊下付近でキール副生徒会長がある女子生徒を組み伏していた。
その女生徒は──。
「ジェラルド嬢!」
「ジェラルド嬢……まさか貴女が」
「ちょ、違います。私は怪しい者を追いかけてて」
「まだ嘘をつくか」
キール副生徒会長が後ろに回したジェラルド嬢の腕を締める。
「痛い! やめて!」
「キール、離してあげなさい」
「会長!?」
「いいから」
キールはしぶしぶ腕を離す。
すでに爆発音で生徒達が集まり始めていた。
「レイエス嬢、何か怪しい物がないか彼女の身体検査をお願い」
「は、はい」
アリスはジェラルド嬢の身体を調べる。胸ポケットやスカートポケットに何もない。
「怪しい物は何もありません」
「杖は?」
キールが聞く。
「私は魔導学専攻なので」
「魔導具を学ぼうが杖で魔法は習うだろ」
「生憎下手なので。あんな大爆発を魔法で発生させません」
「魔導具をどこに捨てたんだろ」
「違います」
キールとジェラルド嬢は強く睨み合う。
「あの、よろしいでしょうか?」
野次馬の生徒達から一人、女性が手を挙げる。
「何かな?」
「私は爆発音の後でジェラルド嬢がそちらに向かったのを見ました」
「爆発時、君はどこに」
「そこです」女性徒は廊下を指して次に「ジェラルド嬢はここに」と今いる場所を指す。
「つまりジェラルド嬢はここから爆発音を聞いて、私達のもとにきて、それから不審者を探して戻ってきたと」
「はい」
「あ、あの、私も見てました」、「私もです」
他の生徒達もジェラルド嬢の無罪を証言する。
「そうか」
生徒会長が顎を撫でて考え始めた時、教師がやって来た。
「何事ですか?」
◯
「で、結局はジェラルド嬢は関係なかったんだ」
「うん」
騒動の後、アリスはスーザン達に詳細を尋ねられた。
「なら、犯人はジェラルド嬢が見た不審者だと」
「その不審者は男? 女?」
「男性だそうです。そして自分以外にもう一人、女性が男性追いかけていたとか」
「その女性は?」
「残念ながら分からないそうです」
「なーんだ」
スーザンは頭の後ろで腕を組んだ。
「でも、これでハイエマン嬢が言っていた話はデマだということね」
「えっ!?」
セレンの言葉にアリスは驚いた。
「知らない? ハイエマン嬢がジェラルド嬢が魔法で生徒会長を殺害しようとしたって吹聴しているらしいわよ」
「どうして?」
「そりゃあ、ライバル貴族だからね。相手を突き落とすために吹聴しているんでしょう」
「ひどい」
「ま、大丈夫よ」
セレンがアリスの肩を優しく叩く。
◯
そして今日もまたアリスはマーガレット・アイスバーンからお使いを頼まれた。
放課後になるとお使いばかり。ここは一つ苦言を告げようと考えていた。
アリスはロッカーから通学カバンを取り出そうとした。鍵を鍵穴に挿して回そうとした。
「あれ?」
開錠したはずが施錠になった。
もう一度、鍵を回して開錠。
「開いてた?」
鍵を掛けたと考えていたが、どうやら掛け忘れをしたのだろう。
けれどアリスはきちんと鍵を掛けたと記憶している。
アリスはロッカーのドアを開いて、通学カバンを──。
なかった。通学カバンが。
「えっ!?」
アリスは周囲を見渡す。しかし、どこにもアリスの通学カバンはない。
◯
教室にもなく、トイレにもなく、普段通る道にもアリスは丹念に探してみた。
しかし、どこにもない。
それもそうだろう。今朝にロッカーに入れてから取り出した覚えはない。
ならあとは──。
(盗まれた?)
ロッカーが開いていた。それで盗まれたのか。
もしくはロッカーの鍵はきちんと掛けられていて、誰かが無理やり開けたのか。
考えながら歩いていると誰かが言い争っている声が聞こえた。
気になってアリスは足を向けた。
口論の主はジェラルド嬢とハイエマン嬢とだった。
(どうして二人が?)
アリスはこっそりと物陰から伺う。
「それを返しなさいよ」
「貴女のような怪しい人にはお返ししませんわ」
「誰が怪しいって? 怪しいのは貴女でしょ?」
「はあ? 私達は通学カバンを拾っただけですわよ」
ハイエマン嬢はクスクスと笑い、とある通学カバンを掲げる。
「だったら本人に返しなさいよ」
「その本人がどこにいるのやら?」
ハイエマン嬢は意地汚い笑みをする。
「私がアリス・レイエスに返しておきます」
(えっ!?)
どうやらあの通学カバンはアリスの物だった。
でも、どうしてハイエマン嬢が持っているのか。
ジェラルド嬢が通学カバンを差し出せと手を前に。
「あらら?」
ハイエマン嬢がわざと通学カバンを逆さにして、中身を地面にばらける。
「何やってるのよ?」
ジェラルド嬢は怒るが、ハイエマン嬢はどこ吹く風。
アリスは彼女達のもとへと向かう。
「あ、あの」
嫌な雰囲気の中に足を踏み入れるのは少し怖かったが、自分が関わっている以上、アリスは頑張って前に出る。
「あら? ちょうど良かったわ。貴女に通学カバンを返そうとしたら、そこの令嬢が無理に掴んだせいで、仲間がばら撒いてしまったのよ」
「私、一部始終見てました」
アリスはおずおずと言う。
それを聞いて、ハイエマン嬢は鼻で笑い、
「盗み聞きとは人としてなっていませんわね。これだから平民は」
もう用はないわとハイエマン嬢達は歩き始める。
その時、アリスの杖をハイエマン嬢は強く踏みつけた。
踏みつけられた杖はポキリと音を立てて、折れた。
「貴女ね!」
アリスではなく、ジェラルド嬢が先に怒った。
「あら、ごめん、あそばせ。わざとではなくってよ。ジェラルド嬢のせいで中身がばら撒いたせいで」
なぜか大声でハイエマン嬢は言う。
彼女の目はジェラルド嬢でもアリスでもなく──。
いつのまにか、ギャラリーが出来ていた。
ハイエマン嬢はそのギャラリーに向けて言っていたのだ。
「私達はただ通学カバンを見つけて、中身から持ち主が誰かを調べていたのに。それをジェラルド嬢が……」
なぜか泣き真似まで始める。
それをハイエマン嬢の取り巻き達が「まあ、お可哀想に」とか「もう行きましょう」と言う。
そしてハイエマン嬢達はその場から離れた。
ジェラルド嬢はその背を睨み、見えなくなると通学カバンの中身を集め始めた。
アリスも一緒に集め始め、ギャラリー達は何もなかったように元の生活に戻る。
「ごめんなさいね」
「どうしてジェラルド嬢が。悪いのは──」
悪いのはハイエマン嬢。だけど、それを口にすることが出来なかった。
「もっとスマートにすべきだったわ。そうすれば杖も……」
杖は折れてしまい、使い物にはならなくなった。
「お金は私が……」
「それは結構です」
「でも」
「いいえ。大丈夫ですから」
アリスは頑なに拒否をする。
復讐相手の娘からお情けをいただくわけにはいかない。
通学カバンに地面に落ちた物を入れる。
「でも、どうしてハイエマン嬢が私の通学カバンを持ってたのでしょうか?」
「それは不審者を見つけたらしいわよ。その不審者が通学カバンを落として拾ったらしいよ。それで中身を調べていたら貴女の物だって分かったらしいわよ」
◯
「遅い! なんでまた遅れるの? 今日は夕飯間近だし!」
マーガレットが今日もまたドア越しに激怒した。
「ごめんなさい。今日も色々あって……」
「またぁ!? 今度は何があったというのよ!?」
アリスは消えた通学カバンと令嬢達とのことを話した。
「……盗まれたってこと? で、窃盗犯がカバンを落として、ハイエマン嬢がそれを拾って、その後でジェラルド嬢とハイエマン嬢のいざこざ?」
「はい」
ドアの向こうから溜め息が聞こえる。
「まったく、もういいわよ。夕飯の方、お願いね」
「はい。……あ、そうだ」
「何?」
「お姉様はどうして毎日、お使いを頼むのですか?」
「何? 私のお使いは嫌なの?」
「そうではなく。どうして毎日なのかと」
「毎日かしら? ……毎日ね。インクを切らしてしまったからよ」
そう毎日、インクを切らすだろうか。それにインク以外にもあれこれと注文をなされる。
「話は以上よ」
「……失礼します」
アリスは一礼してドアから離れる。
◯
「──なるほど。そんなことが」
アリスの話を聞いたクラムはうんうんと頷く。
「まさか暗殺の件はマジだったか」
「暗殺? なんの?」
「ん? ほら、第三王子だよ。命狙われているらしいぜ」
「ええ!? なんで!?」
「さあ? 王位継承の争いではないか? 第三王子といっても兄上達からすると一応はライバルだしな」
「でも、兄弟だよ」
アリスからしたら信じられない話だった。家族同士で殺し合いとは。
「それが王侯貴族社会さ。それに第三王子は第一の第二王子とは血が繋がってないらしいぜ」
「へえ」
「だから身分を隠してのお忍びの入学だったわけさ」
「そうだったんだ」
けれど生徒会長は第三王子と噂されている。目立ってしまっては元とも子もないのではないか。だけど、第三王子は自身が王子ではないと否定していた。もしかしたら本当に第三王子ではないのかもしれない。いや、狙われたということは本当に第三王子かもしれない。
「あまり興味ないって感じだな」
「まあね、王侯貴族社会の話だし。私は平民だし。それより目下の問題はハイエマン嬢とジェラルド嬢の件だよ」
「そうか? 都合がいいじゃねえか。互いに仲悪いなら、ジェラルド嬢を嫌って、ハイエマン嬢に取り入れてたらいいじゃないか」
「…………」
アリスは複雑な顔をする。
「なんだよ?」
「ジェラルド嬢がハイエマン嬢だったら良かったんだけどね」
ハイエマン嬢は根が腐ってる。貴族の悪い令嬢というものを体現したような存在。
対してジェラルド嬢は物語に出てくるような正義感の強い貴族だ。
「ジェラルド嬢が本当に良いやつと思うのか?」
「だって……」
「たまたまだろ。聞いた話だと、お前が落とし物を拾ったから、お前に優しくしているんじゃねえの? 周りには当たりが強そうなイメージだぜ」
「気が強いというか……意志が強い人だよ」
クラムは息を吐く。
「だからって、なりふり構ってはいけないだろ?」
「でも、お師匠様は悪徳はいけないと言ってたし……」




