第12話 アストリア
A組とB組の合同授業があった。
授業は総合教養。
奇しくもスーザンが応用科目見学をした授業。
応用科目ではないため、初っ端から平民に難しいことはなくほとんどが社交界の座学で、教師は終盤に幾人かの貴族生徒を教壇の前に呼んで実演を交えての説明。
「意外と普通ね」
授業が終わり、セレンが呟いた。
さして問題はなかった。むしろ、自分が呼ばれても出来たであろうとセレンは考えた。
「今日のはね」
スーザンが毒付く。
「昨日のは二年生の応用科目だからね。一年生の一般教養とは全然違うよ」
「そうなんだ……アリス?」
「あ、うん、何?」
「どうしたの? あの集まりが気になるの?」
とある人物を中心に生徒達が集まっている。
それは先程の授業で貴族達か実演を行った。その際、一人の貴族令嬢である生徒がきちんと実践を見せた。それには教師もベタ褒めし、他の生徒も今、その貴族令嬢を褒め称えている。
その貴族令嬢がコーディリア・ハイエマン。憎きジェラルド男爵のライバルであるハイエマン伯爵の娘であった。
ここはひとつ近づいて仲良くなりたいとアリスは考えていた。
「ちょっと、私、出かけますね」
アリスはハイエマン嬢のもとに向かう。
ハイエマン嬢の周りは、先の授業で行ったハイエマン嬢の実演に対して褒め称えている。
そこでアリスも一つ褒め言葉を発したら、急に周りから言葉が消えた。そしてアリスへと目を向ける。その目は平民のアリスと知ると次第に冷たくなっていく。周りは一斉に扇子を開き、口元を隠す。
(何か間違えたことを言った? 言って……ないよね?)
ほぼ皆と同じ言葉のはず。
「あら? 貴女、誰?」
ハイエマン嬢から突き放すかのような言葉が投げられる。
「私はアリス・レイエスです」
「で?」
だから何とハイエマン嬢は続きを促す。
「え、ええと、私はハイエマン領にいたもので……」
その後の言葉が見つからなかった。
周りはアリスを、
「へえ、我が領の。どこ?」
「ラーゼ街です」
「……ああ、あの吐き溜まりの」
ハイエマン嬢が鼻で笑う。
周りもまた見下したような視線をアリスに向ける。
それは針のむしろのやうな心地で、アリスは現状にミスが発生した感じて困った。
「よく生きられたわね。あんなところで。大変だったでしょうね」
この時、アリスはここだと閃き、
「はい。とても大変でした。酔漢やゴロツキは往来にいますし、窃盗、強盗、殺人も多かったです。役人も裏で犯罪者と繋がってました。どうかハイエマン嬢様の力で……」
「はいはい、父に言っておくわ。小汚い者達を排除するように」
そう言って、ハイエマン嬢は扇子を開き、口元を隠した。
「よ、よろしく、お願いしま、す」
アリスはぎこちなく言葉を紡いで、一礼してその場を去ろうとした。
背後を向けた瞬間、
「何かしら、アレ?」
「ハイエマン様に取り入ろうとしているのよ」
「これだから平民は」
「いやね」
と、聞こえよがしに陰口を叩いてくる。
アリスは悔しくて下唇を噛んだ。
このままスーザン達のもとに戻ると迷惑がかかる。ここは廊下に出よう。アリスはドアへと向かおうとした。
その時だ。
教室内がざわついた。
なんだとアリスが顔を上げると教室の生徒達はドアの方向へと顔を向けていた。アリスもそちらへと顔を向けた。
「──!?」
ドア口には二年生の金髪美女がいた。
「アリス・レイエス」
「あ、はい」
呼ばれて、アリスは駆け足気味で近づく。
「な、なんですか?」
「もう今日の授業はないでしょ?」
「はい」
「なら、この前のお礼でお茶会に付き合ってくれる?」
「あ、はい」
普段なら断っていたかもしれないが、今は誰かに救われたく、アリスは頷いた。
◯
「そういえばさっき何かあったの?」
貴族令嬢が前を歩きつつアリスに尋ねる。
「あ、いえ、特に何も」
「ふうん」
ちらりと背後のアリスを見て、令嬢は言った。
そしてアリスが連れてこられたのは昨日のドームハウスだった。
「さ、座って」
白テーブルと椅子があり、アリスは椅子に座る。
貴族令嬢がカップに紅茶を入れる。
湯気が立ち、紅茶の香りがアリスの鼻腔をくすぐる。
「どうぞ」
「いただきます」
アリスは紅茶を飲む。濃くもなく、薄くもなく、ちょうど良い味が舌に広がる。後味も良く、口の中に紅茶の風味がほんのりと残る。
「!? 美味しいです」
「よかった。茶菓子もどうぞ」
スコーンも一ついただき、アリスは多幸感を得られた。
紅茶とスコーンだけではない、ガラス張りのドームハウスへと差し込む陽の光と自然豊かな花園という環境も含んでいるからだろう。
「ハイエマン嬢と何かあったのでは?」
「んっ!?」
アリスは驚いて、顔を伏せる。
その仕草だけで貴族令嬢は色々と察した。
「特に気にしないで。あの令嬢は……いえ、ハイエマン家は変にプライドが高く、うるさくてやっかみが激しいのよ」
貴族令嬢が溜め息交じりに言う。
「詳しいんですか?」
貴族令嬢は二年生だ。そして向こうは新一年生。
「あの家とは色々あってね」
貴族として色々とあるということだろう。
貴族は全員が仲が良いわけではない。利権や妬み嫉みがある社会。伯爵同士のいがみ合いは珍しくもないだろう。
けど、目の前の令嬢は銅のバッジ。つまり男爵。
位の低い男爵が二つも位の高い伯爵といがみ合うというはなかなかないはず。
(経済関係かな? それとも妬みかな?)
男爵は高い納税か武勲を上げた者に授けられる爵位。ゆえにアリスは経済関係か妬みだと憶測した。
「自分から言っておいてなんだけど、この話はなしにしましょう」
「そうですね」
「この時期だとしたら応用科目の選択期間かしら?」
「はい」
「もう決めた?」
「いいえ」
「まあ、学校生活が始まったばかりだもんね。選択期限も来月頭までだからゆっくりと考えるといいわ」
「おすすめとかありますか?」
「魔法が得意なら魔法学ね」
「昨日、見学に行ったら戦闘試合でした」
「あれは心を折るためね」
「心を?」
「貴女はあれを見て、どう感じた?」
「危ないなと」
怪我もするくらい本格的な魔法の対戦であった。
「そう。それ。それが狙いなの。興味本位で魔法学を学んでほしくないから、ああやって、怖がらせているのよ」
「そうなんですか?」
「普段はあんなバトルなんてしないわ。あ、でも、魔法大会があることも原因かしら?」
「魔法大会?」
「来月に魔法学校三校と魔法院による大会があるのよ」
「へえ」
「だから今は魔法による戦闘訓練が多いの」
「魔導学もですよね?」
「ええ。魔法大会には魔導具使用も許可されているの」
「普段は戦闘はないと?」
「ええ。昨日は新入生の心を折るためと魔法大会のために戦闘訓練があったけど、普段は普通の授業よ。私も魔導学を選択しているけど、物騒なことはないから」
「あれ? 昨日、薬学の教室から出たのをお見受けしましたけど」
「それは昨日の魔導学は戦闘だからね。私は薬学の方に顔を出していたのよ」
「へえ。……あれ? そういえば授業が被れば、どうなるんですか?」
貴様令嬢は魔導学と薬学が被っていて、薬学の方を受けた。
「昨日は見学だから被ったけど、基本は被らないようになってるから。今は一年生用の見学用授業だから。欠席してもお咎めはないの」
「そうですか。他におすすめはありますか?」
「うーん? どれもおすすめよ」
「でも、歴史と文化の授業は遠出して遺跡発掘や文化研修があると」
「発掘だなんて。そんなんじゃないわよ。遠出して遺跡を見に行ったり、文化もお祭りに参加するものよ」
「そうなんですか?」
聞いていた話とだいぶ違う。
貴族令嬢の話を聞いていると授業のイメージが変わっていく。
「もちろん、観光したり遊んだりするだけではないよ。ちゃんとレポートを提出しないといけないしね」
◯
貴族令嬢から応用科目についての情報を聞いていると、ドアがノックされて貴族令嬢が返事をする前にドアが開けられた。
開けたのは黒髪のほっそりとした男子生徒だった。顔は少し困り顔であった。
「アストリア嬢、ちょっといいかな?」
ここでアリスは貴族令嬢の名前を知った。
そして闖入者はよく見ると昨日、薬学の授業が終わった後、廊下でアストリア嬢に話しかけていた人物。
「今は彼女とお茶の時間なのですが?」
「分かってる。だけど、ちょっとでいいんだ。時間をくれないか?」
「話というなら、ここでどうぞ」
彼はさらに困ったなという顔して、
「来週の土曜日にウルス子爵のサロンがあるんだが、顔を出してくれないかな?」
「嫌です」
アストリア嬢はきっぱりと断った。
「なんとか──」
「昨日もおっしゃいましたが無理です。というか人を寄越して、誘うだなんて呆れますね」
人を寄越すということは、この人にアストリア嬢を誘えと指示した者がいるということか。
「……分かった」
彼は背を丸め、とぼとぼとした足取りでドームハウスを出る。その背にアリスは少しだけ同情した。
「ごめんなさいね。話の途中で」
「いえ」
「自慢ではないんだけど、男子生徒にクラブだのサロンだのに誘われるのよ」
「サロンとはどういうものですか?」
「貴族の集まりよ」
「すごそうです」
「めんどいだけよ。見栄の張り合いというか自慢というか。男爵は大変よ」
アストリア嬢は銅のバッジをさする。
「綺麗な家紋ですね」
バッジには家紋がデザインとして使われる。
「前の方が良かったわ」
「前のバッジはどんなものでしたか?」
「魔女様を示す杖のマークがあるバッジよ」
「魔女様?」
「前にうちの領内にいた魔女様でね。薬や魔導具を作った素晴らしい方なの。……今は色々あって家紋が変わったの」
◯
翌日の教室でスーザンとセレンから「昨日のあれ何?」と問い詰められた。
「アストリア嬢のこと?」
「そうそう」
「落し物を届けたの。それでお礼にお茶でもってことになって」
「それだけ?」
スーザンに肩を掴まれる。
「それだけだよ。どうしたの?」
「どうもこうもあの後、大変だったんだから」
と、セレンが険しい顔で言う。
「大変? どうして?」
「どうしてって、あのアストリア嬢よ。ハイエマン嬢が良い顔すると思う?」
そう言えば、ハイエマン家とは色々あるとアストリア嬢は言っていた。
「そうなんだ」
「そうなんだって、あんた……ねぇ」
セレンが呆れたように息を吐く。
「ハイエマン伯爵とジェラルド男爵は仲が悪いんだから」
「え? 待って? ジェラルド?」
「そうよ。彼女はアストリア・ヴァン・ジェラルド。ジェラルド男爵の令嬢よ」
アリスは目を見開き驚く。
師匠である魔女リズベルト・ペイルマークを捕まえて処刑した憎きゴードン・ジェラルド男爵。
アストリア嬢こそがそのジェラルド男爵の女だったのだから。




