守るべき者との闘い
「……………………」
小百合の案内で辿り着いた場所――そこはグラウンドだった。思っているより長く戦っていたのか、すでに夜の帳が降りていた。
そして、そこに――井川が居た。
「フフフ……やはり来たか。君なら誘いに乗ると思っていたよ」
読み通りとでも言いたいのだろうか。
まあ、乗せたか乗せられたかは この際 どうでもいいが。
「ここで君を始末できれば、戦況は我々に大きく傾く。君という支柱を失えば、残りの連中では砂上の楼閣を成すのが精一杯だろう」
言いたいことを言ってくれる。
俺は胸の奥で燻っていた怒りの感情が燃え上がっていくのを感じた。
「お前一人で俺を殺ろうってのか? だとしたら、笑えない冗談だな」
言いながら銃を構える。
だが、井川が浮かべたのは余裕の笑みだった。
「もちろん、用意しているさ。君を殺すに相応しい人物をね」
そう言うと、井川は背後に向かって目配せした。すると、それに応えるように、一人の少女が進み出てきた。
「兄……」
「華菜……」
半ば、予想していたこと。
しかし、それでも目の前にするまでは信じたくなかった。
「さあ、見せてもらおうか。兄妹での殺し合いを。この狂った世界に相応しい最高の見世物をね」
そう言うと、井川は ゆっくりと身を引いた。
ナイター用のライトが照らし出す中、俺と華菜は無言のままに見つめ合っていた。
「……………………」
「……………………」
言葉が出てこない。
身の内にある感情の器はギリギリまで一杯なのに、零れるまでに あと一歩だけ何かが足りなかった。
それが温もりなのか、笑顔なのか、今の俺には理解できなかった。その答えが得られる機会が無くなるかもしれないというのに。
「……どうして」
それでも、先に感情が溢れ出したのは……俺だった。
「どうして、こんな事になっちまったんだろうな……」
俺は、ただ守りたかっただけだ。
この狂った世界で、華菜と雅也という かけがえのない家族を。
だが、現実は こうして対峙している。
進むべき道にある、排除すべき障害物として。
「なんかさ……もう、疲れちゃうよね……」
「ああ、そうだな……」
苦笑を浮かべながら、俺は空を見上げる。
そこに広がるのは何処までも透き通る星空なのに、今の俺には全てが曇って見えた。
「でも……分かってるよな、華菜?」
「うん……じゃなかったら、ここに居ないよ」
悲嘆に暮れるのも、涙を流すのも今じゃない。
それは……全てを終わらせてからだ。
「手加減はするなよ。後悔しないように全力で来るんだ」
「うん……兄もね」
言われるまでもない。
こちらにも、守らなければならない矜持があるのだから。
「じゃあ……行くぞ」
「…………うん」
それだけの言葉。
でも、十分だった。言外に伝わる絆が、まだ残っていたから。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
『―――――――――ッ!!』
「グアッ…………ッ!!」
左肩を突き抜ける衝撃。
続いて感じる強烈な熱感。
撃たれた――そう認識すると同時に、俺は小銃を掃射した。
「……………………ッ!!」
華菜の慌てて身を翻す気配。
それを受けて、やっと俺も体勢を立て直した。
「クッ……はあっ、はあっ……」
荒い息遣いが辺りに響き渡る。
やはり、早撃ちで挑んだのは愚かだったようだ。
ショック症状で完全に動かなくなった左腕。
それを無造作に上着の襟元へと放り込んで固定すると、華菜の姿を探した。
『……………………ッ!!』
背後で聞こえる鞘擦れの音。
言い様のない殺気を感じた俺は、そのまま飛び込むように前転を決めた。
『―――――――――ッ!!』
躱した直後、先程まで俺の頭があった空間を鋭い刃が通り過ぎる。その事実に冷や汗を流しながらも、俺はヒップホルスターからハンドガンを抜き取った。
振り向き様に銃口を向ければ、そこには険しい顔をした華菜。それでも、俺は迷わずトリガーを引いた。
『―――――――――ッ!!』
二発を連続して撃ち込む。
しかし、一発目が着弾する前に華菜は消えていた。
「クソッ……!!」
直感で危機を理解した俺は、咄嗟に横へと飛ぶ。
『―――――――――ッ!!』
そんな俺を追いかけるように銃弾が地面を抉っていく。立ち上がる暇さえない俺は、寝転がりながら銃を構えた。
「させない!」
だが、それも呆気なく撃ち落とされてしまう。無手となった俺は、再度 地面を転がりながら腰元へと手を持っていった。
『―――――――――ッ!!』
派手な爆発音と共に煙幕が辺りを覆う。
スモーク手榴弾を――屋外では持続性に欠けるが、体勢を立て直す時間ぐらいは稼げるはずだ。
だが、次の瞬間――
「グッ…………!!」
右足に走る衝撃。
被弾こそしなかったものの、華菜が予測のみで放った銃弾は俺の足を大きく掠っていった。
「やってくれるじゃねえか……!!」
脱力しそうになる足を叱り付け、何とか立ち上がる。
そして、煙幕を利用して旋回するように移動しつつ、レッグホルスターから別のハンドガンを取り出した。
それと同時に煙が風に流される。
「……………………ッ!!」
「……………………ッ!!」
偶然にも、向き合う形で立っていた俺達。
僅かな逡巡の後、ほぼ同時に銃を構えた。
「……………………」
「……………………」
互いに腕を伸ばし、眉間へと銃を突き付け合う。動きようのない状態に、俺達は静かに見つめ合った。
「…………ハハッ……ハハハッ…………」
思わず、口から笑い声が漏れる。
理由は、当然ながら自分の現状。
10分にも満たない戦闘――それでも、もう既にボロボロだ。華菜のほうは無傷だというのに。
守るべきモノが出来た女は強い――そんな言葉を聞いたことがある。どうやら、それは真実だったようだ。
「強くなったな、華菜……」
素直に嬉しいと思える成長。
しかし、同時に寂しくもあった。
「そんなこと無いよ……今だって泣きたくて仕方ないもん……」
その涙を自分の胸で拭えてやれたら、どんなに満たされることだろう。だが、今となっては そんな簡単なこともしてやれない。
でも、その悲しみも すぐに終わる。
次の一瞬で、全てが決するはずだから。
「華菜……最後だぞ」
「うん……分かってる」
そう言うと、俺達は同時に銃をホルスターに戻した。
再度の早撃ち勝負。
元からの才に加え、体力的にも不利すぎる展開。
だが、それは どんな勝負をしても同じことだ。
銃を持っての戦いとなれば、俺の勝ち目など薄氷の如き薄さなのだから。
(でも、諦めないぜ……華菜)
僅かにだが見える勝利への光明。
そこまで行き着くには、様々な要因を味方に付けなければ不可能だ。
それでも、賭けるしかない。
この一瞬に己の全てを。
この世界で生き抜く適者となるために――




